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*作者:グリム **タイトル:mask -Side.A File.1- ----  この世の中には面白いことが沢山ある。その言葉を聞いたのは、三年前だったと思う。中学校の先輩だった。もう一度会っても分からないぐらいに忘れているけど、彼女の楽しそうな生き方は忘れられない。自分の見たものを皆に伝え、表現する。その素晴らしさを彼女はその生き方で語っていた。  だから私は、彼女を目指した。私には彼女のように写真は取れないけれど。私には、ペンがある。そして―― 「……この燃えるような野次馬根性がある? だっけ」 「ジャーナリスト魂だってば!」  みのりの茶化しに少し出鼻をくじかれながらも、私は手元のペンを動かした。時刻は放課後、夕暮れに赤く染まる教室で椅子に座り、ペンを走らせる。これって結構、様になってるんじゃないかしら。とか考えたりして。  がに股になって逆向きに椅子に座るみのりは、そんなあたしを呆れたように見つめている。 「楓ってさ。ちょっとナルシー入ってるよね」 「ナルシー? 誰よ、その英語の教科書に出てきそうなヤツは」  ペンを止めずにみのりに言葉を返す。それに対して帰ってきたのは、これまた呆れたようなため息だった。ペンを一度止めて、顔を上げる。  少しウェーブの掛かった、染めた感じのする肩まである茶髪。薄く化粧に香水。校則じゃ禁止されてるけど、気に留めるほどでもない。あと印象的なのはぱっちりとした目。化粧補正もあるけど、強気な彼女らしい少し釣り目。パッと見ただけでもおしゃれに気を使ってるんだなぁ、と分かる。つまるとこ、今どき風なのだ。私の友人である仲河みのりは。  しばらく眺めていると、みのりはまたため息を吐いた。 「なによ?」  聞いてみる。 「別に」  あっさりと返された。  にらみ合って、どちらからでもなく笑った。 「いやいや、なんで笑ってんのあたしら?」 「なんとなくじゃない?」  ひとしきり笑うと、今度は急に静かになった。沈黙。私は何も言わず、ペンを走らせた。紙の白い部分をとことんまで黒く染め上げる。志望動機なんて、こんな枠に収めきらないほどあるんだから。枠が足りなくなったので、今度は裏の白紙にまでペンを走らせる。 「新聞部だっけ? 部員とか集まってるの?」 「作ってから集めるの。最初から部なんて作れないから、まずは同好会。同好会なら一人でもできるから」  書類書かないといけないけどね、と付け加えておく。顔を上げて時計を確認すると、もう五時を回っていた。部活動に励む生徒たちの声が外から聞こえ、校舎内に人の気配はなくなりつつある。 「はぁ、もうすぐ冬休み。クリスマスだってあるのに……あんた、色気のある話とかないわけ?」 「ど、どうせ男っ気なんてないですよーだ。クリスマスなんかよりも私はジャーナル活動があるわ」 「ほんと、色気ないわね。それにガッコが休みになるまであと二週間とちょっとじゃない。新聞だって書けないって」 「や、やってやるわよ。……うわ、もう時間ないっ」  あまり遅くなりするぎると担当の先生が帰ってしまうかもしれない。裏の白紙に最後まできちんと書き上げる。本当はこれぐらいじゃ足りないんだけど。仕方ないからこの辺で区切りをつけよう。  席を立つと、みのりは上目遣いに私を見た。 「……いっぱい書いたねぇ。しかもそんな小さい字で。あたしには無理だわ」 「これでも足りないくらいだよ、私は」  みのりはまた呆れるようにため息を吐いた。 「さすが野次馬根性」 「ジャーナリスト魂!」  はいはい、と軽くあしらわれる。みのりは何かと私のことを野次馬根性の塊にしたがる。なんでだろ。 「んで、同好会を立ち上げるとしてもさ、部員集めないといけないんじゃないの? 当ては?」 「ないっ! 自慢じゃないけど、みのり以外の友達っていずもぐらいでさ。いずもに頼もうかと思ってんだけど」  呆れたため息が聞こえると思いきや、みのりは眉根を寄せて難しい顔をしていた。どうしたんだろう。尋ねる前に、みのりが席を立った。私より頭一つ高い。結果、私はみのりを見上げることになる。  彼女はニッと笑みを浮かべた。 「あたしに任せてよ。あたしは、楓の親友なんだからさ」  そうだね、と私は言いたかった。でも、言えなかった。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。彼女の表情が恐ろしいものに見えたから。  開け放たれた窓からは赤い光と、冷たい風が教室に入ってくる。揺れているカーテン。妙に血走って見える彼女の眼。以前より少しだけこけたように見える頬。そして。 「じゃあね。私、今から行くところがあるから」  ――彼女は、姿を消した。  昼休み。パソコン室にはオンラインゲームをしているガタイのいい男子生徒が一人いるだけだった。外からは生徒たちの声。それを聞き流しながら、淡く光を放つディスプレイと向き合い、文字を打ち込んでいく。どうでもいいけど、このパソコン室薄暗くない?  タイプの指を止める。同好会は認められ、部員は私一人。同好会の受理がされてから、私は新聞を書いている。記事はそう、何て事のない学校の行事のこと。今年の降雪量の多さ。外国の証券会社の経営破綻の仕組み。それから。  消えた二人の女子生徒。太田唯と仲河みのり。みのりが消えて約二週間。もう終業式の前。彼女が楽しみにしていたクリスマスだってもうすぐだ。彼女は姿を消したっきり。騒がれていたのは数日、それが再燃したのが一週間前。太田唯という、二年の女子生徒が謎の失踪してからだ。失踪した彼女の自宅アパートには死体があったという噂も流れている。曖昧な部分は切り捨てて、記事には消えた女子生徒たちの普段の素行を書き記した。情報があれば、私のところに来るように書き足して。 「早いところ部室が欲しいなぁ」  そうすれば情報も集めやすいのに。けどその辺は出来たてホヤホヤの同好会。部員もなければ部室も部費もない。 「……印刷……全校生徒に配るとしたら、やっぱり千枚以上になるか」  さすがにそこまですると配布が大変だ。となると、クラスにつき一枚ずつがいいだろうか。だとしたら数十枚。でも終業式前だし、人目につかず終わる可能性のほうが高い。知り合いに配ってみようか? ……でも私の交友関係はあまり広くない。  そこで一人の女子生徒の顔が浮かんだ。  携帯電話を取り出してプッシュ。『は』の項目から彼女宛にメールを作成してパソコン室に呼んでみると。ものの数秒で返事が返ってきた。確認するためにメールを開いて読む。 「ぃやほぉーい! 呼ばれて飛び出て大気圏突破! いずもちゃんの登場だよっ」  ……前に来た。その勢いにかける言葉もなく、椅子を回転させて背後を向く。  横開きの扉をめきょっと音が鳴るぐらいの勢いで開け放ったのは、活発オーラを体全身に纏った上で自分の周りにぶっ放す勢いの少女だった。赤毛のセミロングに、日本人離れした碧眼。アメリカ人とのクォーターらしく、化粧気のない綺麗な子。でも勢いで何もかもぶっ壊してる。彼女の名前は羽久いずも。私の数少ない友人の一人だ。 「や、確かに呼んだけど早くない?」  私の言葉に、いずもはニッと笑いながら歩いてくる。扉は閉めない。……閉めなよ。 「何言ってるの。ハクショ○大魔王然り、ア○パ○マ○然り、呼ばれたら一瞬で出るモンでしょ」 「○(ピー)ってなんなの」 「○は○。最近著作権について厳しくなったじゃない。ジャスラックの魔の手から逃れるためには仕方ないのよ」 「あ、そこは伏せないんだ。しかもそれ音楽だし」  相変わらずぶっ飛んでるなぁ、と思わず苦笑。そしていずもはカラカラと明るく笑う。しかし、ふとその笑いが止む。二、三度瞬きをする。その目線を追うとパソコンのディスプレイがあった。ちょうど、失踪した女子生徒の文章を書き終わった辺り。  数秒間、沈黙。 「もしかして新聞同好会の初版?」  笑顔は消えてなかった。けど、好奇心とかの不謹慎な笑みじゃない。雰囲気が暗くならないのは彼女の気質のためか。それが少し嬉しくて、私も笑みを浮かべることができた。 「そ。だけど終業式前だからさ。できれば多くこの新聞を配りたいんだけど……」 「なぁる。それを私に配って欲しいわけだ」 「利用してるようで悪いけどさ。私って友達少ないし、いずもぐらいしか当てがなくて」  ふむ、といずもは顎に指を当てる。その所作は考えているようでもあり、いや、答えが決まってるのに口に出してないだけのようだ。いずもはディスプレイを見て、そしてこちらを見た。にっこりと笑みを浮かべて。 「頼られたら全力で応じるもんよ。ハクショ○大魔王然り、ア○パ○マ○然り!」 「……それ、気に入ったの?」 「割と」  しばし二人で笑いあう。  壁掛け時計に目線を向ける。もう昼休みも終わりに近付いていた。書き終わった新聞を印刷し始める。これが終わったら急いで印刷室に行って、刷った新聞のをいずもに渡さないといけない。  印刷ボタンを押すと、遅れて大きく旧いプリンターが音を立てて動き始めた。パソコン室の後ろの方にあるプリンターはそれなりに旧い。というか、カラーが印刷できないのはさすがにどうかと思う。写真を使ってるけど、白黒じゃ分かりにくいし。 「何枚ぐらいあればいいかな?」 「知り合いにばら撒くんなら五十枚ぐらいあればいいんじゃない。さすがにあたしもそれ以上は配れないし」 「ん、了解。この後印刷室行くから付き合ってくれる?」 「地獄の果てまでついてくさ。何か言ってくれたらそれこそ手伝う所存でありますっ」 「ありがと」  がりがりと音を立ててプリンターが紙を吐き出す。用紙サイズはB3、書きたいことを厳選した結果だ。本来なら壁新聞用のでかい紙にこれくらいの字で書きたかったけど、初版だし、配るならこのサイズで良いと思う。  椅子から立ち上がり、プリンターの方に歩いていこうとすると、そこには先ほどまでゲームをしていたガタイのいい男子生徒が立っていた。手には取っていないものの、私の記事をじっと見つめている。いや読んでるのか。  男子生徒はこちらが見ていることに気付いていないらしい。ガタイがいい、という第一印象は間違っていない。筋肉質な腕に、大きな手。何かスポーツをやっているのだろう、肩幅もバランスが良い。身長も平均から比べると高く、髪も特に染めているわけではないので、たぶん、体育会系の生徒だろうか。たぶん、野球部かな。。目線が動くのを追っていく。文字を読むのは早い。ということは、読書家かな?  視線がぶつかる。 「おっ? んんんん~っ……あー! ゲーセンのお兄さん!」 「あ? って、お前は最強可憐乙女いずも様じゃないか」 「ぶっ」  思わず噴出してしまった。さ、最強可憐……お、乙女? しかも様付けって。いずものなんなの、この人。 「はっずかしいぃっー! あれ覚えてたんですか!?」 「はっはっは。気軽に呼んでくれって言ったのはいずもちゃんだからな。今度からずっとそれで行く」 「二度目のはっずかしぃぃっー?!」  腹を抱えながら恥ずかしいと連呼するいずも。笑い続ける男子生徒。何だかんだで楽しそうだ。ひとしきり笑った後、二人は腹を抱えてうずくまった体勢からやっと起き上がる。妙に冷静な顔になり、二人して制服の埃を払う動作。  一呼吸の間。 「ヒサシブリデスネー、樫月サン」 「イヤー、グウゼンダナーいずもチャン」  二人で私をちらちら見ながら棒読みで再会を喜び合う。 「えーっと、置き去りな楓に説明するけど。こちら、樫月さん。……ほら前話した、ゲーセンですずりんと対決した例の」  例の、って。頭を回して思い出してみる。そう言えば、いずもと……その友達の黒澄硯梨さんが缶ジュースを掛けて変な男とゲーム対決することになったという話を聞いた覚えがある。その変な男がこの人か。  まじまじと確認。割とスポーツマンちっくな顔してるのに、いずもちゃんと同類かぁ。ちょっと勿体無い。けど、この人を追ってたらとんでもない記事を書けるんじゃないか。なんて。 「俺の顔になんかついてるか?」 「目玉が三つと、口が二つに耳が一つついてますね」  いずもの言葉に樫月さんは大きく頷いた。 「ああ――ってそれ人間じゃねぇよ!?」  そして鋭い突っ込み。込み上げてくる笑いを堪えながら、説明する。 「いや、ちょっといつもの癖で。こー、会う人会う人観察しちゃうんですよね。記事になりそうになる人じゃないかとか」  言ってからハッと気付く。もしかしてとんでもなく失礼なことを口走ってしまったのでは。慌てて何とかして取り繕うと口を開きかける。けどそれよりも先にいずもが口を開いた。 「樫月さんは犯罪起こしてそうだもんねー」 「ぶわっはっは! よくぞ見破った、怪盗四百五十六号はこの俺のことだ!」 「……楓、早く印刷室行かないと昼休み終わっちゃうから、早く行こうか」 「そこで痛恨のスルーかよ!?」  なんだか楽しそうだなぁ。と思った。けど、少しばかりの違和感。いずもの言葉から樫月さんが笑うまでの間、ほんの少し、ほんの少しだけ奇妙な間があった。気にしないぐらいの僅かな間だったけど、彼の瞳の動きが止まった気がする。  心なしか、背中に冷たいものを感じた。  けど漫才紛いを繰り広げている樫月さんといずもを見ていると、気のせいではないかと思えた。気のせい、だと思うけど。 「まぁ、いずもの言う通りだね。早く行こう」  私は適当にそう言って、プリンターから吐き出された私の新聞の初版を手に取る。プリンターのそばに立っていた樫月さんはそれを後ろから覗き込む。誤字は確認したし、全体のバランスも特に問題はない。二人の女子生徒、みのりと太田さんの写真も比較的綺麗に印刷できた。他のとこも、たぶん大丈夫。  ふと、後ろを向いてみる。後ろには相変わらず樫月さんが新聞を覗き込んでいた。  興味があるのだろうか。目線の先には、二人の女生徒の記事。 「あの、興味、あるんですか?」  尋ねてみると、樫月さんの瞳が揺れた。その奥には、何かが渦巻いていた。よく分からない何か。少なくともわからない。私には理解できないものが渦巻いている気がした。  樫月さんは考えるように指を顎にあて、離す。 「興味ってか。新聞同好会ってあったっけ? と思ってさ」 「あ……」  そこで、自己紹介をしていないことに気付く。 「赤峰、楓って言います。新聞同好会の部長をやってます。――って言っても、二週間前に承認されたばっかりで」 「ってことは部長仲間か。俺は二年の樫月耀司ってんだ、よろしくな」  大きな掌を差し出される。マメのある掌。バットを使っているとできるマメのはず。やっぱり野球部……の部長さんなのか。そう思って差し出された手を握り、上下。握手を終える。  ちらりと時計を見ると、もう昼休みも残り十五分となっていた。印刷室の鍵は貰っているから、十分ぐらいで全部刷れる。そろそろ移動した方がいいかな。と、そこで思い当たる。野球部の部長、って、前に見たけど、この人じゃなかった気がするんだけど。私の視線に気付いたのか、樫月さんが首を傾げる。 「あの……」 「楓ー、も時間ないから先に印刷室の前に行ってるよ」 「と。大丈夫、一緒に行こう。これ、印刷してこないといけないので。樫月さん、それじゃまた……」  樫月先輩に一礼して、私はパソコン室から出て行こうと振り返った。開け放たれた扉から全力疾走してくいずもの背中が見えた。廊下走っちゃダメだよ。言おうとしたけど、声よりもいずもは早く駆け抜けていく。  元気だなぁ。あの元気に引っ張られるから友達が多いんだろうけど。最初に彼女と会ったのは、入学式だった。新しい環境に馴染めるか不安だった私に前触れもなく話しかけてきた少女がいずもだった。……ううん、そう考えると長い付き合いでもないけど、感覚的には長く感じる。自然と溶け込める、って事だろうか。いずものそう言うところは羨ましい。交友関係が広く、その活発さから皆を引っ張っていく。……その皆を引っ張る姿が、みのりと似ている。  頭を掻き、私はパソコン室から出て行く。 「あー、赤峰でよかったか?」 「はい?」  振り返ると、樫月さんが相変わらずプリンターの傍に立っていた。 「その、行方不明になった二人の女生徒の事だけど」  間を空けて、彼は口を開く。少し苦笑しながら。 「……メルアド教えてくんね? この情報提供ってのにはあてがないこともないしさ、何かあったら教えるよ」 「いいんですか?」  それは願ってもないことだった。新聞を配って当てもなく情報を集めるよりも、あてのある人の情報を聞いたほうがずっといい。私は一度礼を言うと、携帯を取り出して赤外線通信を行い、メールアドレスを交換する。 「よし、現役JKのアドレスゲット」 「ちょいと!?」 「冗談だよ冗談。こっちで調べて欲しかったらメールしてくれ」  軽い調子で言うと、樫月さんは手をひらひらさせながら出て行ってしまった。その背中を見送る。広い背中。なんだか変わった人だなぁ。いまさらながらそんなことを思い、私は時計へと視線を移した。  昼休みの終わる五分前。 「あやっ! しまった……いずも待たせてるのにっ」  私は新聞の原版を持ったまま駆け出した。それで何度か転んだ。  新聞を配って三日。樫月さんから連絡が届いたのは終業式の翌日の朝だった。眠い目を擦りながらメールを読む。 『事件についての情報が入った。今日の予定は?』  文章は短かった。なかなか回らない頭で何度も文章を読み、やっと頭が回り始めたところで飛び起きた。私は携帯をプッシュして、承諾した。そのメールを送信してから、今度はいずもにもメールを打つ。やっぱり一人じゃ不安だし。  そしてその日の正午ちょっと前。  日は照っているのに関わらず、風は冷たい。月明学園は県内でもそれなりに大きい部類に入る。比例して正門も大きくなる。冬休みのせいで人が少なく、無駄に大きく感じる正門は無性に寒々しい。  樫月さんが待ち合わせに指定したのはこの正門だった。けど樫月さんは来ていない。来るといってくれたいずもの姿も見えない。見かける人は部活動のために来ている生徒か、たまに外を歩いている教師ぐらい。と思ったら、生徒の集団がこちらに向かって歩いてきた。全員女子で、ぺちゃくちゃと話している。恐らく、部活動が終わって帰る生徒なんだろう。校門の脇に腰掛けてそれを見送る。  女子生徒たちは私の前を通り過ぎていく。私服姿の私を不思議そうに眺めながら去っていく。  その最後尾。二人で話して去っていく女子生徒。生徒の一人は茶髪。ウェーブは掛かってないけど、髪の長さはみのりと同じぐらい。その楽しそうな二人を見て、何となく色々思い出してしまった。 「……はぁ」  みのり、見つかるよね。 「やっほー、かっえでーっ」  その女子生徒の横をすり抜けて、大手を振って走ってきたのは私服で赤毛の少女。いずも。お願いだから、女子生徒皆こっちみてるから、やめてくんないかな? という視線を送っても彼女は相変わらずのハイテンション。 「いやさー、メール読んだのはいいけど起きたのがさっきなのよ。昨日のスレは燃えてねー……で、樫月さん、何が分かったって?」 「ん、詳しいことは分かんないけど」 「ふーん。まぁいいけどさ、結局ただの家出でしたーなんて落ちじゃないの? 自分探しの旅とか」  確かに、そう思うのが当然なんだろう。  記事として謎の失踪、なんていう事件は見かけるけど。若者が姿をくらます事件というのはよくある。よくある、という表現では正しくないかもしれない。――珍しくないぐらいに日本全国で多発している。だから普通なら、みのりがいなくなったのも、何て事のない家出と思うのが自然。  みのりが消えた一週間後に起きた太田唯の失踪。それすらも偶然なのかもしれないのに 「なんか、引っかかるのよ」 「それは女の勘ってやつ?」 「ジャーナリストの直感ってやつだと思う」 「それは凄い」  そう言っていずもは笑った。笑いあっていると、ガタイの良い男がこっちに近寄ってくるのが見えた。 「お、いずもちゃんまで居るのか」  樫月さんが片手を上げながらこちらに近付いてくる。それは校門の外から、私服だ。何かおかしいと思って、私は一度学校側を振り返る。校庭では野球部の生徒が掛け声を上げて走っている。  確か、野球部の部長じゃなかったっけ。もう一度樫月さんの方を向く。 「どした? 俺の顔に何かついてるか?」 「……触角だね」  いずもがぼそりと呟く。 「なるほどな……いずもちゃん、眼科行こうぜ?」  大きくため息を吐いて首を振る樫月さん。何だかんだでノリのいい二人だ。そう思いながら尋ねる。 「樫月さん、部長……ですよね?」 「おお。だけど今日は休日だし、やることもないから何もしてないぞ」 「え、……でも、野球部の人が……」  風が強く吹いて、私の言葉をかき消した。自分の肩を掴み、震えを堪える。 「あー、やっぱり今日は冷えるな。外に居ると風邪引くし、行こうぜ」  踵を返して歩き出す樫月さんの後にいずもが続く。 「どこ行くの?」 「俺の先輩がバイトしてる喫茶店。穴場の店でさ」 「丁度良かった。じゃあ樫月さんの奢りで。朝食べてないから助かったー」 「ざけんな、って言いたいところだけどコーヒーぐらいならいいぞ」 「じゃあパフェで」 「話、聞いてる……?」  傍で話を聞いていて思わず噴出しそうになるのを押さえながら、私もそれに続く。 「じゃあ私はオムライスで」  ついでに私は好物を注文しておいた。 「それは許可」 「負けじとあたしはチョコパフェとミントティーを注文してみたり。あ、追加でトロとイクラ」 「おごらねぇけど統一感ぐらい持てよ!?」  騒ぎながら三人で歩く。学園から離れて商店街へ。最初は人通りが多かったけれど、樫月さんと先に進むに連れてどんどん人通りはなくなっていく。次第に、口数も少なくなっていった。  終いに辿り着いたのは、人通りがない路地裏。きな臭い、というか怪しさ満点だ。 「あのー……樫月、さん?」  少し引きつった笑みを浮かべるいずも。言いたいことは分かる。だって私も怖いもん。 「ああ、そんなに怖がるなって。辺鄙なところにあるけど、店員も店もそんなに怪しいモンでもないぞ。……たぶん」  言いながら、自信がなくなっていったのか頬を掻きながら樫月さんが視線を逸らしていく。段々きな臭くなっていく空気。静まり返った三人。樫月さんが口を閉ざしたまま歩き出す。それにいずもと私が続く。何となく気まずい。  そして樫月さんが足を止めた。 「この店だよ。ほ、ほら、見た感じはまとも、だろ?」  路地裏にあった店は、確かに見た感じまともそうだった。喫茶店、というよりも印象としてはアンティークショップだ。看板には『泉亭』、と書かれている。木製の扉には木の札が掛かっている。そこには営業中の文字。ガラス窓から覗く店内は、木造で古風。雰囲気のいい店だった。いずもの方を見る、彼女もそんなに悪い印象は受けていないようだ。  樫月さんも私たちの様子を見て満足したような表情で扉を開け放った。 「黒倉先輩、来ましたよー……っ!」  そう言った樫月さんの動きが止まった。何事かと思い、いずもと顔を見合わせる。気になったので、二人して中を覗き込んでみる。そこにいたのは―― 「む、客か。よく来たな」  フリッフリのメイド服を着た、金髪赤眼の女の子が腕組みをしてふんぞり返って立っていた。  言っちゃ悪いけど。 「かなり怪しいモンだよね、この店」 「うん」  いずもの言葉に同意した。樫月さんはそっぽを向き、店員らしきその少女は不思議そうに首を傾げる。 「なんだ?」  少女を観察してみる。紅い目というのはかなり珍しい。確かアルビノじゃない限りはないんじゃなかったかな。光の加減でそう見えるだけかもしれない。金髪も染めているわけではないのだろう、綺麗で、ふわふわしている。触ってみたいなぁ、なんて思ってたら隣に立っていたいずもが抱きついてる。  ……いや、ちょいと。気持ちは分かるけども。 「な、なんだっ、客! 離せーっ!」 「うっわーくぁいいよ、くぁいいよこの子! 樫月さん何? 犯罪者? 犯罪者なの!?」 「犯罪者違うわ。……魔理さん、もしかして新しい子いれたのか?」  樫月さんが金髪少女に抱きつくいずもをすり抜けて、奥にいる人物に声をかける。  店の奥に座っていたのは、白い髭をもっさりと蓄えたお爺さんだった。少し陰になっているが、安楽椅子に腰掛けて俯いているのがわかる。ゆらゆらと上下しているところを見ると、眠っているのだろうか。  かと思って目を凝らすと、その瞼が薄く開いていることに気付いた。 「ああ。筋肉の塊一つじゃ、むさいだけだからの」  薄く開いていた目を開いて、お爺さんはにやりと笑いながら言った。このお爺さん風の冗談なのだろうか、樫月さんは笑う。  徐々に目が店内の明るさに慣れてきた。お爺さんの服は真っ黒な、ローブ。御伽噺に出てくる魔法使いのような格好だ。浮かべている温和な笑み、木造の店内も相まって、かなり魔法使い染みている。 「あー、こりゃもう持って帰りたいね! あ、お嬢ちゃん、写真一枚いい?」 「ぬぅぉぉ、離せー、暑い、痛い、何かあたっとる!」 「知ってるかい、お嬢ちゃん。業界ではこれを『当ててんのよ』と言う」 「知らんわー!」 「いずも、止めなよ。そろそろ本気で嫌がってるから」 「初めから嫌がっておるわ!」  メイド服の女の子はいずもを振り払うと、厨房の方から出てきた人影の後ろに隠れてしまった。厨房から出てきたのはこれまた金髪の女の人。メイド服の娘と並ぶと少し年の離れた姉妹、と言う雰囲気。何というか、どっちも美人だ。が、目の色が紅くない、深い青色。……金髪の明暗も若干違う、姉妹や親子じゃないのかも。  暖色系のエプロンドレスを着て、落ち着いた雰囲気。しかもかなりの美人。表現するなら、そう、女神のような。スタイルもよく、こう、出てるところは出てて、引き締まってるところは引き締まってて。やばい、かなり羨ましい。  その人は私といずもを見てあら、と首を傾げる。 「耀司君の彼女さん達?」 「いや、俺ってそんな不誠実に見えるのか……?」  若干見えるというのは伏せたほうがいいのかな。 「彼女は……」 「あ、こんにちは。私の名前は赤峰楓と言います。月明学園の生徒で、新聞同好会の……部長をしています」 「あらあら、という事はエルマちゃんへの取材かしら? どうしましょう、あなた」  金髪の女性はお爺さんに振り返る。  あなた。えーっとよくある二人称であることは確か。うん。でも、おかしいなぁ。この女の人が言ったニュアンスはどう考えても、その、『あなた♪』『おまえ♪』ってニュアンスだ。間違いない。記者の勘以上に女の勘が叫んでる。 「あのお二人って、もしかしてふう――」 「一角にも聴取が来たんじゃ、一人増えたところで特に営業に問題もないじゃろ。嬢ちゃんら、昼飯でも食べながら話を聞くといい。エルマの嬢ちゃんも、昼の休憩に入ってよいぞ」  私の言葉はお爺さんに遮られた。エルマと呼ばれたメイド服の少女、いや、ともすれば幼女はこくりと頷いた。 「うむ。じゃあ恵玲よ、ハンバーグセットを作ってくれ」  エルマ……いや、エルマちゃんは腕組みをし、無い胸を張って女の人に要求した。その仕草は妙に威厳がある。ようでないような、ちょっと間抜けな感じがした。 「はいはい」  にっこりと微笑んでから厨房へ引っ込んでいく女の人。事の真相を確かめる機会を失ってしまう。お爺さんは安楽椅子をゆらゆらと揺らしながらうとうとし始めたし。樫月さんはカウンターに腰掛けて、いずもは……不敵な笑みを浮かべてエルマちゃんへ飛び掛らんとしている。エルマちゃんは猫の如く威嚇の体勢。 「さぁー絶対防壁は消えたぜ嬢ちゃん。大人しくはぐはぐされよっかー!」 「ええい、近寄るなキサマ!」  じりじりと間抜けた緊張感。私は背を向けるいずもに向かってチョップを下す。 「あうっち」 「いずも。……ここに来た目的忘れてないよね?」  本気で心配になったので尋ねてみる。 「……あれ?」 「忘れてるのっ!? ……はぁ、も、いいや」  いずもは協力してくれるけど、積極的に手伝ってくれるとは言っていない。だから無理強いもできないし、行動も縛れない。エルマちゃんににじり寄って行くいずもを放って置くことにして、私は樫月さんの座るカウンター席に近寄った。  樫月さんは特に何をするでもなく、エルマちゃんといずもの問答を眺めている。薄ら笑いを浮かべながら。  私が近付いてくることに気がつくと、樫月さんは視線をこちらに向けた。 「樫月さん」 「……ああ、焦るなって。ちょっと情報くれる人に聞きたいことがある人が来て、今上に居るんだと。少ししたら降りてくるから、何か注文していいぞ。安いのなら奢ってやる」 「じゃあ、……オムライスで」 「あいよ。恵玲さん、オムライスとコーラお願いねー」  樫月さんが大声でオーダーすると、厨房の方からそれに応じる声が返ってきた。 「座りな。恵玲さんなら早く出してくれるだろうから」 「はい」  席に着いて、私も樫月さんと一緒になっていずもとエルマちゃんの問答を眺める。  いずもが抱きつこうとしたらエルマちゃんは飛びずさり、間合いが開く。エルマちゃんの動きは早い。何か武道の習い事でもしているのだろうかと思ったけど、それっぽい型はない。運動が得意なのかもしれない。その点ならいずもも負けては居ない。大またで一歩踏み込むと、そのまま両腕を広げる。辛くも逃れるエルマちゃん。  ……何してんだろ。私。というかいずも。 「樫月さん、情報をくれる人って、一体どんな人なんですか?」 「ああ、なんとも言い難い人なんだが……」  飛び掛ったいずもがついにエルマちゃんを捕らえる。店の入り口から続いた二人の攻防は、椅子やテーブルに被害を出すことなく店奥の階段前で決着がついた。小さなエルマちゃんの体をがっちりと抱え込み、いずもが勝利宣言。 「あたしの勝ちっ」 「勝負なんぞしてない! どうでもいいから離せ!」  それを横目に、私と樫月さんの前にコーラとオムライスが配膳される。恵玲さんと呼ばれていた女性は私と樫月さんに笑みを残すと、そのまま厨房へと引っ込んでいった。優雅だなぁ、誰かさんと違って。そう思いながら二人のやり取りに目と耳を傾ける。 「……なんというか、嫌々言われれば言われるほどしたくなるのが人の性ってやつでさ」 「ええい、徐々に力を、やめ、脇腹をくすぐるなっ」 「いやー楽しいなー」 「私は楽しくないっ、とっとと離せ!」  じたばた。いずも、服が乱れてさっきから危ういところが見え隠れしているって事は伝えた方がいいのかな。 「お、来たな」  しかし樫月さんはそんな二人に注目していなかった。  階段の軋む音。私は二人から視線を少し上に向ける。木造の階段を軋ませて、足音が下りてきた。  降りてきたのは無精髭を生やした男の人だ。グレーのロングコートを着込み、どこか地味な印象が強いものの、その体はいくらか鍛え抜かれていることが伺える。いかにも『何か』ありそうな男の人だ。少なくとも、一般人ではない。彫りの深いつくりの顔は、カッコいい分類に入るけれど、とことんやる気が感じられない。ポケットに手を突っ込んだまま階段を降りきると、エルマちゃんに抱きついているいずもを見て、口を半開き。呆れていつつ、状況が理解で来ていない様子。 「え、っと。あははは、なんでもないですよー?」  いずもはばつが悪そうにエルマちゃんから離れる。出てきた男の人も言葉に迷っているようだ。  樫月さんのほうを見る。しかし、樫月さんは首を傾げていた。 「あの人が情報提供してくれる人――……じゃないんですか?」 「ああ、違う。その人ってのは一言で表すとだな、」  階段が軋む音。視線を再び階段へ向ける。  先ほどよりも階段を軋ませて下りてきたのは一人の青年。変わった人、というには、その人は変わりすぎていた。恐らく平均身長よりも高いであろう無精髭の男の人を頭一つ分飛び越した巨躯。黒いエプロンを私服の上から着ている、たぶんこの店のウェイトレスなんだろうけど……腕が太い、足が太い、肩幅が馬鹿に広い。この人を一言で表すならそう。 「――筋肉の塊だろ?」 「です、ね」  これ以上に無い表現の言葉だと思う。  いずもは見上げるほどのそのウェイトレスが降りてきた辺りから私の隣に立っていた。気持ちは分かる。あんなに大きな人は、近くにいるだけでちょっと怖い。  筋肉の塊のようなウェイトレスが、こちらを向く。ぼさぼさの黒髪。目つきも悪い。 「樫月じゃねぇか」 「はい。一ヶ月ぶりですね、黒倉先輩。今日はメールで話したとおりの用件です」 「ああ、分かってるよ。この人も似たようなこと聞いてったんだよ」  そう言って筋肉の塊、黒倉と呼ばれた男の人……あ、いや、よくよく見ていると若い。青年、かな? 黒倉と呼ばれた青年が顎で無精髭の男の人を示す。示された男の人は黒倉さんを一度見て、今度は私といずもの方をジッと見た。 「この人は尾霧さん。天夜市の刑事だ――って言ってよかったのか?」 「あんまりよくないけどな、まあ、いい」  気だるそうにそう言うと、尾霧と呼ばれた……刑事さんは私の横を通り過ぎ、入り口に向かう。入り口に立つと一度振り返り、安楽椅子に腰掛けるおじいさんに一礼。 「お客さんが居るのにウェイトレスさんをお借りしてすみません。もう終わりましたので」 「そんなウェイトレスならいつでも貸し出してやるぞい」 「そんなってなんだよ、魔理爺」 「さぁての」  からからと笑うお爺さんに、煮え切らない表情の黒倉さん。  やる気なさげに、刑事さんは真っ直ぐ私を捉えていた。 「一角君から軽く話は聞いたが」  その言葉は、確かに私に向けられたものだ。正確には私といずも、そして樫月さんに。 「彼女達の件は君達の手に負えるような問題じゃない。俺の邪魔にならないうちに……それと、危険な目に遭わないうちに、手を引いてくれ。……基本的に、どうするかはお宅らの自由だけどな」  懐から煙草を取り出しながら、刑事さんは店の外へと出て行った。  私達の手に負える問題じゃない。刑事さんのその言葉は、そのまま私の胸に突き刺さった。みのりが消えた、それがただの家出ではないと、確信する。そして同時に、彼女は何らかの事件に巻き込まれたのだと思った。 「なんというか、やる気ないね。警察組織の腐敗を見た気がするわ」 「……そこまでは無いでしょ」  冗談めかしたいずもに対する突っ込みも、自分で分かるほどに勢いが無い。 「あー、その、なんだ」  黒倉さんが頬を掻きながら、状況がイマイチつかめていない様子で言う。 「とにかく、オムライス食え。恵玲さんのは絶品だから」 「あ、そう、ですか」  曖昧に答えてオムライスを口に運ぶ。確かに、今まで食べた中でも最高のオムライスだった。 「美味しいですね」 「おう、ウチの店の自慢でもあるからな」  筋肉で分厚くなった胸板を叩く黒倉さん。そんなに怖い人ではないのかもしれない。  その最高の味の中でも、刑事さんの言った言葉は苦味となって胸の内で渦を巻いていた。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]

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