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学園迷走 第零話 カクテルドレスは夜空を駆けて」(2009/02/02 (月) 01:48:55) の最新版変更点

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*作者:えすぺらんさぁ **タイトル:学園迷走 第零話 カクテルドレスは夜空を駆けて ----       「私達、メリーさん。今ゴミの山にいるの」   「……はい?」   電話は、すぐに切れてしまった。   午前三時。机に向い蛍光灯の僅かな灯りに照らされながら、私はしばらく呆けて、携帯電話を耳に付けたまま固まった。 いまどきこんな馬鹿げた悪戯を、こんな馬鹿げた時間にやる馬鹿がいたんだ。メリーさん。噂くらいは聞いたことがある。突然電話がかかってきて、それが段々近づいてくるらしい。最後には、その人形のハサミで切り刻まれちゃうんだっけ? でもなんで『私達』なんだろう。わらわらと可愛らしいフランス人形が、ぞろぞろ歩いていくシュールなシーンを思い描き、思わず吹き出す。可愛らしい悪戯だ。 ……おっと。 咳払いをひとつ、私はまた問題集へと視線を落とした。ずれた眼鏡を押し上げ、眠気にまどろみかける視界を少し覚ます。 私、赤星 赤音は高校受験を間近に控えている。だからこそこんな時間まで根詰めて勉強しているけど、自分で言うのもなんだけど頭が悪い方ではない。むしろ成績はいいほうだと思う。 持ち前の体の弱ささえなければ、出席だってしっかりして、それで成績だって、学年トップを狙えたはずなんだ。 だから今だって、親への体面のために机に向ってるだけ。出席して無いから点数が低いだけなのに、精一杯心配してくれちゃってさ。   だけど言い返せない私も情けない。ヘラヘラ笑っちゃって、そうだね、頑張るよ、なんて言ってさ。頑張ってるところ見せたくて結局、こうやって勉強しているフリをする。 『赤星、お前こんな点数じゃ――』 違う、その気になればいくらだって取って見せるよ、点なんて。   『赤音、あんた体弱いんだから、無理しないで難しくないとこでいいじゃない』   大丈夫だよ、ごちゃごちゃ言わないで。体だって、どうにかなるから。       「ふぅ」   ため息が絶えない。もうどのくらい、こうやって無駄な時間を過ごしてるんだろう。最初から見る気も無い問題集の文面から眼を逸らし、その視線を携帯の時刻表示に落とした。   「……あれ」  そういえば、私はいつ携帯の電源を入れた?確か、一時には電源が切れるようになっていたはずだ。壊れた? それとも――     「ひっ……!」   唐突に。再び携帯が震え始めた。思わず投げ捨てたそれから、また同じ、甲高い少女の声が聞こえる。 「私達、メリーさん。今街についたの」 鳥肌が立つのを感じる。地に触れた足の感覚が消え、グルグルと回っているような、眩暈のような感覚が、緊張感が身体を支配している。 「もうすぐ行くからね」 ツー、ツーと無機質な音が、ただただ静かな部屋を包む。    悪戯だ、悪戯なんだ。性質の悪い、きっと酷く歪んだ性格したヤツの、酷い悪戯なんだ。そうじゃなきゃおかしい、ありえない! 「そうだ、電話番号が履歴に残るはずよ……うん」 投げ捨てた携帯電話へと、腕を伸ばす。なかなか掴めない。手が震えてるんだ。怖い。でも、これで悪戯だって確信が持てる。そうに決まってるから。    だけどもし、それが―― 「あは……なんで? どーやったらこんなことできるの!?」 声が震えて、裏返る。恐怖が、僅かな言い訳すら掻き消した。履歴には数字一文字も残ってはいない。それは恐れていた、非現実的な現実。 「私達、メリーさん」   三度目――   「今、あなたの部屋の前にいるの」 最後通告   「すぐについたでしょ?」    聞こえた。電話の声じゃない、高く、嘲笑うような声。 何かが近づいている。ハサミの音が、その群れが、扉の向こうにいる。 ありえない、ありえない。もう声すらまともに出ない私の口は、パクパクと繰り返す。 そして、扉は鋭い音を立て、斜めに、真っ二つに裂かれる。 「私達、メリーさん。迎えに来たの」 紅い眼をした人形達は、私を見下し、笑うように告げた。 それはイメージした可愛らしいフランス人形なんかじゃない。いや、中にはそれもいるのかもしれない。服も、髪すらなく、割れた身体や歪な四肢を無理矢理繋いだような、嫌悪を催す不気味な造形の群れだ。大きさはまちまちで、中にはマネキンや、手のひらサイズの人形もいる。 一貫しているのは、それらが全て、ハサミを手に持っていること。そして私を見下して笑っていること。 これは夢だ、夢に違いないんだ。そうじゃなきゃ、人形が独りでに動くなんて、メリーさんなんて馬鹿げたお話が再現されるなんて、その被害者が私だなんて……そう思っても、窓の月に照らされたハサミはギラギラとまぶしいくらいに輝き、裂かれた扉からはひんやりと廊下の冷たい風が入り込む。 「たすけ……たすけ、て、ねぇ」 声を失った私の口は、気付けばそればかりを繰り返していた。人形達は答えない、ただ笑う。無表情の笑みは、それだけで助けを、慈悲を、否定した。 夢だったら。きっと素敵な主人公は、私というヒロインを助けに颯爽と現れてくれるだろう。こんな私でも助けてくれて、目が覚めたときにきっと恥ずかしくて自己嫌悪してしまうんだろう。 白馬の王子様なんて、って。恥ずかしがりながら朝を迎えたい。 それでも無情に、ハサミは私に迫る。マネキンサイズの人形が、感情の篭らない紅い眼で、私に微笑みかけた。 不意に、何かが砕ける音がした。それがガラスの音だと気付くのに、結構かかった気がする。 「ストッ――」 次いで、私の身体は頭から傾き、マネキンへと盛大に頭突きを食らわせ 「ップ。セーフ」 部屋の端へと転がっていった。   「った……」   捻ったらしい、首が痛む。だけどそんなことよりも。私は、まだ生きてる。   助かった? 何故だろう、信じられない。さっきまではあれほど死にたく無いと思っていたのに、生きているのが不思議でしょうがない。   「無事か? 盛大に蹴っ飛ばしちまったがまぁ、死ぬよりマシだろう」   乱暴な男性の声。そうか、助けられたんだ。   「あ、ありが……」   「例はいいから」   乱暴な口調の『白馬の王子様』は、後ろでくくった長い髪を掻きあげる仕草を見せ、微笑んだ。かっこいい、かもしれないけど   「それじゃ、しばらく伏せていろ。部屋は荒れるけど、構わないな」   そのとき既に、私は再び言葉を失っていた。    私のヒーローは、両腕に六角形の盾を付け、武器は持っていなかった。筋骨隆々とした大柄な身体で    そしてなにより、艶やかでフリフリな灰色のドレス姿でいらっしゃった。   「さぁ来いガラクタ。纏めて粗大ゴミに詰めて、元居た場所へ再投棄してやる」   男の言葉に応じるように、人形の群れが部屋へと殺到する。そこには明らかな憎悪と、怒りの意思があった。私のことなどもう忘れてしまったように、銀色の刃は男へと向けられる。   「危な……!」    だけどその刃はすべてが空を切る。男は軽くそれを飛び、いや、浮いて超えた。決して小柄とは言えないその身体が、踏み込みすらなくふわり、と人形達の頭上へと舞い上がる。灰色だったドレスはきらびやかに輝く純白に色を変え、まるで蝶がはためくようにも見える……まぁ、随分と太くて大きな蝶だけど。   「嗚呼、危ない」   おもに、カクテルドレスの下や隙間から色々見えそうで危ない。   「さぁて――!」    にやりとつり上がる口元。右の、六角形の盾が音を立て、六つに散る。そして、それの間を何かが駆け抜けた。   「早々に」    途端に、白磁やプラスチックの人形達が跪く。音を立ててひしゃげ、割れ、砕ける。まるで、押しつぶされたような――   「え……重力?」   「お」   盾が腕に戻ってきたのを確認すると、男は私のほうに顔を向け、笑んで見せた。   「正解。ファンタジーの読みすぎだな」   今のはすこし、癪に障った。   「わた、た……、メ……」   「んで、反重力」   まだ『息のあった』人形の顔を浮かび上げ、蹴散らす。私には殆ど理解できないけど、壮絶な光景。十、二十いた人形達があっという間に破片の山へと変わった。   「さて、まだいるんだろ? ガラクタ」   うずたかく詰まれた人形の亡骸を踏みつけ降り、彼はまだ扉―正確には、扉だった場所―の向こうから覗くガラス玉の瞳に、チョイチョイと指で呼びかける。   「私達――」   「それしか言えないか」   殺到する人形達。灰色に戻ったドレスが翻り、男の横薙ぎの一蹴が、纏めてそれを床へ叩きつける。纏めていっぺんに転んでしまったみたいで、それがどこか可愛らしい。   思わず、吹き出してしまう。不思議だ、さっきまで私の命を狙ってきたモノなのに、もう何かの冗談のような光景にしか見えない。メリーさんが山のようにやってきて、救いにきたヒーローは女装した大男。可笑しな話だ、とっても。ああ、笑いが抑えきれない。   「おい。こっちは必死に頑張ってるんだけどな?」 何言ってるんだろ。楽勝でしょ?と、言いたかったのだけど、笑い声が混ざってしまう。それでも理解できたようで、彼は私の足元を指し示してみた。 「ひわっ!?」   間抜けな声とともに、思わず蹴飛ばす。砕けひしゃげた人形達が部品をかき集め、ムカデかゲジのような肢体を私の足へと伸ばしていた。   「きり無いな、相性悪い」   「ヴぁタシ……め……サン?」   既にひん曲がったハサミを無数の手で構えて、もはや奇形で前衛的な芸術品か何かのようにしか見えない元人形達は、また嘲笑うような声を上げて、迫ってくる。 「仕方ない、ちょいと荒くなる」 「へ、ぁ?」 何を思ったのだろう、男は私の手を引き、抱え上げた。急に、視界が随分高くなる。大きいな……ではなく   「この部屋の下は無人だったな」   「――はい?」   「舌噛むなよ」   再び、あのドレスが白に変わる。デタラメな力が、私を持ち上げていくのが良く分かる。    不意に、何か重いものが砕ける不吉な音がして、私達は夜の冷たい風に晒された。   「て、天井!」   はるか眼下には、大口を開けた天井から、人形うごめく私の部屋が見えている。   「なに、天井なんてまだ安いもんだろう」   そして、男は私を抱えたまま、両の手をぽっかりと開いた天井へと、合わせ向ける。黒い盾が、大きなパラボラアンテナか、傘ような形を取る。   「これで天井どころじゃなくなる」   「ちょっ―――!」    さっきとは違う、下からの力が私達をさらに上まで押し上げた。眼鏡がずり落ち、天井の穴へと落ちていく。   「一撃、粉砕――!」    見えない大きな圧力が、人形ごと私の家を踏み潰した。              奇怪な元人形の塊は地面にめり込んで、再び動き出す気配は無い……と、思う。   「敵は全滅しました。私のベッドも、私の机も、私の――」   「なにか文句があるか?」   「……全然」   何にもなくなった。でも私は今、不思議と清々しい感覚を覚えている。さわりすら覚えていない参考書を眺めながら、   「ありがとうね、すっきりした」   正直なお礼を告げた。もっとも、よく分からないような表情で見返されたけど。   「ああ、これ」   不意に、しっちゃかめっちゃかにひしゃげた眼鏡を手渡される。   「……後日、家の修理費用と一緒にこれの代金も届ける」   「そうしてくれる?」   今度は、二人一緒に笑う。   「赤音、赤音!?」 「っと」   お母さんの声だ。そりゃそうか、もう気付かないわけが無い。   「逃げ」   て、という前に既に夜空へと舞い上がっている白い衣が見えた。太もものラインが見えそうで危ない。別に見たくは無いけど。   「赤音! これ、これ一体どうしたの!」   「お母さん」   説明する気なんて無い。説明しても無駄だろうし。  私は、また笑っていた。 「私、進路変えるから」 スッた生徒手帳を眺めて。         ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]
*作者:えすぺらんさぁ **タイトル:学園迷走 第零話 カクテルドレスは夜空を駆けて ----       「私達、メリーさん。今ゴミの山にいるの」   「……はい?」   電話は、すぐに切れてしまった。   午前三時。机に向い蛍光灯の僅かな灯りに照らされながら、私はしばらく呆けて、携帯電話を耳に付けたまま固まった。 いまどきこんな馬鹿げた悪戯を、こんな馬鹿げた時間にやる馬鹿がいたんだ。メリーさん。噂くらいは聞いたことがある。突然電話がかかってきて、それが段々近づいてくるらしい。最後には、その人形のハサミで切り刻まれちゃうんだっけ? でもなんで『私達』なんだろう。わらわらと可愛らしいフランス人形が、ぞろぞろ歩いていくシュールなシーンを思い描き、思わず吹き出す。可愛らしい悪戯だ。 ……おっと。 咳払いをひとつ、私はまた問題集へと視線を落とした。ずれた眼鏡を押し上げ、眠気にまどろみかける視界を少し覚ます。 私、赤星 赤音は高校受験を間近に控えている。だからこそこんな時間まで根詰めて勉強しているけど、自分で言うのもなんだけど頭が悪い方ではない。むしろ成績はいいほうだと思う。 持ち前の体の弱ささえなければ、出席だってしっかりして、それで成績だって、学年トップを狙えたはずなんだ。 だから今だって、親への体面のために机に向ってるだけ。出席して無いから点数が低いだけなのに、精一杯心配してくれちゃってさ。   だけど言い返せない私も情けない。ヘラヘラ笑っちゃって、そうだね、頑張るよ、なんて言ってさ。頑張ってるところ見せたくて結局、こうやって勉強しているフリをする。 『赤星、お前こんな点数じゃ――』 違う、その気になればいくらだって取って見せるよ、点なんて。   『赤音、あんた体弱いんだから、無理しないで難しくないとこでいいじゃない』   大丈夫だよ、ごちゃごちゃ言わないで。体だって、どうにかなるから。       「ふぅ」   ため息が絶えない。もうどのくらい、こうやって無駄な時間を過ごしてるんだろう。最初から見る気も無い問題集の文面から眼を逸らし、その視線を携帯の時刻表示に落とした。   「……あれ」  そういえば、私はいつ携帯の電源を入れた?確か、一時には電源が切れるようになっていたはずだ。壊れた? それとも――     「ひっ……!」   唐突に。再び携帯が震え始めた。思わず投げ捨てたそれから、また同じ、甲高い少女の声が聞こえる。 「私達、メリーさん。今街についたの」 鳥肌が立つのを感じる。地に触れた足の感覚が消え、グルグルと回っているような、眩暈のような感覚が、緊張感が身体を支配している。 「もうすぐ行くからね」 ツー、ツーと無機質な音が、ただただ静かな部屋を包む。    悪戯だ、悪戯なんだ。性質の悪い、きっと酷く歪んだ性格したヤツの、酷い悪戯なんだ。そうじゃなきゃおかしい、ありえない! 「そうだ、電話番号が履歴に残るはずよ……うん」 投げ捨てた携帯電話へと、腕を伸ばす。なかなか掴めない。手が震えてるんだ。怖い。でも、これで悪戯だって確信が持てる。そうに決まってるから。    だけどもし、それが―― 「あは……なんで? どーやったらこんなことできるの!?」 声が震えて、裏返る。恐怖が、僅かな言い訳すら掻き消した。履歴には数字一文字も残ってはいない。それは恐れていた、非現実的な現実。 「私達、メリーさん」   三度目――   「今、あなたの部屋の前にいるの」 最後通告   「すぐについたでしょ?」    聞こえた。電話の声じゃない、高く、嘲笑うような声。 何かが近づいている。ハサミの音が、その群れが、扉の向こうにいる。 ありえない、ありえない。もう声すらまともに出ない私の口は、パクパクと繰り返す。 そして、扉は鋭い音を立て、斜めに、真っ二つに裂かれる。 「私達、メリーさん。迎えに来たの」 紅い眼をした人形達は、私を見下し、笑うように告げた。 それはイメージした可愛らしいフランス人形なんかじゃない。いや、中にはそれもいるのかもしれない。服も、髪すらなく、割れた身体や歪な四肢を無理矢理繋いだような、嫌悪を催す不気味な造形の群れだ。大きさはまちまちで、中にはマネキンや、手のひらサイズの人形もいる。 一貫しているのは、それらが全て、ハサミを手に持っていること。そして私を見下して笑っていること。 これは夢だ、夢に違いないんだ。そうじゃなきゃ、人形が独りでに動くなんて、メリーさんなんて馬鹿げたお話が再現されるなんて、その被害者が私だなんて……そう思っても、窓の月に照らされたハサミはギラギラとまぶしいくらいに輝き、裂かれた扉からはひんやりと廊下の冷たい風が入り込む。 「たすけ……たすけ、て、ねぇ」 声を失った私の口は、気付けばそればかりを繰り返していた。人形達は答えない、ただ笑う。無表情の笑みは、それだけで助けを、慈悲を、否定した。 夢だったら。きっと素敵な主人公は、私というヒロインを助けに颯爽と現れてくれるだろう。こんな私でも助けてくれて、目が覚めたときにきっと恥ずかしくて自己嫌悪してしまうんだろう。 白馬の王子様なんて、って。恥ずかしがりながら朝を迎えたい。 それでも無情に、ハサミは私に迫る。マネキンサイズの人形が、感情の篭らない紅い眼で、私に微笑みかけた。 不意に、何かが砕ける音がした。それがガラスの音だと気付くのに、結構かかった気がする。 「ストッ――」 次いで、私の身体は頭から傾き、マネキンへと盛大に頭突きを食らわせ 「ップ。セーフ」 部屋の端へと転がっていった。   「った……」   捻ったらしい、首が痛む。だけどそんなことよりも。私は、まだ生きてる。   助かった? 何故だろう、信じられない。さっきまではあれほど死にたく無いと思っていたのに、生きているのが不思議でしょうがない。   「無事か? 盛大に蹴っ飛ばしちまったがまぁ、死ぬよりマシだろう」   乱暴な男性の声。そうか、助けられたんだ。   「あ、ありが……」   「礼はいいから」   乱暴な口調の『白馬の王子様』は、後ろでくくった長い髪を掻きあげる仕草を見せ、微笑んだ。かっこいい、かもしれないけど   「それじゃ、しばらく伏せていろ。部屋は荒れるけど、構わないな」   そのとき既に、私は再び言葉を失っていた。    私のヒーローは、両腕に六角形の盾を付け、武器は持っていなかった。筋骨隆々とした大柄な身体で    そしてなにより、艶やかでフリフリな灰色のドレス姿でいらっしゃった。   「さぁ来いガラクタ。纏めて粗大ゴミに詰めて、元居た場所へ再投棄してやる」   男の言葉に応じるように、人形の群れが部屋へと殺到する。そこには明らかな憎悪と、怒りの意思があった。私のことなどもう忘れてしまったように、銀色の刃は男へと向けられる。   「危な……!」    だけどその刃はすべてが空を切る。男は軽くそれを飛び、いや、浮いて超えた。決して小柄とは言えないその身体が、踏み込みすらなくふわり、と人形達の頭上へと舞い上がる。灰色だったドレスはきらびやかに輝く純白に色を変え、まるで蝶がはためくようにも見える……まぁ、随分と太くて大きな蝶だけど。   「嗚呼、危ない」   おもに、カクテルドレスの下や隙間から色々見えそうで危ない。   「さぁて――!」    にやりとつり上がる口元。右の、六角形の盾が音を立て、六つに散る。そして、それの間を何かが駆け抜けた。   「早々に」    途端に、白磁やプラスチックの人形達が跪く。音を立ててひしゃげ、割れ、砕ける。まるで、押しつぶされたような――   「え……重力?」   「お」   盾が腕に戻ってきたのを確認すると、男は私のほうに顔を向け、笑んで見せた。   「正解。ファンタジーの読みすぎだな」   今のはすこし、癪に障った。   「わた、た……、メ……」   「んで、反重力」   まだ『息のあった』人形の顔を浮かび上げ、蹴散らす。私には殆ど理解できないけど、壮絶な光景。十、二十いた人形達があっという間に破片の山へと変わった。   「さて、まだいるんだろ? ガラクタ」   うずたかく詰まれた人形の亡骸を踏みつけ降り、彼はまだ扉―正確には、扉だった場所―の向こうから覗くガラス玉の瞳に、チョイチョイと指で呼びかける。   「私達――」   「それしか言えないか」   殺到する人形達。灰色に戻ったドレスが翻り、男の横薙ぎの一蹴が、纏めてそれを床へ叩きつける。纏めていっぺんに転んでしまったみたいで、それがどこか可愛らしい。   思わず、吹き出してしまう。不思議だ、さっきまで私の命を狙ってきたモノなのに、もう何かの冗談のような光景にしか見えない。メリーさんが山のようにやってきて、救いにきたヒーローは女装した大男。可笑しな話だ、とっても。ああ、笑いが抑えきれない。   「おい。こっちは必死に頑張ってるんだけどな?」 何言ってるんだろ。楽勝でしょ?と、言いたかったのだけど、笑い声が混ざってしまう。それでも理解できたようで、彼は私の足元を指し示してみた。 「ひわっ!?」   間抜けな声とともに、思わず蹴飛ばす。砕けひしゃげた人形達が部品をかき集め、ムカデかゲジのような肢体を私の足へと伸ばしていた。   「きり無いな、相性悪い」   「ヴぁタシ……め……サン?」   既にひん曲がったハサミを無数の手で構えて、もはや奇形で前衛的な芸術品か何かのようにしか見えない元人形達は、また嘲笑うような声を上げて、迫ってくる。 「仕方ない、ちょいと荒くなる」 「へ、ぁ?」 何を思ったのだろう、男は私の手を引き、抱え上げた。急に、視界が随分高くなる。大きいな……ではなく   「この部屋の下は無人だったな」   「――はい?」   「舌噛むなよ」   再び、あのドレスが白に変わる。デタラメな力が、私を持ち上げていくのが良く分かる。    不意に、何か重いものが砕ける不吉な音がして、私達は夜の冷たい風に晒された。   「て、天井!」   はるか眼下には、大口を開けた天井から、人形うごめく私の部屋が見えている。   「なに、天井なんてまだ安いもんだろう」   そして、男は私を抱えたまま、両の手をぽっかりと開いた天井へと、合わせ向ける。黒い盾が、大きなパラボラアンテナか、傘ような形を取る。   「これで天井どころじゃなくなる」   「ちょっ―――!」    さっきとは違う、下からの力が私達をさらに上まで押し上げた。眼鏡がずり落ち、天井の穴へと落ちていく。   「一撃、粉砕――!」    見えない大きな圧力が、人形ごと私の家を踏み潰した。              奇怪な元人形の塊は地面にめり込んで、再び動き出す気配は無い……と、思う。   「敵は全滅しました。私のベッドも、私の机も、私の――」   「なにか文句があるか?」   「……全然」   何にもなくなった。でも私は今、不思議と清々しい感覚を覚えている。さわりすら覚えていない参考書を眺めながら、   「ありがとうね、すっきりした」   正直なお礼を告げた。もっとも、よく分からないような表情で見返されたけど。   「ああ、これ」   不意に、しっちゃかめっちゃかにひしゃげた眼鏡を手渡される。   「……後日、家の修理費用と一緒にこれの代金も届ける」   「そうしてくれる?」   今度は、二人一緒に笑う。   「赤音、赤音!?」 「っと」   お母さんの声だ。そりゃそうか、もう気付かないわけが無い。   「逃げ」   て、という前に既に夜空へと舞い上がっている白い衣が見えた。太もものラインが見えそうで危ない。別に見たくは無いけど。   「赤音! これ、これ一体どうしたの!」   「お母さん」   説明する気なんて無い。説明しても無駄だろうし。  私は、また笑っていた。 「私、進路変えるから」 スッた生徒手帳を眺めて。         ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]

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