天夜奇想譚 第五話~ 説得は笑顔のグーで


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作者:扇

タイトル:蛇神と少女の幻想曲~




 “どうしても、あなたに伝えたいことがあります。放課後、屋上まで一人で来てください。待っています”

 生まれて初めての経験に修慈は心臓の高鳴りを押さえ切れなかった。
 靴箱を開けてみると中に置かれていたのは簡素な茶封筒。中身は一枚の便箋であり、綺麗な字で綴られた内容を読む限り俗に言う恋文ではなかろうか。

「うっわ、黒澄って・・・いずもの友達だったはず。あの馬鹿たれと違って好みだし・・・来たよ!俺にも春が来たよ!」

 絶対に悪戯ではないと言い切れないが、曖昧な記憶ながらもこんな事に加担するタイプではなかったはず。
 仮に何かの罠だとしても、千載一遇のチャンスを見過ごしては男が廃るというものだ。
 むしろ騙されてもそれはそれで美味しい。話のネタが一つストックされるのも悪くない。

「告白の後は当然一緒に帰ってデートっ!彼女の居る生活って素晴らしいぜ!」

 盛大な勘違いをしてしまった事に気がつかない少年は、宝石のように煌く未来を夢見てガッツポーズを決めるのだった。





<蛇神と少女の幻想曲~第五話~ 説得は笑顔のグーで>





-放課後、屋上-





「あー、ごほん、久しぶりだな、黒澄さん。待たせたか?」
「いえ、私も今来たところですから」
「と、ところで話とやらだけど・・・正直、嬉しさ半分、困惑半分って感じ。なんせこんな経験初めてでさ、先輩なのにどっしり構えられそうに無い」
「あ、そうなんですか。てっきり経験豊富だと思ったのでびっくりです」
「け、経験豊富?異性と向き合うことすら少ない俺をどれだけ過大評価!?」
「うーん・・・ちゃんと手紙を読んでくれましたか?」

 何処か会話が噛み合っていない。そう考えた修慈は改めて眼前の少女を凝視した。
 服装は場所が場所だけに制服。後ろ手に鞄を持ち、頬をやや朱に染めて真剣な目でこちらを見ている。
 周囲にも特別おかしい点も見受けられず、誰かが潜んでいる気配も無い。
 これでドッキリの線は消えた。おそらく、微妙に反応が変なのは緊張しているからなのだろう。
 ここは一つ年上として余裕を見せ、既にMAX予想の好感度をさらに上げてやろうではないか。

「恋心を振り絞った簡潔な文章、何度も読んださ。勿論OK、君の想いは確かに受け取ったっ!」
「こ、恋心?確かにわくわく感はありますけど・・・」

 いよいよもって話が理解できない、そんな様子の硯梨は首をかしげて言葉を切る。
 そして僅かな間を空けて頷きを一つ。

「先輩、私の申し出を受けてくれるのでしたら人目のつかない所に行きませんか?OKを貰えると信じていましたので、場所の確保は万全です」

 いきなりそう来るか。色々と踏むべきステップを飛び越えて、いつかは辿り着きたいゴールがスタートラインとは冗談がきつい。
 なまじ身持ちが硬そうに思っていただけに、修慈の頭はこの時点で壊れかけていた。

「まじかっ!?」
「はい、自転車で十分にいける範囲です。昨日のうちに邪魔が入らないよう十重二十重の結界敷設を友人にお願いしてありますから、思う存分楽しめると思いますよ」
「へ、へへっ、とんだサプライズ・・・・今すぐ行こうぜ!」
「はーい」

 途中から危険な単語が交じり合っていることに舞い上がった男は気がつかない。
 硯莉の目が恋する其れではなく、遠足を前にした子供の眼差しだと言うことすらも。





-街外れ、工場跡地-





「・・・あれ?楽しいことをするにしては場所が悪いような。どちらかっつーと、不良が抗争やらタイマンやらで使う雰囲気じゃね?」
「勿論です。ここなら気兼ねせずに撃てますし・・・あ、でも遮蔽物を利用すれば近接型の先輩の方が有利といえば有利!私って不利な条件であればあるほど燃えます。加減は無用ですよ?」

 見たことも無い形状の高そうな杖を取り出し組み立て、見覚えのあるカートリッジを次々に手込めするその姿。
 向けられた杖の先端には闘志を乗せ、目に宿るは純粋なる好奇心。
 紛れも無く魔を扱う者の姿だ。罷り間違っても恋する乙女ではない。

「なにぃ!?何ソレ!俺のスィートライフは?大事な話ってそれかよ!?」
「大正解♪」
「つーか、何で俺!?」
「私を調べようとしてましたよね。迂闊でした・・・ちょっとお灸を据えただけで問題視されるなんて予想外です」
「・・・・はっ、ひょっとしてアレを引き起こしたのは君かっ!いきなり口封じに来るとは恐れ入るぜ。でも、それだけでこんな回りくどい真似をしたんじゃないだろ?」
「ご明察。でも、本当の理由・・・聞きたいですか?」
「ガラスのマイハートを砕いたからには当然だよ!返せっ!俺の純情を!」
「勝手に誤解したのは先輩じゃないですか!」
「あんな文章を受け取ったら、男なら九分九厘同じ反応するわっ!」
「・・・そうなのかな?」
『ライブラリー検索終了、敵性対象の発言は妥当と判断します。悪いのはマスターであり、この色情魔の言い分にも一理あるでしょう』
「今の言い方って割と慰めになってなくね!?むしろ傷口に塩を塗りこむ所業じゃね!?つーか、喋ってるのって杖かよ!」
『黙れ非モテ族。己の身分もわきまえず、マスターをゲットしようなど百年早いと判断します。マスターのパートナはこの世に私だけで充分。失せろ害虫、それが嫌ならこれよりマスターにフルボッコされてしまえ』
「口悪っ!しかもさりげに独占欲強いな!」

 いよいよわけが判らない。
 斬新な切り口の果たし状に呼び出されてみれば、何故だか罵倒され続ける謎の苦行。
 そろそろ泣きたいと言うか帰りたい。
 悪いのは自分なのかと自問自答するが、どう捻っても冤罪だ。

「先輩もぼちぼちやる気を出してくれたようですし・・・始めますか」
『敷設結界へのアクセス正常。複合概念展開』

 つくづく人の話を聞かないコンビはツッコミに邁進する修二をよそに動き出す。
 過剰としか形容できない認識阻害や人払いの概念を活性化させると、次の瞬間には弾装に押し込んだばかりの魔力カートリッジをロード。
 未だ心構えの済んでいない獲物が反応するよりも早く、開始合図と一の矢を放っていた。

「まてまてまてーっ!軽い漫才で油断させつつ不意打ちって汚くないかっ!?」
「先輩がどう受け止めようと、私はここに来た時点でゴングが鳴っていたと思います」
『砂糖に蜂蜜をかけた以上に甘ちゃんと判断します。常在戦場、これぞ常識』
「間違っちゃいないが・・・確かに間違っちゃいないが・・・・」
「なら、そろそろ本気を出してくださいね。じゃないと――――――――」
「と?」
「死にます」

 その一言が本当のスタートだった。
 瞬時に生み出されるは雷の力を内包した輝く球体。硯の前面に幾つも発生したそれは、初動の時点で最大加速を与えられた必殺の一手に他ならない。
 初手は挨拶代わりだったのか狙いも甘く、その場の足裁きだけで難なくやり過ごした修二もこれには戦慄するより他になかった。

「俺は女だからって加減できないからな!」

 少女の発した何気ない言葉は対魔師としての己を呼び覚ますに値する明確な敵意だ。
 頭のスイッチを切り替え、目の前の相手を完全なる敵だと認識するもやや遅い。
 この時点で回避行動に移る為の貴重な数瞬は失われている。
 ならば、と選んだ手段は体に染み付いた練磨の成果。習慣で持ち歩いていた竹刀袋から愛刀を引き抜き、鞘から抜く間も惜しいと雷弾を切り払う。

『反応速度より敵性対象の戦闘力を計測。想定範疇のスペックと判断します』
「じゃあ予定通り、距離を制するところから始めようか」

 体の運動係数を引き上げ、修二が刀を振り終えるよりも速く後ろへと跳躍。
 しかし万が一の反撃に備えて目だけは決して逸らさない。代償として背後の視認を怠る失態を犯しているに見えるが、実際はそうではなかった。

『全周探査式“アルゴスの百目”常駐。視覚情報と同調開始』

 一見誘い込んだように見えても、実は硯梨とてこの場所がどうなっているか判らない。
 温いといわれればそれまでだが、目的はあくまでも腕試し。条件が五分での上で勝ちを拾わねば意味が無いのだから仕方が無いだろう。
 しかし無策で挑みかかるほど甘くも無い。事前調査の代わりに知覚強化の術式を用意してあるのだ。
 杖に備わった機械式のセンサーと魔術による視界補正を併せ、自分を中心とした180度の視界を確保。
 常に全てを認識していては消耗が激しい為、必要に応じた視覚情報の拡張術式を少女は起動する。

「緊急事以外は百目を維持。リソースの配分は月に一任するからね」
『了解』

 まるで背中に目がついているかのように錆びたドラム缶の上に危うげなく降り立つと、足を止めた獲物に追撃を開始。
 心構えの差から得たアドバンテージを最大限に生かすべく連続で術式を構築する。
 先ず発現するのは鏑谷代わりに放った光弾の本気版だ。
 処理を極力軽くして連射性を高めた単純な術式だが、初期に付与していた誘導や遠隔操作の追加概念を切り捨てた結果、弾速と威力へと十分なリソースを割り当てる事に成功している。
 やはり通常弾はばら撒いてこそ華。この辺りの考え方はSTG好きの血だろうか。

「ガチだ!混じり気無しのガチだよこの子!」

 一度に放たれる弾数が両の指で数え切れる範疇とはいえ、連続した射撃を正面突破することは難しいというか無理だった。
 過去に相対した異形には石礫を投じる河童や粘液の塊を吐き出してくる蛙もいることにはいたが、無邪気な悪魔はそれらを遥かに凌駕する。
 初手を鞘付で受けたのは偶然の産物だが、実に運が良かった。
 少女の矢は雷撃。それも半ばプラズマ弾に近い”魔法”よりも”現実の物理法則”的な意味で危険度の高い攻撃である。
 故に対魔の力が付与されていようと主力武器の鋼は通電してしまう。
 つまり修慈に残された防御手段は回避の一択しかない訳で、実に不利な相手なのだ。

「遮蔽物が無けりゃヤバかっ・・・・おおう!?」

 転がり込むように逃げた先、工場のひさしの下で呼気を整えようとした瞬間だった。
 産毛が逆立つような悪寒が走り、止まっては危険だと第六感が訴えていた。
 こうなれば剣士は迷わない。荒い息のまま遮蔽物の多い右側へとサイドステップを踏む。
 するとコンクリ作りの壁もなんのその、今の今までいた空間を閃光が貫いていた。

「せんぱーい、まさか終わってませんよねー?」

 聞こえてくるのは殺意の欠片も感じられないお気楽な声だ。
 反射的に“遊び感覚だなぁ、おい!”とツッコミそうになるが、声を出しては位置情報を教えてやるようなもの。ぐっと堪え、気配を潜めて移動を開始する。

「これだから素人は・・・一発殴ってお仕置きしちゃる!」

 殺す発言をされようと、自分にとって人間は敵ではない。人を護るのが退魔師の本懐。それが顔見知りであれば尚更だ。
 苦労はするだろうが一つ峰打ちで片づけ、お灸を据えようと決意する修慈だった。
 しかし、この考えが甘い。甘すぎた。

『熱源センサー、対象を補足出来ずにロスト。二度も予測から逃れるとは生意気な。敷地内全てへの焦土作戦に切り替えては如何かと判断します』
「課題の一つに消費魔力の上限設定を設けてるんだよ?出来なくもないけど、残段数は五発。討ち漏らしちゃったら目も当てられないからダメ」
『了解、このまま優位を維持しつつ砲撃戦を続行しましょう。しかし誤りが一つ』
「?」
『常駐術式の維持コストを忘れています。つまり、残り四発でしょう』

 神無が不足分を補う為に中身を空にした薬莢が足場に落下し、小さな音を立てる。
 楽しくて、本当に楽しくて、ついつい計算に甘さが混じってしまったようだ。

『ちなみにマスター、現在登録されている術式は全て加減が出来ません。敵の回避能力により命中ゼロですが、本当に当ててしまっても?』
「気は進まないけど、他流試合で命を落とすなんて日常茶飯事だってお母さんが言ってた。それに、いずもの幼馴染みの命も故意に奪うつもりはないんだよ?でもね、加減をして私が逆の運命を辿っちゃったら本末転倒。只でさえこっちは新米とロールアウト仕立ての不利コンビだって忘れてない?」
『・・・素敵に無敵な英才教育を受けているようで何よりです。マスターを前科持ちにしないよう、私が威力&概念定義を制御しましょう』
「どうして口調が緊迫した感じに!?」
『お気にせずに』
「ひょっとして武者震い?」
『お気にせずに』
「心なしか棒読み?」
『お気にせずに。それよりも移動物体補足。後退を続けるのも手ですが、距離を詰められる前に一斉射が無難と判断します』
「今、絶対話を逸らしたよね!?露骨に探査式を放ってまで話を脇に除けたよね!?」
『対象の加速を感知。些細なことは忘れて現実を見るべきと判断します』
「あーもう・・・手早く先輩を蹴散らして問いつめるから忘れちゃ駄目だよ!」

 獲物を目視せず、汎用砲術“天弓”を起動。これは大まかな位置を補足しているからこそ出来る芸当だ。
 当たれば幸い、当たらずとも足を止める戦術は古来より受け継がれた定石。距離を削られることがそのまま窮地に直結する硯梨が選んで当然か。
 稲光が一度空へと舞い上がり、直後に雨となって大地へと降り注ぐ。
 乱数を織り込んだ天弓は抵抗もさせぬまま修慈を貫いたはずだった。
 殺してはいかんだろと、月の独断で殺る気満々の主に無断で殺傷力を弱めたにしても、生身で雷弾を受ければ只では済むまい。
 こうも楽勝では対人戦闘の訓練には成らなかった、と蓄えた余剰魔力を排出しようとした時である。

『二発命中を確認。お疲れ様ですマス――――』

 しかし、定石は有効であるが故に周知されていた。
 素人の硯梨が知ることを、仮にも実戦経験を持つ修慈が気づかない訳がないと言うことを失念していた神無である。
 センサーが捕らえたのは逆手に刀を握り、ダメージなど無いとばかりに疾駆する剣士の姿。
 神無のAIは現実を理解出来ないと混乱し、どこに間違いがあったのかと内部チェックを開始する。だが、全てのシュミレーション結果が叩き出すのは行動不能の勝利のみ。
 あり得ない、敵の能力値を見誤ったとでも?この世界最高のスペックを誇る己が?

『マスター、至急後退を!今なら辛うじて優位なポジションを維持可能!』
「あ、やっぱり小技で倒しきれるほど甘くはないんだね」
『落ち着いていないで運動系数の改変を!連続使用による負荷はこの際無視して欲しいと判断します!』
「いくら相棒でも、さすがにこの短期間じゃ私と言う人となりを理解できないと」
『式術の呼び出しを確認。これは・・・・まさか!?』
「下がるより、全霊を込めた一発で向かい合うっ!」
『マスターの性格を考慮し忘れました!腹を括り、展開シークエンス代行が最前手と判断。収束・増幅魔法陣展開まで5秒!』
「再構築に一番難儀した魔法・・・無駄な手間暇じゃなかったはず!」
『問題点のオールクリアを確認。発動まで残り8秒を切りました。カウント開始します』
「当たれば勝ち、外れたら負け。お祭りの射的でスナイパーと呼ばれた私は外さないよっ!」

 藪に蛇を見つけて捕まえに行くのが硯梨なら、石橋を叩いて渡るのが神無だ。
 常に最悪の事態に備え、工場と廃ビルの間に布陣させたのはサポート役の仕事。既に一度敵戦力を見誤っているので断言は出来ないが、有効射程と火力はこちらが上なのは確かだ。
 少なくとも硯梨が仕掛けたような壁抜きを修慈が敢行できる可能性は皆無だろう。

『こちらの砲撃特性は限りなく異端。予測できるものならしてみろと判断します』

 犯したミスはけして軽くはないが、まだ取り戻すことは可能だ。何せ今は失態を恥じるより、最高のサポートを見せるべく集中する必要がある。
 が、ここで素直に従わないのが意志持つ杖の真骨頂だ。
 硯梨の手により展開された魔法陣が大気中の微弱な電子を掻き集める様を俯瞰しつつ、保険の仕込みにかかっていた。

「今の私が持ちうる最強の火力、これも耐えるなら負けを認めますよ先輩!」

 一枚一枚が別の効力を備えた光る円陣が次々と生まれ、発動までのカウントダウンは最早ゼロ。防御も、回避も、一切合切を捨て去った捨て身に近い雷光が生まれ出でようとしていた。
 すると応と叫ばれる同意の意。修慈とて勝利条件が判りやすくなる事にメリットはあれど、デメリットは存在しない。
 色々とおかしな娘だが、自分で宣言したからには素直に敗北を受け入れるはず。幼馴染みから聞いた話と、己の知る情報を重ね合わせても妙な悪あがきはしないと断言しても良い。
 ならば、互いに取るべき行動はたった一つ。

「耐えるだけじゃねぇよ、喉元に刃を押し当ててやるさ!」

 景気よく啖呵を切った修慈だが、内心は冷や汗だらだらだ。
 なにせ戦術が稚拙な点を除けば硯梨がスペックを全て上回っている。中でも恐ろしいのは火力。まともに貰えばどうなるのやら、考えたくもない。
 今のところは唯一の取り柄である小細工で騙し斬れているが、万が一見破られるとその時点で詰みが見えてしまう。
 嬉しい誤算は魔女の射撃が正確すぎる事だ。だからこそ総合的な能力では中の下でしかない修慈でも硯梨の雷弾を防ぎきれているのだから。

「怖いぜ・・・いや、マジ・・・・」

 進む先の正面は目映い光が収束していく魔女の縄張り。大気が帯電し、一歩近づく毎に産毛が逆立つ恐怖はなかなか味わえるものではない。
 だが止まるつもりはない。殺さずに止める、これを成すには今しかないのだから。
 そしてそれは硯梨も同じ。
 この攻撃でカートリッジは空。腰にリロード用のマガジンは納めているが、これに手を付けてしまうとルール違反だ。おそらく何処かで様子を眺めている月に笑われてしまう。
 故に両者の思惑は合致する。
 短期決戦、一発勝負。決着の瞬間だ。

『殲滅砲術“雷神槍”起動』
「死なないことを祈ってます、先輩っ!」

 未完成でも鬼を穿ち川の水を蒸発させた雷神槍。術としての欠陥を克服し、完成度を増した光の槍がたった一人の人間めがけて放たれる。
 最早、神無も加減の二文字は捨て去った。天弓が効果を現さなかったのは威力不足に違いない。
 おそらく強固な障壁でも展開しているのだろうが、今度ばかりは例え結界であろうとも打ち抜いてみせる。
 死ぬなら死んでしまえ。掠っただけでも致命傷、直撃ならば全身蒸発も免れない鬼札を切ってやる。
 そんな危険思想を抱いた神無だったが、またしても予測は裏切られることになる。
 直径約2Mの烈光が避わす暇も無く修慈を薙いだ。これは間違いない。各種センサーの観測と、主人の表情が和らいだことからも断言できる。

『そんな馬鹿な!?当たり判定が無いとでも!?』
「手応えがない!」

 ここで神無の中で一つの仮説が浮かび上がる。

『マスター、周囲を薙ぎ払ってください!』
「考えることは同じだね。きっとあの先輩はフェイク!本物は近くにいるっ!」

 一般的な砲術は威力が高い代わりに、発動中は射線軸を僅かにずらすのが関の山だ。しかし、神無を握る硯梨の手はいとも簡単に常識を覆す。

「ワインダーモード!」
『維持可能時間は8秒。お急ぎを』

 細腕に力を込め、手首の返しで光の本流をいとも簡単に制御。
 それはもう打ち貫く射撃ではない。硯梨の身長を超える円筒上の刃持つ光の剣である。
 ワインダー、それは硯梨の愛する往年の名作で常識とも言えるテクニックだった。
 時機を動かす事で“発射中のレーザーごと移動する”定番の戦術なのだが、二次元を飛び出し三次元の世界で自在に操ることが出来ればどうなるか?
 答えは実に簡単だ。元より“高出力の砲撃を振り回す”のだから、破壊の嵐が吹き荒れてしまう事は容易に想像できるだろう。

「待てぇぇっ!幾らなんでも被害を考えすぎだろ!こんな真似を続ければ逮捕だぞ逮捕!」
「誰も近づかない結界があるから大丈夫!」
「そう言う問題じゃねぇよ!」

 大気をプラズマ化させながら工場を廃墟に変える硯梨の大雑把な滅多切りは、しかし修慈の軽口を止めることが出来ない。
 九分九厘間違いなく目に映る剣士の姿は虚像、如何なる方法を用いてもダメージは通らないと主従は理解した。
 本体の位置を掴めていない新米魔術師に出来るのは、範囲攻撃での炙り出ししか手が残されていないのだが――――

『残り二秒。せめて粉塵が落ち着けばセンサー類も回復すると判断しますが・・・』
「ちょっとだけピンチ・・・かな?」
『警告、残存魔力が規定値を下回りました。機能低下発生。一刻も早くカートリッジ補給を。このままでは座して敗北を待つだけと判断します!』
「そ、そうは言っても悠長に補充をさせてくれ――――」

 己を縛るルールを破るにしても、カートリッジを込める余裕がない。
 雷神槍が効果を発揮している今だけが何をするにせよ最後のチャンスだ。長期戦を見越して隙を見せてでも魔力補充を行うか、それとも二秒という僅かな残り時間を活かすべきか。
 これまで即決即断だった少女は、初めての躊躇をしてしまう。
 これが知能レベルの低い異形相手ならば何も問題にはならなかっただろう。
 が、今回の相手は違った。

「やっと隙を見せたな。だが、峰打ちだから安心しな」

 突如発生する気配。どんな手段を使ったのか常に監視を怠らなかった神無の探査をくぐり抜け、近場に潜伏していたらしい修慈が一足他に非我の距離をゼロへと縮めてくる。
 まさに教科書通りの完全な不意打ちだ。これには高速詠唱を武器とする硯梨でも間に合わない。

『最悪のシナリオです。ですが、万が一の保険を準備してこそ一流の魔導具と判断します』
「負け惜しみは止めろ、100%終わりだっつーの!」
『三下風情が吠えるな。保留魔力解放、詠唱済み圧縮術式展開』

 絶対の自信を持った刃の一降りは虚しく空を切る。
 と、同時に修慈を威圧するのは勝負を諦めない意志に満ち溢れた少女の目だった。

「運動系数改変・・・常駐を切っていたのに、この事態を予測して準備してくれたんだ」
『剣士と相まみえるから以上、近接戦の可能性を考慮して当然と判断します。マスター、天弓一発分の魔力も用意していますので逆王手を――――』

 まさかの状況に刀使いの体が崩れている。
 まだ普通に斬りかかっていれば違っただろうに、峰を返すなどという不慣れな真似をするから自滅するのだ。
 些細でも体が記憶しない要素が混ざれば重心はぶれる。それを知らない相手でも無かろうに。
 対して軍師たるサポート役に甘い考えは既に無い。主人に求めるのは必殺の一撃。
 今度こそゲームセット。どんな手品を使われたのか未だに理解できないが、やっと終わりだと胸をなで下ろす神無だった。
 しかし杖は主人の行動予測に関しての目論見が甘かったと後悔する事になる。

『マ、マスター!?私たちはガンナーですよ!?』
「せんぱぁぁぁい、これでトドメですよっ!」

 用意したシナリオを無視した何の捻りもない打ち下ろし。
 頑丈と聞いている神無を大きく振りかぶり、硯梨は鈍器による殴打を試みていた。
 狙うは体の中心。最も避けにくいベストチョイスだ。
 しかし――――

「・・・・お、隙だらけ。ご馳走様!」

 修慈は体を捻ることにより鋼の杖を体に触れさせることなく通過させ、前につんのめった硯梨に親指を立てる。
 それだけ余裕とのアピールなのだろうが、される側としては何とも苛々させられる。
 特に苦心したお膳立てをひっくり返された神無は特に顕著で、創造主より機が熟していないと封印された機能を無理矢理にでも起動させようかと真剣に悩むほどに。
 だが、そこは自我を持とうとも道具の本質を忘れない賢い子である。
 けして我を忘れず、逆に良い機会と自己完結。後学の為、駄目な使い手には高い授業料を支払って貰おうと考えた。

『・・・アルゴリズムで解けない物があると理解できただけ収穫と判断します。耐物障壁及び、全常駐術式の停止プロセスを開始』
『・・・神無?』
『マスター、私は思いました』
『何を?』
『戦いとは机上で行う物にあらず。やはり五体で感じなければ意味がないと』
『うん、そうだね。でも今は戦いの最中だよ。かなり窮地だけどまだ終わって――――』
『終わりました。機械が言う言葉ではありませんが、現時点で敗北が確定しています。九分九厘ではなく、十分、100%詰みです。乱数発生余地のない決定事項と判断します』
『そ、そうなんだ。でもまだ防御に残魔力を注ぎ込めば一撃くらいなら――――』
『魔力は既に些細な術式すら展開不能な残容量。僅かな欠片も天弓用に加工してしまった為、今更他の式に転用できるわけが無いのですが何か文句でもマイマスター?』
『ご、ごめん。でも決着は手応えが無いと――――』
『その駄目な考えを払拭して頂きます。予測では昏倒、もしくは呼吸障害が発生する程度に加減されたダメージです。人はこのような場合、昔からこう言うそうですよ?』
『?』
『馬鹿は死ななきゃ直らない。二度と妙な真似を起こさないよう直撃を食らう必要があると判断します。根性です、マイロード』
『か、神無が・・・私を・・見捨てた!?』
『グッドラック』

 この間、僅か二秒。念話による最後通告は、いよいよもって万策が尽きた駄目押しだった。
 まさかの事態に心をぐっさり刺され、さらに追撃の刃が無防備な脇腹へと吸い込まれていく。
 骨が軋み、肉が押し潰される感覚。いくら加減をしようと、防御の術も身を守る防具も持たない少女の肉体を容易に破壊するのが鉄の塊たる刀だ。

『試算を破壊力が上回りました。私のシュミレーションもまだまだ甘いと判断します』

 運動エネルギーを元にして、刀の質量から攻撃力読んだ神無。
 しかし技術を加味しなっかたと言うよりは“出来なかった”が故に目算が甘い。
 とは言っても大幅に上回る訳でもなく、驚くほどでも無いレベルなのもまた事実だ。
 負けを認めるなど許し難いが、敗北から学ぶ事もまた必要だろう。
 次がある相手ならば再び相まみえた時に借りを返せばいい。この相手はそういった分類の敵なのだから。

『マスターの学友の知人、投降してやります。武器を引――――』

 神無があくまでも上から目線でそう告げようとした瞬間だった。
 崩れ落ちるかに思えた硯梨が倒れない。四肢を震わせ、呼吸も荒く、それでも目が生きている。

「っておおい!まだやる気じゃねぇか!」

 修慈には元より不本意な一戦だ。
 開始時に宣言したとおり、少女を痛めつければつけるほど罪悪感は高まるばかり。
 大人しく話を聞くのならば、これ以上高望みをするつもりはなかった。
 が、それが甘さとも言える。
 神無の言葉に力を抜き硯梨を気遣おうとすら考えた少年は、弛緩させた体に再び活を入れようとするも遅い。
 倒れ込むように低い姿勢から伸びる魔女の手、その照準のような動きに対応が間に合わない。

「騙し討ちかよっ!?」
『そんな汚い真似をするつもりはありません。大丈夫、いかにマスターでも魔力がスッカラカンでは何も出来るはずがありません』

 そうは言うものの、この不安は何だろう。
 主人の体をモニタリングする神無には打つ手がない、打ちようがないと断言するに足りる根拠がある。
 せいぜいが強化されていない素の筋力による打撃が関の山、そんなことをしても悪あがきにすら届かない無様な負け惜しみだろうに。

『マスター、誇りを持った行動を。何をするか解りませんが、英断が必要と判断します』

 返事はなく、代わりに返ってくるのは怪物的な速度で構築されていく術式の片鱗だ。
 基本的な設計は音波の炸裂のようだが、ベースは同じでも何かが違う。
 予想される完成型から察するに、構文の長さは三倍以上。最早何が起きるか予測できない代物である。
 しかし神無は逆に考えてしまう。
 術式を組み上げるのは問題ないだろう。極限状態だからなのか、通常時の二倍以上の処理を発揮するのもまた自由。だが、如何せん魔力が足りない。
 必要となるであろう魔力は安く見積もってカートリッジ二発半。いくら強力な術式を完成させようと、燃料がなければガラクタも同然だ。
 車がガソリンを必要とするように術者には魔力が必要不可欠。無い物はない、この点に絞れば太鼓判を押せる神無が首を傾げてしまうのも必然だ。

「術式事前チェック・・キャンセル、全エラーを無・・視。最後の・・本当に最後の抵抗・・・勝負ですよ・・・先輩」

 空気圧縮術“音波の炸裂”、電子制御術“雷神槍”一部並列複合起動。
 音波の炸裂の応用によりほんの少し無理をすれば掴めそうな修慈と自分の間、その僅かな隙間の気体をゼロに概念定義して擬似的な真空を作り出す。
 これで準備は整った。いかに効率よく限られた力を扱うか、只それだけを追い求めて行き着いた一つの答えを少女は発現させる。
 再現する現象は真空放電。空気という天然の絶縁体に阻まれ、本来の力を発揮できない電気の力を100%に近い形で扱えるようにする殺しの技だ。

「一点・・・突破、神罰再現術式・・・“雷王振”」

 タンクが空の硯梨。しかし魔術は形を成していく。
 一体どこから不足分を補っているのか一頻り悩む神無だが、ここに至ってついに気がついた。
 答えは簡単だった。理屈は簡単だが、代わりにデタラメな力を必要とする手段が一つだけ残されていたではないか。
 魔力はある。己の血液が他のいかなる水分とも違う自分自身であるように、一度その身で取り込み加工した魔力もまた自らの一部だ。
 例え術式へと二次加工を行おうとも、微細な残骸になろうとも、本質が変化するわけではない。
 発動地点が遠方の天弓は無理だろう。しかし、この場所から放ち続けていた直射型の雷神槍は魔力の残滓を撒き散らしながら発動していたのだ。
 ならば、魔力を粒子単位で制御できる主ならば漂う欠片を再利用する事も可能に違いない。


『つくづく規格外のマスターですね。でも、私にも意地があります』

 神無には主人の為を思って作り上げた枷がある。
 明確な殺意を持って相対する全存在、異物混じりの人外、そしてメインとなるであろう異形以外の命を可能な限り守るという使命が。
 これより発現する力は回避不能、文字通りの光速術。
 擬似的に生み出していた“都合の良い雷撃”ではない、古来より神の力の代名詞として伝わる“神殺し”の属性を内包した裁きの力だ。
 一度は加減を捨て去った神無でも、根本ではどうにか生き残るとの楽観があった。が、幾ら難でもこれは確殺確定の予測しか立てられそうにない。
 道徳を持たない月に生み出され間違った教育で育った硯梨をマスターと定められた神無は、反面教師と言うべきか根っこの部分が常識人である。
 仮にこの少年を殺しても、死体は蛇が一呑みで証拠抹消&お褒めの言葉のコンボが待っているに違いない。
 だが、そんな未来は認めてなるものか。さして悪意の無い少年の命を守り、生涯を共に過ごす未来ある少女の手を汚させない使命があるのだ。
 そこで神無は迷わず行動する。それが例え主命に背く行為であっても。

 術式詠唱補佐起動。詠唱補助を逆利用した妨害を開始。

 発動経路は形成済みなので手を加えることは不可能。ならば、とさすがに手間取っている高圧電流の生成プロセスに介入を始めた。
 純粋な電気に“無害”、“拡散”概念を組み込み人体への影響を可能な限り抑え、同時に周囲に漂う魔力回収にも一手間をかけることにする。

『吸引魔力の強制排出プロセス追加。そこのへたれ、私が邪魔をしている今がチャンスです。死にたくなければ脳を揺らして意識を刈り取りなさい』
「え、俺につくのかよ!忠義心とやらはいずこへ!?」
『諫言も忠義の形。間違った行為に対してイエスマンは主の為にならないと判断します』
「そ、そうか。じゃあ遠慮無く・・・・って、なんかバチバチ危険な光がーっ!?」
『破壊力の八割を殺してあるので安心しやがりなさい下っ端。互いに一発ずつ殴り合う西部劇的締めくくりと思って頑張れと判断します』
「他人事だと思って適当だなチクショウッ!」

 目には見えない道を光が走り抜ける。しかしそれは大半の力を奪われた唯の輝きだ。
 直撃を受けるが市販のスタンガン程度の痺れ程度しか感じず、戦闘能力に陰りは無い。若干感覚のない腕を何とか制御して、狙い違わず少女の顎を掠めるように刀を走らせた。

『これで貸し一つです。私の中に優先事項Aで保存しておきます』
「ランク付けがよく解らんけど、扱いでかっ!利子が怖っ!」
『利率はトイチが妥当と判断します。実にリーズナブルかと』
「はっはっは、返済までにどれほどの貸しになるのか解んねぇよ!」
『それはそれとして』
「めっちゃ大事な話じゃ!?」

 集中のし過ぎで神無と修慈の会話が聞こえていなかった硯梨。当然のように受けた一撃を認識出来ておらず、膝から崩れ落ちるのも一瞬だった。
 そしてそんな主人の横でやはり無造作に転がる裏切り者は言う。

『あなたはマスターに下心があると判断します。妙な真似をした場合、警察無線をハッキングして冤罪祭りを開催予定です。さぁ、ご存分に描写できないことを』
「・・・・ちょっと飲み物買ってくるわ。戻る前に起きたらちゃんと話を聞かせろと伝えてくれ。後、お前さんが俺のことをどう思っているのかよーく解った」
『ああ、汚れを落とす為に私用のミネラルウォーターもお忘れ無く。水道水は嫌です』
「・・・・はぁ、さいですか」

 何だかんだと無傷の修慈は財布の中身を見つつ、トボトボとその場を後にするのだった。
 歩きながら重くのし掛かるのは勝たせて貰ったと言う敗北感。最後の最後まで硯梨の覚悟が修慈の経験を上回った事実がじわじわと響いてくる。

「この差は何だ?俺だって化け物なら結構な数を倒して来た。明らかな経験不足を埋めたものは何処から・・・・?」

 修慈は考えもしなかったことだが“殺す覚悟”を持った存在と“倒す”までしか考えていない差がもろに出た結果ともいえる。
 例えるなら威嚇しかできない自衛隊と、引き金を簡単に引ける素人。躊躇は死に繋がり、結果としての勝者は鍛錬の差を無視して招くものだ。
 しかし、修慈は何も悪くない。
 現代社会、それも日本の高校生で硯梨と同じような精神を持つ者は限りなくゼロ。まさしく魔女と言う言葉が相応しい少女が異常なのだから。

「その辺含めて聞いてみるしかねーなぁ」

 とりあえず、どんな形であれ戦いは終わった。
 今は悩むことを止め、この後に控える尋問タイムをどうにかせねば。
 口の立つ杖に何を言われるやら、まだまだ苦労は絶えないとため息を吐く修慈だった。


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