天夜奇想譚

狩猟者遊戯

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作者:グリム

タイトル:狩猟者遊戯






――夜闇を切り裂くは、錆色の刀身。



 逃げようとする連中を追う。相手は纏まって逃げている。行き先は恐らく人通りの多い場所か、民家のある場所。

 そこまで逃げられたら狩るのは難しい。


 森を駆け抜ける。目標は三つ、未だ健在。身体能力で追いつけないらしい。

 右腕の手甲に精神を集中させる。概念式複合を起動。概念は、根・急成長・壁・地脈の四つ。地形の把握と準備は十分だ――! 


「式名、五行――木遁」



 目標の目前の地面が盛り上がり、ものの数秒でそれが複雑に絡み合って壁を作る。

 連中は拳を振り上げてそれを破壊しようとするが、根が絡み合った壁だ。早々破壊されない。

 戸惑ってる間にすぐ背後まで追いついた。走りこんだ勢いで背後から居合い。

 リーマン風の男を左下から右上に向けて斬る。血肉を散らすそれに、更に蹴り。根の壁に叩き付ける。

 そこでバックステップ。残りの女子高生と主婦の反撃が地面を陥没させる。



 そして横に並んだ二体を真一文字に斬り捨てる。倒れる、が――

 その向こうから背中をばっさり切られたはずのリーマン風の男が飛び掛ってきた。それを横っ飛びでかわす。

 「チッ――百年物でも使い魔一匹殺せない。やっぱり重傷だな“これ”は」

 イラだって舌打ち。今度は心の臓に刀を突き立てる。あろう事か、そいつは突立てられた刀を握り締めてきた。

 そのまま折るつもりらしい。


 対した生命力、だが――


 木・杭・心臓。

 「式名、退魔――吸血殺シ」


 刀身に術式を流し込む。すると抵抗していたそいつは一瞬で灰になった。淡く銀色に輝く錆色の刀身。

 続けざま、再生途中である女子高生と主婦の心臓を射抜く。


 そしてそいつ等も、一瞬で灰に還った。



 ……空を見上げる。街外れの森には人工の光は無く、成り損ないの満月が綺麗に見えた。



 人は、生態系の頂点に立つ生物だとよく言われる。人を捕食する生物が少ないからだ。

 だがその言葉はまるで無知の理論だ。

 人を捕食する化物が――確かにこの世の中に存在する。

 通常、人の目には見えず、闇に引きずり込んで人を喰らう――“異形”

 それでも人が滅ばないのはそれを退治する存在があるからだ。

 異形を視れる、退魔士と言う俺の様な存在達。

 そして此処は異形溢れる場所、天夜市。

 夜な夜な俺達は――殺し合う。




 「……て、起きてよ、慶介くん」

 揺さ振られる。目を開けると、そこには見知った顔があった。黒のロングヘア。パッと見、大和美人。

 「姫月。なに?」

 睨みを利かせると、クラス一のお節介、姫月アヤメはいつものようにニッコリと笑みを浮かべた。

 不覚にもドキッとしたのは面に出さないようにする。不機嫌な表情を作って対応。

 「……俺さ、寝てるとこ起こされるのが一番ムカつくんだけど?」

 「だって次、移動教室だし。今期の単位危ないでしょ?」

 お節介焼き、と呟いて席を立つ。小学校からの馴染みだからと言って、押し掛け女房みたいな真似はやめてほしい。

 姫月は俺の横にピタッと付くと、俺の行く先についてこようとする。

 ……こいつは。

 「付き纏うな」

 「サボりそーだもん」

 的中されてしまった手前、反論が思いつかない。なので。

 「ションベン」

 そう言って男子トイレに向かった。さすがにそこまでは付いて来れない。そのまま俺はトイレの窓から外に出た。

 昨日は夜遅かったんだ。かったるい生物なんざ受けられるか。

 そのまま非常階段を昇って屋上へ。

 ……屋上は当然ながら閉鎖されてるので、金網を乗り越えて。そして当然ながら人の姿も無く。

 天気も良いし暖かい。この調子なら日暮れまでここで寝ていても問題ないかもしれない。

 どうせ、今日も朝方近くまで出歩かなければならないのだ。

 昨晩も被害が出たのだ、できるだけ早期に解決しなくては。

 空を仰いで目を瞑る。……単位は危ないけど、まぁ仕方ないということで。



 月明かりの元、夜の演舞の時間。



 図書室からかっぱらって来た新聞には連続失踪事件の記事が踊っていた。さすが地方紙。

 それを畳んで机の中に突っ込む。昨晩で被害は更に広がった。

 ここは直に叩き潰してしまうべきか……

 「けーすーけーくーん?!」

 ガシッと肩を掴まれる。振り返ると、そこには鬼の形相で微笑む姫月が居た。

 微笑むという表情に鬼の気迫と言う恐ろしい組み合わせだ。昨日の事を根に持ってるのだろう。

 取り合えず視線を逸らして不自然に口笛を吹いてみる。

 かしゃん、と軽い金属音。うん? かしゃん?

 「ふぅ、今度こそ逃がさないんだから」 

 ……左腕には手錠。姫月の右腕にも手錠。つまり犯人と刑事。

 「って、待て。お前、何で手錠なんか持ってるんだよ?!」

 「ふっふー……昨日の事があったから。柚子ねぇから借りたの。ホンモノだよ?」

 「柚子……ってあの刑事の従姉だよな? そんなもん一般人に渡すなよ、国家権力……」

 そしてこれは肉体の拘束と言って立派な犯罪だ。軟禁に等しい。覚えておきたまえ。絶対するなよ。

 しかも何某三世の刑事のように繋がっているのは長いロープ。

 なるほど、確かにこんな事されたトイレにも逃げられないし、何処へ行っても辿られる。

 ……しゃあない。授業よりはマシだ。

 「姫月」

 グッと手錠のロープを引いて姫月の体を寄せる。突然の出来事で目をぱちくりとさせてる姫月。そして赤面する。

 「隙あり」

 そしてその隙にスカートの両ポケットに手を突っ込み、鍵入手。手錠を手早く外すと、脱兎の速度で逃げる。

 数秒の間姫月はぼーっとしてたが、後ろから声をあげて迫ってきてる。

 昔話で見た、三枚の札だったか。あれの小僧の気持ちがよく分かった。

 姫月、あの世話焼きの癖さえなければそれなりに可愛いのに。

 と、姫月に何だかんだで惹かれている俺だった。

 夜。舞い遊ぶ錆色の刃。

 一人を灰に還し、二人を灰に還す。

 満月は近い。



 被害は、目を瞑れないほどになっていた。今晩にでも強襲を仕掛けないといけない。

 「慶介君、どうしたの?」

 「……、ああ。姫月か」

 そんなに酷い顔をしていたのか、姫月は心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 そんな心配そうな顔を見ても可愛いと思う俺は恐らく重傷だ。しかし顔には出さない。

 新聞を机の中に突っ込む。後でまた図書室に返さないといけないな。

 「その、さっき見てた記事って……この辺で起きてる失踪事件についてだよね?」

 「そうだけど」

 「……怖いよね、やっぱり」

 言葉は返さなかった。そのまま教室を出て行こうとする。

 「あ、またサボる気っ?」

 「今晩は用事があるんだよ、先生にもキチッと説明してからいくつもり」

 今日だけはまともに早退する事にしよう。明日のこの時間、無事に居られる保証は無いんだ――

 しっかりと準備をして掛からなければ、殺される。

 今晩は、満月だ――




 満月の下、誘き寄せたそいつは立っていた。見知った顔。

 黒のロングヘア――パッと見、大和美人。それには驚きが隠せなかった。

「ひめ、づき?」

 にっこりと、そいつはいつものような表情を浮かべていた。

 つい数時間前、失踪事件が怖いのどうの言っていたあいつとは思えないぐらい。

 それは――殺気に満ち満ちた微笑だった。

 自然と右手に力が篭る。

 あいつは、俺の昔馴染み。俺の知らないあいつ。あいつは――俺の敵。

 「慶介君。こんばんは」

 いつものような穏やかな口調で、姫月は俺に向かってそう挨拶した。

 俺の敵だということは、放つ殺気から明らかだったが……それでも俺は認めたくなかった。

 あいつが、俺の惹かれているあいつが、俺の敵?

 嘘だろう?

 しかし現実は、確固たる事実だけを告げている。

「お前、だったのかよ……」

「……ええ。私も驚いちゃった」

 悪戯をした子供のような表情に、心が折れそうになる。何も無かったかのように、踵を返して。

「でも仕方ないよね殺さないといけないもの――」

 止めてくれ。ソレより先は、言ってくれないでくれ。

「――言うなよ! 俺は、俺はお前と戦いたくないんだ……ッ」

「……そっか」

 そう言って、姫月は悲しげに微笑んだ。僅かに、俺の知っている姫月の表情に戻った。

 俯く彼女。そう、戦わなければ、元の日常に戻る。まだ。

 姫月に近付きそっと抱き締める。そう。姫月が何者であろうと、俺は彼女に惹かれている。

 彼女も、戦わないでいてくれる。俺の知っている姫月なら、きっと。だから――


 「――じゃあ俺が殺してやるよ、吸血鬼」


 ……

 体が傾ぐ。

 満月が映る。


 錆色の刀を掲げ、俺の知らない笑みを浮かべる姫月が、

 そこ、に――






 まさか、慶介君が犯人だとは思わなかった。灰に還ったそれを見届けながら、一人思案に耽る。

 しかし、そのお陰でこの仕事は存外に楽に終えれたけど。現状を報告すれば終わり。

 刀を鞘に収め、満月を見上げる。

 「運が良かった――が、ちょっと物足りない」

 異形化した対象の処理が今回の仕事だったが、もう少し大立ち回りしても良かっただろうか。

 「純粋な少年の心を踏みにじり仕事を完遂したと言うのに、感想がそれかアヤメ」

 背後から話しかけてきたのは、藍色の外套を纏い、メガネを掛けたひょろっとした男だった。

 「桶屋。皮肉はどうでもいいけど報酬の方は?」

 「ああ、組織の方にイキの良い異形を取り揃えているよ、存分に殺すといい」

 その言葉に、フッと口元が綻ぶ。桶屋は無表情にニコニコしつつ、黙っていた。

 しかし、満月の元で見るとこの男は見 事に闇色で、悪魔のようだ。

 「で、今回の仕事の感想は?」

 珍しく桶屋はそんな質問をしてきた。

 「……俺は――超満足。だってそれが俺の趣味なんだから。それに菖蒲の生活も馬鹿馬鹿しくて笑えたしな」

 大笑いして、そう言い放ってやった。くっと、桶屋は含み笑いを漏らした。

 それが本来の笑いらしいが、少し癇に障る。お陰で少し興が冷めた。

「それじゃあ、異形狩り“殺女”。次の仕事は数日中に」

 そう言って桶屋は去って行った。

 さて――

 ――残党どもを朝までに殲滅するか。



 END


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