天夜奇想譚 アヤメ―狩猟者 > abyss―


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作者:グリム

タイトル:アヤメ―狩猟者/abyss―






 線路は続くよ。

 どこまでも、どこまでも。

 どこまでも?

 終着駅はどこにある?

 列車にすら乗ることができないのに。




 塵芥の降り注ぐ、灰色の町並み。さっきから体が重くて仕方が無い。それに、ずっとずっと気配が消えないんだ。

 殺したはずなのに、殺したはずのあいつの気配が消えてくれない。どこにいる。化け物。殺してやる。何度だって殺してやる。お前を殺したら早く海晴を助けないといけないんだ。気配はどこだ。気配はどこだ。

 ――山。あの山。

 灰色になった景色が切れる場所にある山の頂。

「ぁ……ぉ、ろ、……ぅ」

 さっきから頬が引き攣って喋られない。でもそんなことどうでもいいんだ。声なんてどうでもいい。喉が潰れてしまったところで、もう意味なんてない。ほら、早く行こう。あいつが生きてる。

「おい、テメェ」

 誰かが立っていた。俺と同じぐらいの年の、少年。ピカピカの金属バットを持ってる。

「お前が殺したのか」

「ぇ、だ。ぉ……ぇ」

 誰だ。お前。

 どこかで木々が揺れる音がする。塵芥の降り注ぐ町並みを背に、少年は俺と対峙していた。表情は見えない。暗いからじゃない、さっきまで暗かった俺の視界は、今は昼のように明るく見える。表情が見えないのは、少年が顔を覆い隠すようにグルグルと包帯を巻いているからだ。

 変な男だ。笑いが止まらない。

「答えろよ、街がこうなったのは……お前の仕業か?」

「そ……ぅ……、ァ」

 俺以外に誰がするんだよ、こんなトチ狂ったこと。

「その笑い方、止めろッ! じゃあお袋を殺したのもお前ってことでいいな?」

 知らない。誰を殺したかなんて興味ない。俺はあいつを殺しに行かないといけないんだ。

「あいつは、俺の獲物だったのに――……殺してやる」

 殺気を孕んでそいつは俺を睨みつける。心地いい殺気だ。少し前の俺だったら犬っころみたいに震えただろうに。今となっては、その殺気が、子犬の威嚇程度にしか感じない。お前に用は無い。

 右腕を振りかぶる。

 少年はバットを握り締めたまま、低姿勢で突っ込んでくる。構わず、地面に拳を叩き付けた。コンクリの地面を粉砕し、破片と余波が少年を吹き飛ばす。肉を打ちつける音が離れたところで聞こえた。けれど止まる理由は無い。

「――バケモノ」

 少年の恨めしげな呟きに、俺は振り返らない。

 そんなこと、俺だってわかってる。人間の腕は、銀色なんかじゃないし、紋様だって刻まれてないし――ましてや、こんな、歪な蜘蛛の前肢じゃない。……俺は、あいつと同じになりつつある。

 だから最後にあいつを殺して、俺も死ぬ。

 良かったな、名前も知らない誰か。――俺は、死ぬぞ。




 山道を登り、夜空に月が昇る頃。その頂には一本桜。美しい夜桜に魂を抜かれるような感覚を覚え、呑まれないように地にしっかりと踏みしめた。桜の根元には、一人、誰かが立っている。

 俺の良く知ってるやつ。

「ぃ、ぁ……ぅ」

 海晴。

 生きていたんだ。生きていた――……海晴の表情をこちらから窺うことはできない。けど、服が血に汚れているのだけは分かった。何かがおかしい。俺が追ってきたのは、あいつの気配だ。両親を殺した気配。今の俺と同じ気配。

 刹那の理解、同時に袈裟懸けに切り裂かれた。

「ぅ、がぁぁッ」

 異形の腕で振り払うが、それは受け止められる。鬩ぎ合う力、まだ原形をとどめる左手で持った刀を振るう。しかし今度は掠りもしない。

 月下に立つ海晴。

 その背中からは、七つの影、蜘蛛の足。

 ニタニタ笑い。

 俺と同じ。海晴は、あいつになってしまった。

 手甲に魔力を通す。イカれそうな灼熱が右腕の中を走る。そりゃそうだ。原形をとどめない右腕は銀色の異形の腕。手甲なんて見る影もなく、癒着していた。いや、もう同化といっていい。手甲は腕に。腕が手甲。――ああ、考えるのも面倒くさい。

 ……だけど好都合。

 都合のいいことに、手甲は腕と同化している。このバケモノの腕は、そう言う術式を作るのには最適だ。

「ぃ、ぎ……」

 ヒビが入るぐらいの頭痛。

「あ……は、ァ……ッ!」

 表情の無い海晴の顔を見ながら、既存の式を倍以上まで生成する。歪な線を繋ぎ、歪な円を結び、――全てを形に。こんなことをすれば、一度術式を使ってしまえば壊れるほどに脆いものになるが、さすがだ。魔力だって必要だし、ましてや術式の回路なんかにできるわけがない。威力が落ちるか不発するのがオチだ。

 だが、回路が破れて魔力がこぼれても、注ぎ続ける。壊れた端から治るんだから。

 痛い痛い痛い。

「みぁ、……るぅっ!」

 弓なりに引かれた七本の前肢が突き出される。

 土遁。作り出された泥の壁が前肢の動きを鈍らせる。次は木遁。動きを鈍らせた前肢を根で絡めとる。今度は火遁。根と一緒に前肢を全て焼き払う。痛みに苦悶の表情を浮かべる海晴、前肢を完全に焼き払うことはできなかった。

 今度は七本の前肢を一点集中で突き出してきた。

 単調な攻撃を刀でいなし、前肢の一本の間接に刃を突き立てた。

「ぅ、ぐあぁぁ……」

 海晴の声で一瞬、我を取り戻しそうになり――突き立てた刃を引き下ろした。硬い感触を無理やり引き裂き、赤い粘液を噴出させる。そして最も脆いと思われる胴体目掛け、右腕を打ち込んだ。

「かはっ」

 紙のように軽いその体を桜の幹に押し付ける。

 はらはらと、花びらが散る。

 殺すための術式は既に完成している。発動すれば、確実に海晴の心臓を貫くことができる。首だって落とすことができる。首を落とせば確実に殺すことができる。さぁ、発動しろよ。どうした。

 なんで発動しない/できない。

 海晴のニタニタ笑い。分かってて嘲笑ってるのか。

 ――私に海晴が殺せないことが、そんなに、おかしいの?

「ァァ、あ゛あァァッ!」

 叫び声。舞う桜の花が、空中で静止する。ゆっくりと流れる時の中。

 右腕の灼熱は、もう何も感じない。

 七つの凶器が揺らめいた。


「どういう事だ……」


 轟音が響き、海晴の体が力なく傾いでいく。はらはらと舞う花びら。異形の右腕でそれを抱きとめた。体に風穴を開けて、赤を撒き散らす海晴。思考が止まって、叫んだ。しかし今度は声にならず、引き攣った頬の皮がブチブチと音を立てるだけ。もうまともに口を開くこともできない。

 睨み付ける。その先に立っているのは、眼鏡の女。知ってる女。

 海晴の姉。私の従姉。俺の敵。

 舌を打とうとして、その舌も上手く動かない。

「……ぅ、ぅウウぅウウウッ!」

「――黙れ」

 空気が震える。海晴をかばう。弾丸が左の、まだ異形になってない部分を抉り取っていく。

 刀が、左手から零れ落ちる。

 からん、乾いた音が響いた。

「ぁおあぁあぁ、うあぁぉぉ……」

「黙れよ」

 二発、三発。体を抉り、貫き、辺りに肉と血をばら撒く。

 撃ち続ける女の姿を見ながら、必死に海晴をかばい続けた。痛みがないといえば嘘だ。さっきまですぐ回復していた腕は貫かれたまま血を流し、治癒する気配はない。なにか、細工のある弾丸だ。もう、どうでもいいけど。

「海晴から離れろ。私の弟に触れるな――ッ」

 悲鳴にも似た声だった。痛い。痛い。けど、動くことはできない。ここを動いたら、弾が海晴に当たってしまう。海晴も私と同じだ。この弾は私の回復を遅らせることができるらしい。仕組みは知らないが、海晴にも効果があるに違いない。

 だから、離れない。

 このまま死ぬなら、ずっとこのまま。

「離れろおぉぉぉ!」

 最後の一発は、桜の幹を穿った。もう銃弾は残っていないのだろう、引き金を引く音だけが聞こえる。

「こ、の……はな、れ、ろって……」

 けど、弾の切れた銃なんて役に立ちはしない。

 魔力を右腕に流す。

 腕――左腕、勝手に魔力をかき集め始める。組み上げかけていた術式の起動のために。

 発動、土遁。

「――ぐっ」

 短い悲鳴の後、細い女の体は、遠くの地面に転がった。


 ――さぁ淵へ帰ろう。


 もう、痛みは感じない。

 動かない海晴を抱えて歩き出す。


 ――淀んだ底へ行こう。


 倒れたまま動かない女の横を通り過ぎる。

 山道を一歩一歩踏みしめながら下っていく。

 けれどやがて、力が入らなくなって倒れた。

 ……もう歩けない。


 ――幾多の怨念を抱えて。


 左腕に、灼熱が走る。顔を上げると、海晴の背中から生えている七本の足も、動き始めていた。

 そして私/俺達は進みだす。

 一本の腕だけで体を引き摺る。腕だけが必死で帰ろうとしているかのよう。


 ――死なぬ輪廻に憎悪を募らせ。


 けど一本の腕だけで山を下れるはずがない。

 魔力を通さなければ動かないそれは、長続きするはずがないんだ。

 蜘蛛の足の節からは、透明な体液が破れて溢れた。それに痛みを感じてるってことは、もうこれは私の腕なんだ。

 海晴は目を覚ましているのか、すぐそばで私を見下ろしている。


 ――いつか滅べる日を。


 蛹から蝶へと姿を変えるように、海晴の背中から生えた腕は海晴と言う殻から這い出そうとする。

 腕が一本だけない。当然だ。その一本は私の左肩から生えている。

「悲しや。悲しや。体を失おうとも不死の輪廻から抜け出すことは叶わず。鬼の性は娘から腕を奪えと言う」

 海晴の顔には何の表情も浮かんでいなかった。

「しかし悲しや。苗床の小僧は殺すなと言う。我輩になるには腕の一本分足らず、小僧の体を食い破って外に出ることも叶わず」

 巨大な鬼が――牛鬼が海晴の背中から這い出してきている。

 悲しそうに、嬉しそうに、鬼は嗤う。

「小娘」

 意識が徐々に閉じていく。


「汝は――我輩を殺してくれるか?」


 殺す、私は確かにそう言った。

 鬼は満足そうに、自分を殺すための方法を私に教えてくれた。


 ――叶わぬと嘆きながら。




「それで――鬼の腕を取りに帰るまで力を付けろ、ってことかしら」

 奇怪な文字で埋め尽くされた部屋の中心で、小さく息を吐く。行使していた術はいつも以上に厳しいものだったので、疲れも多い。裁定者と言われようと、人一人の体験を全て理解できる形で吐き出させると言うのはこんなにも大変なのか、と少々途方にくれて。

 その傍らには白い死に装束を纏った少女が横たわっている。

 姫月菖蒲。

 ――先日、災害級の異形を退治した、とされている少女。しかし術を行使して自白させた結果は、予想を裏切ってくれた。彼女が牛鬼を倒してくれたものかと思っていたら、実は本体はまだ生きているときた。

「まるで呪いですね」

 扉を開けて入ってきたのは藍色の外套を纏った、私と同じく裁定者の、桶屋。

「ええ。アヤメちゃんには同情モンだけど……どう処分する?」

 ふむ、と小さく頷きながら桶屋がアヤメちゃんの傍まで歩み寄る。眼鏡の奥でアヤメちゃんを見つめる瞳、正直何を考えているか分かったものじゃない。こいつの性格なら、この場でナイフ一本心臓に突き刺して、終わりましたよ、と言いかねないし。それだと少し困る。一応、ゆずちーの従妹なわけだし、あっさり殺させるってのもなんだ。

「殺して終わりならば楽なものでしょうが」

 しかし予想に反して、桶屋は踵を返した。私の横を通り過ぎて扉のほうまで歩き、振り返る。

「先ほど手甲の調査が終了しました。元々は統括の倉庫に眠っていた複合式を取り込んだ術具……だったのですが、調査の結果、あれの手甲は正式に“異形”と認定されました」

「付喪神……ってことかしら?」

「いいえ。異形の認定は“牛鬼”……の腕。つまり、鬼の腕と言うわけです」

「は?」

 そんな事例、聞いたことがない。

「技術者も詳しくは分からないそうです、ま、異形についても謎が多いのですしね。ちなみにあの手甲、私の全力を以ってぶち壊してみましたがものの数秒で再生しやがりましてね。つまるところ、術具のくせに再生持ちという反則の代物になってしまっているのですよ」

 あ、怒ってる怒ってる。

 手甲一つ破壊できずにプライドが傷つくなんて、子どもっぽい。

「それだけならば、貴重な術具として統括の倉庫に放り込んで、この少女も処分してしまえたのですが」

 子どもっぽい、だけどどこまで本気かが分からないから怖い。

「あの術具は彼女にしか扱えないらしく、――貴女の“自白させた”事の顛末を聞く限り、不死の牛鬼を倒せる唯一の手段らしいじゃないですか」

 そして一拍置き、メガネを外す。そして懐からメガネ拭きを取り出して、磨く。

 そう言えばこの部屋使うことがなかったから少し埃っぽいのよね。

「しかもあの牛鬼はこの天夜に至るまでに相当被害を出した大物……倒せると言うならば彼女を利用するのが一番」

「利用?」

「育て上げるのですよ、――退魔士として」

 ……予想の斜め上だった。

 こんなケースはあまりないし、この自白部屋に入った人間は確実殺されていた。なので半ばアヤメちゃんのことも諦めていたが、まさか退魔士にしようだなんて。けれど、彼女が話したあの牛鬼との戦いの顛末を聞いた限り、彼女はきっと即戦力になるだろう、とも思う。

「みっち……時枷海晴はどうするの?」

「彼については何も覚えていないことがわかっています。洗浄もしましたし、異形の反応もなし。傷が回復次第、普通の生活に戻るでしょう」

 それを聞いて肩の荷が下りた。

 桶屋はそれだけ言うともう用はないと言わんばかりにメガネをかけて踵を返す。

 入れ替わりに、艶やかな黒髪の麗人が――安倍桜花が入ってきた。今日着ているのはお堅いスーツ。けれどいつも通り琥珀の櫛で髪を梳く。統括機関のトップ……で、私の上司なのだが。別段私は敬意を払ってるわけでもなく、一応形式的に会釈をする。

「お疲れ様です」

「挨拶は結構。桶屋が出てったことは、ある程度処分は決まったのでしょう?」

「はい」

「そ、樋沼さんもお疲れ様。休んでいいわよ」

 労うにしては軽い口調。それだけ言うと、彼女は私から視線を外し、アヤメちゃんを見下ろす。

「凄い汗ね」

「……私の術は自分のトラウマをそのまま話させるようなものですから」

「そう」

 呟いてから、彼女はしゃがみこむ。

 アヤメちゃんが薄く目を開く。しかしはっきりと目が覚めている、と言うわけではなさそうだ。表情は胡乱げ。上手く呼吸ができていないみたいだし、口の端からは涎。まだ意識は悪夢の中なんだろう。

「ぅ……ぁ……」

「辛そうね」

 小さく、確かに安倍は呟いた。

 はっきりとしない意識のアヤメちゃんには、その声は悪魔の囁きにも、神のお告げにも聞こえたことだろう。

「助けて、あげましょうか?」

 陶器のように白く細い指を、アヤメちゃんの頬に滑らせる。

「その代わりあなたは、一生私の奴隷ですからね?」

 私にはその表情は見えなかったが。

 それは、どー考えても悪魔の囁きだった。




 生けし生けるものの終着駅。

 私の死/駅はどこにある?






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