天夜奇想譚 第1話   ~化け物達の宴~


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作者:扇

タイトル:王と騎士と魔法の剣



第1話「化け物達の宴」

 人は人種も、親も、能力も、己自身の存在理由さえも選べずに生まれてくる生き物だ。
 神は人が生み出した最大の発明だと聞く。ならば、人は人自身の手でこんなにも運任せな世界を容認しているのだろうか?
 否、そんなはずが無い。人の欲に限りはなく、不利益な事象を甘んじて享受するとは考えにくい。

「世界には矛盾が当たり前のように組み込まれている」
「そうだねー」

 宗教に哲学を交えた真理を問うかのような言葉が次々と紡がれていく。
 しかし、真剣な話し手とは裏腹に聞き手は果てしなく投げやりだった。

「つまり人は存在してしまったが故に苦悩するのだ。何とも救いがたい話ではないか」
「そうなんだー」
「しかし対処は簡単でもある。逆説もまた然りなのだからな」
「ふーん」
「私が言いたいのは唯一つ。人類など地球にしがみ付いたゴミであると高らかに叫びたい」
「ほうほう・・・って、何処かで聞いた台詞を」
「一番まずいのはこの重力だ。魂は引っ張られるは、重量に応じた荷重のせいで二足歩行機械も実用化できん。全くろくな事がない」
「せっかく高尚な話をしてたのに最後で台無しだ!」
「いやいや、仏の教えにも“俺のこの手が真っ赤に燃える、真理を掴めと轟き叫ぶ”という立派な教えが伝わっている。根源に辿り着く為には犠牲を避けては通れん証明だろう」
「謝れ、全国の檀家と神仏に謝れ!機動武闘伝とか逆襲のなんたらに毒されすぎだ!」
「はっはっは、私が実家を継いだら仏像の代わりに曼荼羅様を拝むつもりだ」
「・・・何故にこんなのが法力使えるんだろうか」

 先ほど語られたからではないが、確かに世界は理不尽で満ちている。
 神原誓一は合掌しつつ、かわいそうな子を眺めて心底そう思う。
 誓一は代々退魔を生業にしている家系に産まれたが、どれほど研鑽しても異形の視認が限界だった。
 しかし真顔で合掌する友人はレベルが違う。ある意味対極にいると言っても構わないだろう。
 確かに寺の息子だが魔法とは無関係の出であり、なおかつ自力で密教を基礎とした術式を身につける程の才能を持ち合わせているのだ。
 世の中、凡人が努力を重ねても才能の前には屈するしかない。そんなことを肌で実感させてくれる存在が実に恨めしい。

「所で喉が渇かないか?私は少々頑張りすぎた感がある。嗚呼、果物の絞り汁が恋しい。中でも焼酎と炭酸で割った奴が望ましいのだが」
「待てぃ未成年」
「あっはっは、飲み慣れた般若湯に比べれば酎ハイなどは水も同然。問題は・・・無い!」
「育った環境が悪いのか、それとも脳が何かのウイルスに犯されているのか非常に悩む発現止めろっ!」
「失礼な、私は誰に恥じること無い真人間だぞ?それよりもボチボチお出かけの時間じゃないか。一時間でも二時間でも待つから一本頼む」
「あーもう、いつもの銘柄で?」
「以心伝心、頭が柔らかくて助かるぞ心の友よ」
「解った、解ったから飲んだら部屋に帰れ!」
「五月蠅い奴め・・・まぁ、酒の為なら我慢しよう」

 人の部屋を我が物顔で闊歩し、挙げ句の果てには飲み物を要求するこの阿呆。
 全寮制の学園に入学した誓一の数少ない友にして、隣に居を構える隣人だ。
 不思議なことに自室ではなく誓一の部屋に居座ることが多く、段々と要求水準が高くなって来るのは何故だろうか。

「ま、まぁ、行ってくる」
「これは忠告だが・・・何やら妙な気を感じた。暗い夜道を歩くなら油断せずに行くのが吉」
「不安を煽るような事を了承してから言うなよ!?」
「もし死んでも無償でお経を上げてやろう。戒名は・・・まぁ適当に考える」
「逆に安心できんわっ!」
「ああもう、ギャーギャーと喚くな。女々しい男は嫌われるぞ」

 これまでの発言でわかる通り、唯我独尊を地でいくのがこの少年だ。
 名は律宗赫枯。茶色に染め上げた髪と何処か愛嬌のある面持ちは異性の受けは良いらしいが、男である誓一にとって手心を加えるアピールポイントにはなりえない。
 しかし、そこは気の合う男友達。基本的に受動型の誓一と、理不尽ギリギリの難題を吹っかける赫枯はそう悪くないコンビなのだった。

「・・・昔、誰かに同じ事を言われたような。誰だったかなぁ」

 罵倒という暖かい見送りを受けて部屋を後にした少年は、今の住処である寮を見て感慨に耽っていた。
 色々と一般社会への秘匿事項も多い為、都市部を離れた山岳地帯に造られたこの学園。
 天夜市には一般人も通う学校もあるが、こちらは魔法関連に関わる生徒しか在籍していない世俗に疎い世界である。
 ここで学ぶ生徒は一般社会からスカウトされた才能ある者が多く、誓一のような継ぐべき術の系譜がある者はあまり居ないのが実情だ。
 それもそうだろう。何代にも渡って積み上げられた技術は優秀であり、秘匿もされていない汎用術式を会得するより余程メリットがあるのだから。
 事実、名家の名に恥じない魔力を持つ誓一の兄や姉たちは学校で学ぶ事無く先祖伝来の技を継いでいる。
 それに比べて自分は何をしているのだろう。
 無能の烙印と蔑みの目が怖くて、劣等感に負けて、形だけ退魔の道を選んだ。
 逃げた訳じゃない。得手不得手を無視して大成できるはずがないと考えて何が悪い。

「・・・誰でもいいや。ネガティブはよそう」

 日課にしているランニングの最中、一人呟いて考える。 
 大切なのは結果だけではない。そこに至る過程にも価値があるはずだ。
 そう、こうして気休め程度であろうと走り込むのも決して無駄にはならない。
 うじうじ悩むくらいなら無心に足を動かせ。さあ回転をあげろ、前へ進め、積み重ねた経験は微々たる物でも裏切らないのだから。
 普段よりもペースを引き上げ後ろを振り返らずに少年は駆ける。
 広く走りやすい国道を抜け山道へ。アスファルトで覆われていない地面は足に負担がかかるが、しっかりと土を噛む大きなストライドに切り替えれば対処は容易だ。
 しかし、頭を空っぽにしていた誓一は無意識の反応は出来ても周囲の異変には気がつかない。
 故にただ進む。自分で定めたゴールまでもう少し、十分に乗せた速度を緩めるにはまだ早いと。

「が、頑張りすぎ・・た・・・・。持久力というか体力なら・・・ついた・・・よなぁ」

 目標としていた祠に手をつき、息も絶え絶えな誓一はそこではたと気がついた。
 何度もこの場所へ足を運んでいるが、なにやら様子がおかしい。
 空に目を向ければ見えていた星は消え、月も見えないのに視界は奪われていない。
 何より明確な異常は空気の重さだ。間違いない、無自覚で圧力を発する何かが近くにいる。

「・・・・これは俗に言う人様の領域に踏み込んだとゆーやつでは」

 間違いない、これは何者かが展開している結界に踏み込んでしまった証だ。
 せめて良識ある退魔師のものならばともかく、異形が主ならば人生が終わる。
 自慢じゃないが戦闘力ゼロ。恥も外聞も捨てて逃亡したい誓一だが、どうやって進入したかも判らないのでは逃げ道など知るよしもないわけで――――

「せ、せめて話の通じる相手だと嬉しいなぁ」

 提示された選択肢は“進む”と“座して運命に身を任せる”の二つ。
 何というかどちらを選んでも結果は変わらないような気がしてならない。
 ならば、せめて行動した結果でゴールを迎えて納得したい。そう、かの坂本龍馬の如く前のめりに倒れようと誠一は決断する。
 いつもなら火照った体を冷ますのに一役買ってくれる雑草を踏み分け、感じるまま足を動かす。さして広さもない小山だ、そう労力も必要ないと考えながら。
 すると予想以上に早く回答が向こうから現れる。
 それは昼夜を逆転させる輝きを発する火球だった。幸いにして狙いは付けられていないようで、見当違いの彼方へと飛び去っていく。

「い、今のは流星かなぁ?むしろそうで思いたい・・・」

 好奇心猫を殺す。これは退くことを許された者にのみ許される言葉だ。
 少なくとも、知りたくもないのに覗き見るしかない誓一のような状況には不適切である。
 そんなことを考えていると、今度は連射だ。
 ドカドカと勢いを衰えさせることのない火の玉が空を朱に染め、わずかなラグの後に重低音の地鳴りを引き起こしている。
 このままでは流れ弾だけでも被害は甚大だ。己の身の安全と周囲への被害は同じ意味を持つ以上、もはや一刻の猶予も残されていない。
 警戒から落としていたペースを戻し、少年は炎の出元へと疾駆するのだった。





-五分後-





 いかに結界内であれ、所詮はホームグラウンド。土地勘を生かして事態が起こっている場所へと辿り着き、こっそりと覗き見る誓一はどうしたものかと首をかしげて困っていた。
 状況だけを見るならば、大型の異形と人が争っている現場だろう。
 しかし、潜むつもりのない彼らが交わすのは少々毛色の違った世間話である。

「構造体の分子配列に変化無し。仮想炎刃展開シークエンスも良好だ」
『ふむ、では強度テストはクリアだのぅ。まだ軽量化の余地があるのではないかね?』
「否、剣とは重みもまた基礎パラメータの一つ。魔力の供給が叶わない場合も考慮し、一定以上の運動エネルギーを確保する事も必要だろう。何より――――」

 赤く光る剣を駆り宙に浮く蛇の口腔から吐き出される炎塊を切り捨てる男は、まるで友人に語りかけるような気安さで化け物に視線を投げかけている。
 散らされた炎により地面が炭化しているのにも関わらず、性別も曖昧なその顔に恐怖や気負いの色は読み取れない。
 放つ気配から察するに、こっちはこっちで人外だと誓一は感じていた。

「そもそも今更になって仕様変更を言い出してどうする。基礎設計を手がけたのは貴様ではないか、我らは図面に従って創造を行ったにすぎないのだが?」
『それを言われると弱いのー。うむ、今の言葉は忘れてくれんか?』
「よかろう。詳細を詰める際に我らとて関与しているのだ。最高を目指した以上、何処までも理想を求めてしまう貴様の気持ちも理解できる」
『うむ、ならばこれにて全項目のテストを完了したい所ではあるが・・・』
「あるが?」
『いかに加減したとはいえ、傷の一つも付けられないなぞ沽券に関わる』
「つまり?」
『余の最大火力とその剣の能力・・・勝負させてもらおう』
「我は構わん。ウルカヌスよ、貴様も余興の邪魔はせぬな?」

 言い争う一人と一匹は、一言も言葉を発せずに見守っていた三人目へと許しを請うように目線を移動。
 釣られるようにして誓一も目を動かしてみると、果たしてそこには戦鎚と見まごうばかりの金槌を担いだ老人が鎮座している。
 今の今まで存在に気が付くことが出来なかった誓一は、驚くと同時に体の震えが止まらない。

「神級が雁首揃えて作り上げた剣だ。何を討つ刃かと問われれば、我らと同等の化け物がその獲物となろう。そうでなくては人に与える意味がない」
『うむ』
「外への被害はわしが食い止める。ケツァルクァコトルよ、存分に雷を放て。わしはそんな柔な剣を鍛えた記憶を持たぬわ」
『ならば遠慮無く行かせて貰う。お前達の王に負けぬ神罰の光を見せてやろう』

 空に浮かぶ化け物は口を大きく広げると、一息吸い込むように仰け反り一瞬固まる。
 対し、その予備動作を見た剣の主は誰にはばかること無く文言を唱えていた。

「全リミッター強制停止及び超過駆動開始。論理召還システム“紅炎刃”始動。・・・うむ、外部への影響対策も順調だな」

 口内をからからに乾かせた誓一は、おそらく熱によって赤熱しているであろう刃から目が離せなかった。
 赤からオレンジがかった紅へと移り変わる様が美しく、目を逸らすことが出来そうもない。

「いまいち処理が重たいのと発動までのラグが酷いわな。これについてはアレの搭載で解決予定かね?」

 そんな誓一の存在に気づかないウルカヌスと呼ばれた老人は、全く正反対の感想を漏らす。その視点は扱う側ではなく作り手としての目線だ。

『うむ、膨大な処理やらなにやらの対策は知っての通りなのだよ。奴の到着が遅れなければ完成型での試験運用も出来たのだがなぁ』
「どちらにせよこの場で問題視する点ではなかろう。少々複雑ではあるが、我は金属加工の権能を持つ神祖よ。己が加工した武器に遅れは取らん」
『でなくては存在意義に関わるからのぅ。では、準備出来たと解釈するよ』
「いつでも来い」
「二人とも言葉通りの全力は御法度じゃぞ?今回は頭を下げてまでこの地を借り受けていることを忘れるな。我らが揃っている以上力押しで片づかないとは思わんが、わしとクレーニュは平和的な化け物じゃ。む・・・ふと思えば蛇よ、ぬしも文化やら農耕が主軸ではなかった?」
『農耕、すなわち大地の恵みは、産むと同時に死も内包しているのだよ。成長は終わりへのカウントダウンであり、どちらか一方のみで成り立てんわけで。何より余の神話における役割は創造神。農耕と同様に、作り破壊して当然ではなかろうか』
「得心した。もう邪魔はせぬからさっさと終わらせるのじゃ」

 老人は蛇の言葉に納得したのか潜めていた眉を戻し、次に起こるであろう激突へと身構えて備える。
 必要なことは二人を止めることではなく、周囲の被害を押さえることだと諦めた。
 異国の情緒溢れる自然と生き物を守れる者はこの場に己しか存在しないとの決断である。
 しかし当事者の一人である誓一の安全は枠外だ。なにせ居ることを認識していないのだから、例えどれほどの力を持っていようと無理な物は無理だろう。
 そんな最中だった。金色の光と、紅の炎が激突したのは。
 世界が夕焼けのように赤に染まり、音速超過の衝撃波が発生。この瞬間、誓一の意識もまた刈り取られたのだった。





「さすがにこれは助からん。どうするのだ、人畜無害が滞在契約なのだぞ・・・・?」
「そう言われてもだね、余ですら誰にも気づかれずに抜けられぬ結界を敷いたのだよ。どんなトリックを使ったのやらさっぱり。この場に存在することがイレギュラーとしか言えんわ・・・」
「証拠隠滅に食ってしまうのはどうよ・・・」

 半眠りのような微睡みの中、とても不穏当な発言を耳にしたような気がする。

「・・・よし、ここは折衷案を採用するぞ」
「おお、何やら妙案かねウルカヌス」
「さすが見た目爺様。余らとは違って頼りになるのー」
「貴様ら、また丸投げか!毎度毎度の尻ぬぐいさせようとするな!」
「ふむ、嫌ならそれはそれで結構。ここいらの土地神がごねるなら近隣一帯を焦土と化すのも一興。久方ぶりにはしゃぐかのぅ」
「戦闘向きと言い難い俺だが、お前と肩を並べるのならば不安は無い・・・やるか」
「止めぃ!わかった、わかったからわしに任せろ。馬鹿蛇、今回の成果物を一つ使うぞ。少々勿体ないとは思うが、これもまた試験運用と考えれば惜しくはなかろう」
「・・・惜しくはないが、それを使うことが救いになるのかの?」
「知らんわ。表面上だけでも無事であれば良い」
「自称人間大好きの癖に、何だかんだとお前も立派な異形だぜ・・・」

 耳元で騒ぐ何か達の話し合いに結論が出たようだ。
 これで五月蠅い雑音も消える、いい加減静かに眠らせて欲しいと思う誓一である。

「TPO次第じゃよ。さて、脳死されては手間が増える。さっさと仕込んでしまうからケツァルクァコトルも手伝え。この手の構築はぬしの専門分野じゃろうが」
「失敗したら失敗したで貴重なデータが取れる・・・か。最低限の成果は得られそうだのぅ。では、消し飛んだ左半身の再構築を担当するよ」
「うむ、わしとしても初の人体改造。手出しを控えず、じゃんじゃんサポートを頼むぞい」
「心得たわー」

 次に聞こえてきたのは肩を鳴らす音と、ナイフの類が空気を切り裂く風切り音。
 そしてもう一つ。手持ちぶさたの色を持つ男の声である。

「専門外の俺は何をすれば?」
「邪魔だけはするな」「その辺で草でも毟ってるのだよ」
「け、剣の再調整してるわ・・・・」

 そのションボリした台詞が誓一の聞いた最後の外界の情報だった。
 テレビの電源を抜いたかのような意識の断絶。ここではたと気が付いたことがある。
 ひょっとすると、これは睡眠ではなく死ぬ寸前なのでは?と。
 しかし時も遅ければ、一切合切の抵抗も既に遅い。

 “仮に死ぬとしても、こんなに安らかな感じなら本望だ・・・”

 かくして少年の運命は、その終わりを受け入れる心を踏みにじるかのように動き出す。
 持たざる者からの変革、最下層からの脱出。
 望もうと望ままいと、かつて掴めなかった何かをその手に収める風が吹いていた。


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