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狩猟者―アナタに祈りを/irrational beliefs― 1/2」(2009/01/16 (金) 15:28:03) の最新版変更点

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*作者:グリム **タイトル:「狩猟者―アナタに祈りを/irrational beliefs― 1/2 ----  誰だって夢見ているんだ。  皆が自分を認めてくれることを。  叶わない事なんかじゃない。  だって自分に落ち度なんてないんだから。  じゃあ悪いのは?  目を覚ます。どこまでも続く暗いトンネルのような電車の夢は途中で消えてしまった。身を起こすと、黒い影が俺から離れる。そいつは黄金色の眼を持った猫だ。何度か頭を揺らして、意識をハッキリとさせる。  ……また、こいつか。 「また覗きか黒猫」  そいつは一跳びで窓の枠に乗り、視線を向ける。 「おんし程、夢見の悪い娘はここ数百年見たことがないのぅ」  口を歪に開いて言葉を発す。  相変わらず、――説教臭いジジイだ。溜め息を吐いて、立ち上がる。寒い朝だってのに、下着や肌着は嫌な汗でぐっしょり濡れて、寝巻きもシワだらけ。長い髪も少し張り付く感じがして、気持ちが悪い。  頭痛がする。それに、吐きそうだ。月のものは、まだのはずなのに。 「それを捨てろとは言わぬが。……おんしは、もう少し何かに甘える事をしるべきじゃ。あの少年に内心を吐露するのも良かろう。しっかりと“見てもらう”のも大事なのじゃぞ」  猫の言葉。  説教臭くてイライラする。 「何も知らないくせに。勝手な事、言うな……っ」  本格的に頭痛が酷くなってきた。汗は気持ち悪いが、仕方ない。布団にもう一度重い体を埋める。今日は学校を休もう。  寝転んだ私を、黒猫は見下ろしている。  しかし何も言わずに去っていく。  目を閉じれば、面倒な全てが暗闇でなくなっていく。  部屋の残像が消えて、ただ、薄く光が瞼を通して照らす。  強くならなければ行けないのに。  どうして、俺はこんなにも弱い……?  その問いに黒猫は答えてくれるわけも無く、閉じた視界の中から気配が消えたのを感じた。説教臭いくせに、知らないことは何も知らない。本当に使えない黒猫だ。説教臭いだけで何も教えてくれない。  落ちていく意識の中で、毒づいた。  アヤメが学校を休んだ。  それだけなら年内に何度もあるし、アヤメは異形に関する仕事で休む事がある。でもそれが何日も続くと言うのは珍しい。あの日からと言うもの、アヤメが気になってしょうがない。あの言葉の意味、あの涙の意味。  どれもが心に引っかかって、痛みを感じる。ガリガリと削れて痛むような錯覚を、ずっと感じる。  黒板の前に立つ教師の言葉が入ってこない。  廊下の後ろ側の自分の席から、ぼんやりと窓際の空席を眺める。  風邪でも引いているのか。それとも、退魔士の……異形退治で休んでいるのだろうか。頭を振る。ダメだ、気になって授業に集中できない。  既に、黒板にはノートを時間以内で書けるかどうか分からない量の文字。  アヤメの机から目を逸らし、樫月と視線がぶつかる。  ……あ、生暖かい目をしてやがる。 「――出席番号は……時枷。五十六ページの六行目、次の段落を読め」  教壇に立っている中年の男性教師が指名してくる。開いてもいない教科書を開き、指定されたとおりの場所を探す。物語文。しかし、前文を読んでいないので展開が分からない。朗読を始める。教室の中に自分の声だけ。自分の声だけが広がる。  段落を一つ文読み終わり、一息つく。 「よし、そこまでで良い。次は――」  教師が次に読んでもらう生徒を指名しようとする。僕は席につくと、ふと廊下を眺める。人気の無い廊下。授業中だから当たり前だけど。しかしその廊下で、奇妙なものを見つける。  黒い。  黒い――塊? 違う、黒い服だ。  しかもただの黒い服ではない。一般的に言うシスター服。よくよく見てみると、中学生ぐらいの少女で、服装だけじゃなくても高等部では違和感がある。きょろきょろ辺りを見回している仕草や、背の低さから、子犬のような印象。  それと、目が合った。 「ここでのタカアキの心情は……」  黒板に文字を書き込んでいた教師が、振り向きながら、固まる。  視線を移す。シスター。その小さなシスターはにっこりと微笑み、教室の扉を開いた。そして、教師の前まで歩んでいく。事もあろうにその少女は、教師に向かってこう言ったのだ。最大限の憐れみを込めて。 「貴方のために、祈らせてください」  シスターは教師の――薄くなった頭頂部だけを見つめていた。 「で、結局アレはなんだったんだろうな。中等部の生徒?」  昼休みに入って食事を摂っている時、樫月が思い出したかのように言った。 「……飲み込んでから喋れ」  弁当箱をつつきながら、叱り付けて置く。樫月は少し呻き、ジャムパンを飲み込んだ。今日はジャムパンだけでなく、カツサンドとお茶も買っているらしい。それを横目で見つつ、炒め物を口に運ぶ。  あのシスターを思い出す。  結局、あの不届き者のシスターはあの教師にしょっ引かれ、職員室送りになった。 「生徒じゃないだろ」 「だよな。俺も中等部であんな可愛い子は見たことない。俺の調査網には掛からなかったし」  カツサンドの封を開きながら樫月が言う。  ……中等部にまでそんな調査しているのか。軽く犯罪臭いものを感じながらも、一応友人であるので突っ込みは入れない。だけどその代わりに額にチョップを叩き込んでおいた。カツサンドを机に放り出して悶絶する樫月。  いつかこいつは捕まるんじゃないだろうか。猥褻物陳列罪か、プライバシーどうこうで。 「まさか本当にシスター、かな」  呟く、その言葉に反応する樫月。 「……そいや、市内に一つだけ教会あったな。ほら、ロ組の月ヶ谷さん」 「誰?」  よく覚えていない。あまり他のクラスの女子の知り合いはいない。と言うか、樫月の付き合いが広すぎるのだろう。カツサンドを満足げな表情で食べる樫月を眺めながら、思う。こいつは本当に、顔が広い。物理的な意味ではなくて。  そう言えば前、ファストフード店で値引きしてもらってたような。何にも使わないで。 「ほら、軽音楽部で――去年の学祭、聖歌のアレンジ歌ってただろ? あれのヴォーカルしてた子」  樫月の言葉に、ぼんやりと去年の学祭を思い出す。一年生なのにヴォーカルをする子がいる、と樫月が強引に体育館に僕を連れて行ったんだっけ。そこで、ようやく思い出した。  ロ組の月ヶ谷さん。髪は少し茶色っぽくて長め。ほんわかした雰囲気の子だった。 「あの子の親父さんが神父なんだってさ」 「えぇ……いいのか、神父って結婚しても」  少しマユツバ臭く思ったが、樫月はカツサンドを飲み込むと、いや、と前置きをおく。 「確か良かったはずだ。それなりに位があったら。女の人はどうか知らんけど」  そうしてお茶を一気に飲み干す。温かいお茶らしいが、ペットボトルのお茶と言うのは余り美味しそうに見えない。飲んでる当人はと言うと、額にしわを寄せて、一息。そして僕の方を見てそれを差し出す。 「飲むか?」 「飲まん」  不味いなら買うなよ。  樫月は溜め息混じりにそれを飲み干した。そしてカツサンドの包装を握りつぶす。 「冬休みどうする、もうすぐだろ?」 「どうするって……別に何かする必要もないだろ」  僕も弁当箱を片付け、樫月の言葉に答える。樫月は俺の言葉を聞くと露骨に溜め息を吐き、ヤレヤレのポーズ。  そして力強く机を叩いて立ち上がる。危ない。 「分かってねぇなぁ! 冬休みだぞ、クリスマスだぞ、正月だぞ!? ゲームならイベントフラグどころか攻略どころだろ!?」 「知るか」  周りからの視線が痛い。できればすぐにでも立ち去りたいが樫月が僕の両肩に手を置いてきたので逃げるに逃げる事ができない。樫月は一度大きく息を吸い込むと、真っ直ぐと俺を見据えてきた。  そして。 「お前だってイヴにしっぽりむふふの後はロマンスをえヴぉ」  頭突き。  見事に命中したらしく、樫月は周りの机を二、三個巻き込みながら仰向きで倒れた。周りの生徒もそれでお開きか、と言わんばかりに食事の後片付けを始めた。まったく、見世物じゃないっての。  倒れている樫月を一度踏み、屋上へ向かおうとして、その足を止めた。両足で踏んでいるので下から変な声が聞こえるが、この際はスルーする。今日は屋上に行ってもアヤメは居ない。会うことはできない。 「樫月」  目を向けずに、踏みつけている(むしろ乗っている)樫月に声を掛ける。 「なんだ?」  平然と答える辺り、こいつは人間じゃないと思う。 「パソコン室、開けてくれ」  パソコン室は基本施錠されているが、パソコン部の部長であるこいつは鍵を持ち出すことができる。なので、樫月は昼休みにパソコン室に篭って天夜オンラインをしている。そして樫月は専用のパソコンを勝手に持っており、学校の備品であるパソコンの一つは犯罪紛いのツールまで揃っているらしいので、馬鹿に権力は持たせるべきでないと心の中で思った。 「なんか失礼な事考えてねぇ?」  無視。樫月はヤレヤレ、と呟くとパソコン室の扉を開いた。中は埃臭く、昼休みだってのにブラインドが閉まって薄暗い。電気がつくと、青白い蛍光灯が部屋を明るくする。少し室内が不健康に感じた。  樫月は自分専用のパソコンを既に起動している。僕もその隣に座る。そこのパソコンにも天夜オンラインがダウンロードされているからだ。  起動させてから、アイコンをダブルクリック。少しの間を空けてタイトル画面が浮かぶ。 「樫月、パワーレベリング頼める?」 「んー……この時間帯ならスネークさん辺りに頼ったらどうだ?」 「ならいい。どうせ三十分しかできないし」  ログイン。  僕のキャラクターはレベルの低い前衛型のデモンズ。人のために戦う人外、と言う設定の職業だ。体の一部を変形させる事ができて装備は不要。機敏に動けるキャラクターなのだが、防御が薄い。  天夜オンライン。  “ゴーストタウン”に入って襲ってくるモンスターを倒しながら、ぼんやりと考える。 『俺を見ろ!』  誰かがメガホンを使って叫ぶ言葉。ログが流れていく。良くある荒らし。取り留めない思考の中で、そんなモノはすぐ消えた。  このゲームは名前も、中身の出来事も、この街と似ている。退魔士と言う組織と、一般人に襲い掛かる魔物。術式を駆使して敵を倒すという、自由度の高いシステム。最善手も最悪手も存在せず、結末のない漠然とした物語。作者は不明。定期的にアップデートされて広がる世界。作者を探ったハッカーは数知れず。それに敗れたハッカーも数知れず。  正直、無料にしたら採算の取れないような豪華なグラフィックに凝ったシステム。課金のアイテムはあるものの、それも極僅かながらゲーム内で手に入れることができるような代物だ。  意味。このゲームのある意味。 『俺を見ろ!』  断続的に流れる同じような荒らし。でもそれは会話ログでどんどん流れていって消える。  ログアウト。  時計を見ると、もう昼休みの終わる五分前だった。 「樫月」  声を掛けながら横を向く。その時に目に入ったのは、やけに黒と赤で形成されたウェブサイトだった。掲示板らしいが、広告を見るとそれが一目で危ない系のサイトだということが分かる。  スクロール速度が速いので目が追いつかないが、樫月はこれで読めているのだろうか。 「もう五分前だぞ」 「あと少し~」  映っているものに合わないと言うか、軽い返事が帰ってきた。  そして一分も経たない内にウィンドウを閉じ、終了させる。何のサイトを見ていたかは結局分からなかった。 「なぁ、海晴」  終了を告げる効果音が響く。 「なに?」 「四年前」  樫月の、声の調子が変わる。ふざけた雰囲気ではなく、どこか違和感がある声音。 「爆発事件あったよな。ほら、原因不明のガス爆発とかで街の真ん中が吹っ飛んだ事件」  ――×××。  頭痛がした。すでに真っ暗になったディスプレイから視線を移す事ができない。横を向かなくても、樫月がこちらを向いているのが分かった。空調の音が耳に痛い。しばらくの間、沈黙する空気。 「あれ、実は原因不明なんかじゃなくて」  低い獰猛な声。  見てはいけない。 「犯人が居る」  そこにいるのは、違う。 「――もうすぐ、手が届く」  静かだった。耳鳴りが酷く、頭が痛い。 「って、デマの書き込みがあってさぁ。あ、もしかして信じた?」 「せい」  振り向きざまに鳩尾に拳を叩き込む。樫月は椅子ごとカーペットの上に頃がって悶絶。でも何となくまだムカついていたので、踏みつける。そうすると変な悲鳴と共に動きが止まった。  溜め息を吐く。 「その話、止めろよな」 「ん……ああ。そうだったな、お前も被害者だったな入院したり大変だったんだろ?」 「そうだよ」  その事件は、自分にとっても縁が深いものだった。僕はその事件に巻き込まれて、意識不明になり、目が覚めたのは一週間後だった。白い部屋の中で目が覚めて、隣にアヤメが座っていた風景は今でも覚えている。  ――赤い部屋でアヤメの両親が死んでいた風景。 「あれ……?」  額に指を当てる。  “これ”は一体なんだ?  思い出そうとしても、もう何も浮かばない。事故後の混乱があると医師が言っていた。だとしたらそう言う事なんだろう。  樫月も、あの事件の被害者だ。祖父の家に泊まっている間に自宅の母親が巻き込まれて死んでしまったらしい。アヤメの両親も。あの日のことは思い出せない。あまり積極的に思い出す必要もないだろう。  頭が痛い。 「ま、いいや。掃除行くぞ」  笑いながら去って行く樫月。  でも、その目は笑っていないような気がして――痛い頭を振って、考えを振り払った。  ×××。  掃除に行こう。  日が暮れるのが早くなってきた。放課後、もう日が沈みかけていた。 「ってわけで、俺の日直手伝ってくれ」  ナチュラルにそんな事を言う樫月にラリアット一つかまして溜め息。教室内もそれなりに寒いので、息は白く濁った。  床に転がってる樫月を見てギョッとしている穂積さん。 「気にしないで。穂積さんも日直だよね、手伝うよ。こいつ役に立たないだろうし」 「え、でも。悪いし……樫月君も役に立たないなんてことはないよ」  必死に弁明している。背も低いし体も細い。樫月はでかくて筋肉質なので、ある意味正反対である。穂積さんは倒れている樫月と、掃除を始めた僕を見比べて慌てていたが、やがて樫月の体を揺さ振り始めた。  黒板を消しつつ、何度か振り返って確認。  そんなに強くしたつもりは無かったが、樫月は中々立ち上がらない。どうでもいいけど。 「穂積さん、床掃いといて」 「え、あの。でもまだ樫月君が……」 「別にいいよ。樫月もいつまでも寝てないで掃除しろ」 「……え、何? この扱い」  樫月がやっと口を開くが、とりあえず無視した。 「だ、大丈夫だよ。別に時枷君も悪気があるわけじゃ……」 「そうだよな。愛が故――っぶ」  投げつけた黒板消しは鈍い音を立てて樫月の顔面にクリーンヒットした。白墨で目元が真っ白になった樫月を横目で見つつ、嘲り、掃除棚から箒を取り出す。これで軽く教室を掃除すれば終わりだ。  案外大変な仕事じゃない。日直なんて一人で十分ではないだろうか。  掃き掃除を始めてから二人は静かになった。二人も自分で箒を取り出して掃除を始める。  少し時間が経ったらそれも終わる。三人では短すぎるぐらいだ。 「よし、じゃあ帰ろうか」 「はい」 「ほいじゃ、帰り支度するか。海晴、箒よろしく」  樫月から箒を受け取り、穂積さんがちりとりで集めたゴミを持っていく。  外を見ると、もう東の空から夜が迫ってくる。早く帰らないと寒くなるな、考えながらその迫ってくる夜を眺める。 「おい、海晴」 「ね、ねぇ時枷君」  二人の声が聞こえる。二人同時に。しかもなんか戸惑ってる感じ。なんだろう、と振り返ると、そこには真っ黒な塊が立っていた。なんか、デジャブ。そこには、中学生ぐらいの少女が、シスターのような衣装を身に纏って立っている。  そして言うのだ。 「貴方のために、祈らせてください」  太陽のような笑みがやけに眩しかった。なるほど、またか。  樫月と穂積さんのほうを見る。二人は何と言っていいのか、掛ける言葉を考えている感じだ。僕はどうすれば良いのだろうか。目の前のシスターは両手を合わせ、祈りを捧げているのか目を閉じている。  一歩右に動く。シスターも一歩動いた。  踏み出してみる。シスターは後退する。 「あの……」  返答はなく、静かに祈りを捧げたまま。どうすべきか考えて、一歩前進。そして右に大きく一歩。  目測通りにシスターは机に激突した。思いっきり椅子の脚に腿を打ち付けたらしく、腿を押さえている。さすがに祈りも中断している。プルプル震えている姿を見てさすがに罪悪感が沸いたので声を掛けようとすると、顔を上げてこっちを見る。  睨んでいるのではなく、涙目だった。 「ぃたぃ、です」 「あー、ごめん。ちょっと悪かった」  謝っておく。シスターはいえいえ、と呟き腿を押さえている。 「ところでどちら様ですか?」  シスターは、ふぇ、と言葉にならない呟きを零してこちらの目を覗き込んできた。少し涙で潤んだ瞳に負けて目を逸らす。決して下心があるわけではないが、これは反則だと思う。気を取り直し、息を吐く。 「キミ、授業中も入ってきたよね。中等部の生徒?」  しばしの間。  彼女はしばらく呆然としていたが、やがて顔を赤くして、膨れた。子供が怒る仕草のように。……あ、怒ったのか。 「失礼ですね! 私はこー見えても貴方よりずっと年上なんですよ」  手を胸に当てて堂々と宣言する、どう見ても中学生ぐらいにしか見えないシスター。掛ける言葉が見つからずに樫月に視線を投げつける。しかしあっちも掛ける言葉を持っていないらしく、首を振る。  穂積さんがおずおずと歩いてくる。 「えっと……街の教会の人、ですか?」 「はい」  こくりと頷くシスター。 「ちなみに、この学校には私の娘が通ってます」  何故か誇らしげに胸を張るシスター。  娘?  ……と言うことは、子持ち? バッと顔を上げて樫月へアイコンタクトを飛ばす。……樫月の目は語ってる。詳しくは分からないが、幼な妻最高、とかその辺の言葉だと読み取れた。相変わらずらしい。殴るべきだと思うが、距離があるので取り合えず我慢。シスターの方に視線を戻す。  まだ誇らしげに胸を張っている。 「で……何してるんですか? 身内が学校に通っているからってあんま用が無いのに入るのはダメだと思うんですけど」 「へ? ダメなんですか?」  ダメだろう。 「……かし――」  視線を上げて樫月に助けを求める。しかしそこに樫月の姿は無く。それどころか穂積さんも居なくなってる。慌てて視線を巡らせて、背後から窓から外を見てみる。校門辺りに穂積さんの手を引いてさっさと出て行く樫月の姿が見えた。それは校門を少し過ぎた辺りで振り返り、手を振ってやがる。  逃げやがったな、あの野郎。 「罪ですか!? 罪なんですかー? シスターなのにー!」  シスターでそういうことがまかり通るなら、全国の犯罪者は老若男女問わずシスター服を着ているだろう。 「ううー」  涙目になってしまっている。  よくも逃げやがったな、樫月め。慌てまくっているシスターを眺めつつ、ついさっき逃げてった樫月に怒りを燃やす。しかしそんな事をしても泣いた子はどうにもならない。ため息を吐く。  どうすれば良いのだろうか。 「ま、まぁ……そんなに悪い事じゃないですよ。それにもう下校時間ですし、帰りませんか」 「つーみー、つみぃ……へ? あ、そうですか?」  泣いた子はすぐに笑う。  外はすっかり暗くなっていた。こんな時間に女の人を一人で帰らせるのも気が引ける。 「送ってきますよ、教会でしたね」  荷物を手にとってシスターに声を掛ける。 「え、そんな悪いですよ」 「もう暗いですし」  それに、まださっきの――年齢が僕以上だとか、娘が居るとか言うのが信じられないし。そうでなくても、この街は危険だ。少しの気休めだが、照魔鏡やベニイシを持った僕が連れ添えば、被害は減るかもしれない。  妄想やそれに等しい、自己満足。  シスターは、悪いですよ、みたいな事を何度か言っていたが、僕は聞き流して送っていく事にした。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]

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