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第1.5話 ~その頃の姉(後編)~」(2010/03/29 (月) 01:24:16) の最新版変更点

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*作者:扇 **タイトル:王と騎士と魔法の剣 ----  破損して使い物にならなくなった甲冑を脱ぎ捨て、代わりとなる騎士団標準の制服をきっちり着込んだ少女は鏡に映る己と無言で向き合っていた。  姿見の鏡に映るもう一人の自分は当然のように不安顔。我が事ながら情けないと思う。  しかし、表情に反して少女の容姿には華があった。  肢体はすらりと長く、大きな瞳に形のいい鼻筋。均整の取れたスタイルを彩るきめ細かい肌と、見る物を引き込む黒の瞳を日本人の父から。  金糸を束ねたような髪はフランス人の母より受け継いだ産物であり、父の血が色濃く見える外見である。  もっとも混血を嫌う人種に言わせれば無国籍と一笑されることもあるだろう。  が、そんなこと少女の知ったことではない。  例え他の誰が蔑もうと、たった一人の主さえ受け入れてくれればそれで良いというのがリーファ・エイル・エインセルの揺るぎない芯なのだから。 「貴方はこれまでの経過をどう思う?」  鏡の少女は囁く。  最後の異形討伐だけは予想以上に手こずったけれど、他の実地は概ね満点に近い戦い運びだったでしょ?大丈夫、ここまでの過程に落ち度は無いわ・・・と。  しかし、同時にリーファは思う。こんなものは只の自己暗示だ。これから始まる苦手分野から目を逸らして何が騎士だとも。 「笑顔、笑顔・・・少しくらい噛んでも愛嬌でカバー出来る・・・のかしら」  学もなく、交渉術が得意でもないのに舌戦で良いところを見せなければならない。  せめて無関係の部分で好印象を与えたいなど甘い発想だと我ながら思うが、懇意にしている先輩は言っていた。困ったら笑顔で誤魔化せ、お前ほどの器量なら相手が男の限り押し切れると。  やや騎士としての資質に欠ける男だが、数少ない信頼の置ける友人の助言だ。  まして砂漠での一件では露骨なまでの支援をしてくれるくらいなのだから、こちらの不利益に繋がる嘘をつくはずがない。 「・・・待ってて、必ず錦の御旗を掲げて凱旋するから」  脳裏に浮かぶのはリーファの存在意義に関わる少年の姿だ。  彼を思うだけで自然な笑みがこみ上げてくるが、緩んだ表情を引き締めるように頬を両手で軽く一叩き。  最後に減点対象となるであろう身なりの最終チェックとしてくるりと一回転する。  いざ鎌倉。そんな面持ちの少女は、これから迎える最終決の時を落ち着かない様子で待つのだった。            第1.5話「その頃の姉(後編)」             古城の深奥、窓も備わっていない聖堂を模した一室に3人の男達と一人の少女が神妙な面持ちで質疑応答を繰り返していた。  その内容は至って簡単。男たちは眼前で涼しい顔のまま座る少女に対し各々が求める資質を問い、少女はそれに対して己の回答を述べているだけである。  そんな中、眼鏡をかけた見るからに神経質そうな男は言う。 「では問おう。正義とは何だね?忌憚のない意見を述べたまえ」 「一言で言えば力です。力なき正義は正義たりえず、罪だとすら考えています」 「それは組織の掲げる正義だ。我々を前にして媚びようとでも?」 「・・・幼少期の私は力不足で大人に踏みにじられ、今でも正しい行いだったと確信する事を成しえませんでした。これが答えにはならないでしょうか」  元は太く逞しかったであろう巨木より切り出された一枚板の長机に並び座り、机を挟んで少女と向かい合う男は満足そうに頷きを返す。  眼鏡のブリッジに指を当て軽く位置調整をする様はそれだけでプレッシャーを発しており、苦手なタイプとも相まって少女の緊張は高まるばかりである。  しかし外見上は平静さを保ち、悠然とした態度を崩さない。  何故ならば上に立つ者にとっては当たり前のように求められる能力だ。  こんなところで適正を欠くと判断されてはたまった者ではないのである。 「いや、実に結構。歴史を振り返れば力こそが真理。君の理解は正しい」 「はい、最たる例が戦争です。戦勝国はどれほどの非道を成そうと己の罪は裁かれず、ただ負けたというだけで敗戦国は一方的な裁きを受けるのですから」 「そうだ。故に我々はその場その場で立場を変える蝙蝠共と袂を分かった。神の愛を説きながら信じぬ者を異端と断じ、信者でないならば手を差し伸べる価値もないなど言語道断。  己の信じる正義の旗の下、牙無き者の牙を振るう者がラザロの騎士である。  そこに人種も国家も関係ない。口を夾む者全てを打ち破り、独善と罵られようとも信念を貫く覚悟が君にはあるのかね?」 「勿論です」  一切の虚飾無く、心底少女はそう思う。  正義の形は千差万別。人それぞれ違うのだから己の正義を貫くことに罪悪感はない。  負けた時点でそれは正義から悪へと変化する。只それだけのことである。 「私からは以上。次は騎士団長で宜しいか?」 「では、ご氏名通りわしから行こう」  次に口を開いたのは髪も色を失った、顔に走る皺からも見てとれる通りの老人だった。  が、その肉体は衰えを知らないかのように見える。鋼をより集めて作られたかのような筋肉が隆々と騎士服を押し上げ、眼光は獲物を見つめる鷹のそれだ。 「再確認だが、一切の虚飾無く応じるのだな?」 「はい」 「では問おう。リーファよ――――」  ごくりと唾を飲み込み、どんな無茶な質問か少女は身構える。  今までに殺めてきた人の数だろうか?それともどれだけの功績を挙げ、どのように騎士団へと貢献してきたかことだろうか?  しかし、ぐるぐると回る心中をあざ笑うかのようにして告げられたのはといえば 「気が付けば随分と育ったようじゃなぁ・・・スリーサイズはどんなもんだね?」  その瞬間、氷に亀裂が入ったかのような音を聞いたのは少女だけではないだろう。  その証拠に眼鏡の男は手中よりペンを落とし、最後の一人たる緋色の司祭服の男に至っては老人の正気を疑うように十字を切りながらひきつった笑みを浮かべている。 「あれ、皆の衆・・・・?」  しかし老人は空気を読まない。 「無言では答えにならぬよ?さぁ、さぁ、脳内数値との誤差を爺ちゃんに確かめさせてくれぬかい?」  少女はといえば“どうしましょう”と、すがるような目を眼鏡の男に向けていた。  すると帰って来るジェスチャーは拳の往復と言う簡潔なアクションだ。 「お爺様」 「おお、やっと反応が。老人は兎と同じく孤独死を迎える生き物なんじゃよ?」 「騎士に対する侮辱罪の適用が許可されました。申し訳ありませんけど、地獄で懺悔してください」  やおら立ち上がり、座っていた椅子を掴むと剣の代用として投げつける。  木製とはいえ樫の木作りの重厚感漂う立派な凶器だ。普通の人間ならばよくて怪我、悪ければ死を免れない凶行である。  しかしこの程度で倒れるような相手ではないことをリーファは重々承知しており、その顔に罪悪感は欠片も無かった。 「揃いも揃ってセメントな連中じゃなぁ。陰険眼鏡はともかく、娘が親に笑顔で手を出すのは如何なものか」  結果は予想通りの無傷、砕けた木の破片を邪魔そうに手で払う余裕っぷりだ。  養女として幼少期に引き取られてより養父の無敵っぷりは肌身に染みているので不思議ではないが、さすがに平然とされるとカチンと来るリーファである。  昔から剣の稽古以外では自分に甘く、色々と便宜を図ってくれたことには感謝している。  なにせこの老騎士が居なければ今の自分は存在していなかった。  しかし、しかしだ。平時でも問題だらけだが、この状況下で堂々とセクハラ発言は止めて欲しい。 「いいから面接の続行をお願いします騎士の偉い人。公私混同は止めなさいと耳にたこができるほど繰り返しているに痴呆症ですか?」 「リーファ君の言い分も一理ある。後進に道を譲るならば喜んで承認しよう。地獄のように素晴らしい介護施設で飼い殺・・・・静かな老後を迎えてはどうだね?」  眼鏡の男と少女は揃って真顔である。  その様を見た頬を引きつらせ、しかし老人はめげることなく首を逆へと向ける。 「・・・つくづく優しい気遣いに感謝じゃなぁ。なぁ、わしって巷ではロートルでも欧州無双な一人なんじゃけど、この扱いについて司祭様はどう思うかね?」 「私は貴方達のようにはしゃげるタイプではないのですが・・・」 「そこを何とか」 「では控えめのコメントを一つ。人として終わっているのでは、と神の啓示が」 「明らかに司祭様の独断じゃろ!都合良く神様使うなと教わらなかったのかね!?」 「汝疑う事なかれ。私のような真人間にはそんな恐れ多い真似はとてもとても」 「一番腹黒いのが白と言い張った!わし、そろそろ人間不信になりそうじゃよ!」  これまでの厳かな空気が汚され、すっかりぐだぐだ感が漂っていた。  しかし誰もが諦めムード。最早このまま続けるしかないと思ったらしい司祭は言う。 「さてさて、老害はさておき・・・私からも一つ聞かせて頂きましょう」 「何でしょうか枢機卿閣下」 「貴方にとっての神とは何ですか?」 「そうですね・・・哀れな子羊を導いてくれる指針でしょうか」 「それもまた模範解答ではありませんが・・・本音は?」  どうしたものか。下手な嘘で誤魔化して真贋を見破られた時のリスクは大きい。それに事前調べでガチンコ勝負が吉とアドバイスもされている。  なにより己に出来ることは常に正面突破だけだ。  小細工は捨て、どんな結果になろうと納得する道をリーファは選ぶ。 「ぶっちゃけると都合の良いときだけ拝むレベルの存在です。居ても居なくても変わりませんね」 「・・・聖書を欠片も理解しないで、よくも伝統ある我らが騎士団に入ったものです。それでも主を奉る信徒ですか?」 「・・・そう、ですよね。でも――――」 「と、余所なら言うでしょう」 「・・・は?」 「そこの根暗眼鏡も言っていましたが、教義を下地にした独自のスタンスが我々です。実際、他では許されない異教徒も普通に在籍し活躍しているじゃありませんか」 「そうですね。たまにイスラムな某隊長が物欲しそうな目で断食している姿を何度か・・・あれ、私も含めて皆が気まずいので止めさせてくれません?  せめて食堂に出てこないで欲しいと思うのは私だけではない皆の総意だと思います」 「彼、たまに無知なフリして合挽のハンバーグやらソーセージ頼んでますよねぇ」 「ええ、他にもジャパニーズカッツドーンとか喚きながらガッツガッツ豚食べてます。本人曰く、無自覚なら大丈夫とか何とか・・・・って、脱線してます!脱線!」  見た目こそ若い割に落ち着いた聖職者でも、中身は他の二人と変わらぬ歪みっぷりである。  非常にやりやすくて助かるのだが、上層部がこんなのばかりでいいのかと危惧したくなるリーファだった。 「おっと失礼。とりあえず彼にはきっつい説教をしておくことで妥結しましょう。では話を戻しますが、上に立とうとする者は例え神であろうと盲信してはいけません。  その点リーファさんは満点ですね。主はいつでも我々を見守ってくれますけど、別に毎度毎度手を貸してくれる訳ではないでしょう?つまりそう言うことです」 「は、はぁ」 「そもそもが創作物語の集合体たる旧約聖書に始まり、電波をびびっと受信した連中が都合よく話を捏造しつつ都合の悪い文章を排除して出来たのが今の聖書です。  そんな質の悪い書物が定義する神様ですよ?実際、本音を言えば私だって信じていません」 「あの、否定した宗教の最上層部の人ですよね!?」 「ははは、私の夢は教皇の座に上り詰めて宗教批判を全世界放送する事ですが?」 「こ、この人も駄目だ・・・・」 「でも、これこそが私の騎士団の本質です。でなければ悪を成す天使やら神様に刃を向けられないでしょう?」 「そ、そうかもしれません。悪魔と定義すれば何処の組織も喜んで倒しに行きますけど、聖なる存在とかが事件起こすと二の足を踏みますよね」 「聖と魔の境目は土地によって変わる物。繰り返しますが、私達が噛みつくのは平和を踏みにじる全てです・・・いいですね?」 「は、はい!」  何処かに漏れれば無数の敵を作るであろう話を語られ、リーファの混乱は最高潮。  完全に内輪の内緒話をすると言うことは合格と考えていいのだろうか?  それとも実は不合格で慰めの意味合いなのだろうか?  向けられる穏和な笑みの意味を計りかねる少女は、考えることに疲れて瞳を逸らす。   「喉が渇いただろう?」 「急に何を」 「リーファ君を見て思い出したが、年寄りの冷や水という言葉があるそうだ。団長殿に相応しい言葉では無いかと気遣ってみた」 「いやいや心配無用。そちこそコレが必要に見えるんじゃが?」 「布切れ?」 「眼鏡が曇って何事もよく見えていないのじゃろ?存分に拭くがよい」 「・・・おのれ糞爺」  目に入る老人と眼鏡の不毛な言い争いすら、今の精神状況では清涼剤に感じられる。  許されるのであれば止めに入るという大義名分で暴れたいものである。  椅子では駄目だった。ならば次は何が良いだろう。机?それとも十字架だろうか?  そんな葛藤をするリーファだったが、良くも悪くも重い腰を上げて先手を打つ姿がある。 「リーファさん。力でねじ伏せるのが組織の慣習ですけど、このような暴力もあることを覚えておくのです」  そう言いながら取り出したのは剣でも槍でもなく携帯電話だ。  そして短縮キーから呼び出した先に繋がるのを待ち、こんなことを言い出す。 「ああ、会計部?ラークです。私の権限で騎士団長と魔導部門局長の考査にマイナスを記録しておいてください。  どれくらい?そうですね・・・数字を見て絶望する程度で・・はい、頼みましたよ」  成る程、上手いやり方だ。  その証拠に諍いがピタリと止まり、注目は全て司祭たるラークに集中している。 「さてお二方、そろそろ審査の結果を出しましょうか」 「その前に先ほど聞こえた件について取り消しを」 「老い先短い老人の人生設計を崩さんでくれんか!?」 「いいから結論を先にお願いします。官僚的な先延ばしを私は好みません。そろそろ礼拝の時間なので手早く迅速に」  聖ラザロ騎士団は名目上だけでもローマに属するキリスト教系組織だ。それは独立色が強く財源も自己で確保していると言っても変えられない事実である。  故に組織の長は地位を備えた聖職者でなければならない。  そして赤を纏うことを許された司祭たるラークは教皇に継ぐ地位である枢機卿だ。  騎士団上層部は実働部隊である騎士団と魔導兵団の長、それに対外交渉や組織の維持を主務とする議会で構成されているが、事実上の最高権力を持つのはこの男なのである。  もっともラークは騎士団と縁の深い教会の出であり、同時に夢物語よりも現実を重視するリアリストだ。  自らの領分を弁え、こういった場合でもなければ強権を振りかざすこともない司祭の怒りを感じ、実働の長二人は慌てて居住まいを正して裁きを待つ少女へと目を向ける。 「身内の贔屓目があってもこの娘は優秀じゃ。能力だけなら合格を推す」 「才能だけで上り詰めるよりも膨大な努力で駆け上がるタイプを私は愛する。過去の戦績も申し分なく、人物的には・・・・ギリセーフだろう」  藪をつついて蛇を出しては元も子もないので、言い淀まれたことには触れない。  結果良ければ全てよし。思わずほっと一息つくリーファである。 「・・・・合格ですか?」 「正式な辞令は後日ですが、晴れて貴方も自分の隊を率いる一団の長です。おめでとう御座います、これも主の導きでしょう」 「私は今後どうすれば?」 「知っての通り騎士団の定数は8。しかしながらそれらを率いるに相応しい強者が足りていません。その為、現時点で編成されている隊は隊長級の人数だけしか無いのです」 「はい」 「そしてこうも聞いています。貴方は日本逗留が望みであり、身軽な立場を維持したいと」 「・・・元より指揮も連携も苦手な身で多くを望んでおりません。願わくば劉師父のように最低限の部下を率いた単独任務に特化したいと思うのですが、無理でしょうか?」  さすがにここから先を言ってしまうとマズイ。  そこでお為ごかしで場を濁そうとするが、一枚も二枚も上手を騙せるはずもなく―――― 「ここまできてそれは無いでしょう。貴方の養父とも懇意な私に隠し事が出来るとでも?」  事前調査に抜かりもないようで、一発で見抜かれていた。  やはり嘘をついてもメリットがない。直球勝負が最終的に有効らしい。 「ではぶっちゃけます。一生仕えると決めたラヴな主人のハートをがっちりキープできれば私の人生ハッピーエンドです。  つまり騎士団の職務は片手間にこなす程度に収めて、持てる時間の全てを彼の為に使いたいと思っています」  いくら何でもセメント過ぎるだろうか。  しかし恐る恐る無言の上司達を見てみると、意外にも揃って平然としている。 「・・・叱られる寸前の子供の表情だが、そもそも騎士とは主を持つ者。騎士団への忠義と礼節を忘れぬならば、何をモチベーションにしようと我々が問題視する事は無い。  しかしながらそのせいで微妙な派閥闘争があるのだが・・・今触れる話題ではあるまい」 「仮にもわしは父親じゃよ?何を目標に腕を磨いて来たかなど問うまでもないわ。それにその程度の根回しは既に済んどるから安心せい」 「と言うことで、実は既に全てご希望通り手配済みです。ちょっとした意地悪でした。何せこう見えても私達ってリーファさんを好ましく思っていたりします。  能力不足ならまだしも、実力を伴ったお気に入りの子へ砂糖菓子のように甘い裁定を与えて当然でしょう」  僅かながらでも自分勝手すぎるかと罪悪感に苛まれていた自分が実に馬鹿馬鹿しい。  つまりアレだ。最初から弄ぶ為に用意された場だったと言うことだ。 「人の数が少ないと思ったら、そう言うことですか!」 「決着済みの出来レースですが何か?」「たまに素直な子を弄ってストレスを発散させて欲しかったのだよ」「爺ちゃん、軽くテンパった表情が見たかった」  清々しいまでに肯定の意が連呼される。  不退転の覚悟で臨んだだけに、人目がなければ泣いて暴れ出したいリーファである。 「・・・もう退席しても構いませんよね?」 「どうぞご自由に」  やりきれなさを表に出さず礼に従った動きで立ち上がり、頭を下げるとその場で反転。  重苦しい扉に体を潜らせきる寸前にリーファは振り向きもせずに一言呟く。 「お爺さま」 「何か上申忘れかの?言っとくが事務処理が終わるまで今の地位のままじゃかんな?」」 「他のお二方には手が出せません」 「は?」 「肉親という無礼講ルールを活用し、きっちり意趣返しを用意してお待ちしています・・・」  閉じた扉の向こうで何やら慌てふためく声が聞こえた気がしないでもないが、些細な問題だ。  なにせ目を付けておいた人員の引き抜きやら装備の確保やら、やるべき事は山積みである。  根回しが済んでいると言うことは、これから取るであろう行動も読まれていると言うことだ。  何処までが彼らの掌の上の範疇か判らないが、常識の範疇で動き回っても小言を言われることはあるまい。   「手紙かかなきゃ・・・」  しかし、そんな両手どころか積載量の限界を超えて仕事を抱える少女が選んだ最初の行動は少々変わっていた。  それは書いたからと言って何が変わるわけでもない手紙を主人の少年へとしたためる事。  対外的な地位と力を手に入れるまで連絡を取らないという願掛けを守り、長期に渡って音信不通を貫いてきたリーファにとって最大のご褒美がコレである。  書きたいことは全て書くと用紙が幾らあっても足りない。その為、思いの丈を込めた極短い一文に止めることにする。 “やっとそちらへ戻れそうです。日程が決まり次第連絡します”  他に記すのは名前だけ。  長い時を経ても揺るがない絆を信じているからこそ出来る事である。  しかしリーファは考えもしない。小さな頃に別れた相手があっさり忘れている可能性や、既に自分を必要としていない可能性を。 「綺麗になったねとか、褒めてくれるかしら・・・ふんふふーん♪」  幸か不幸か、少女は自己完結をしながら夢見がちに鼻歌を口ずさむ。   手にしたのは世界に支部を持つ強大な組織の特等席。  アメリカやスペインを初めとする大国の首脳も籍を置く、4世紀より続く由緒正しい騎士団の上位資格を18歳の若さで手中に収めたのである。  もちろんここに至るまでの道は険しく、けして平坦だった訳ではない。  人が嫌がる任務を率先して受け、持てる時間の全てを費やして騎士団に尽くしてきた。  紛争介入として100を越える人間を殺し、異形討伐に置いては大を生かす為に小を殺すよう勤めてきた毎日。  それがようやく報われたのだ、少なからず高揚しても仕方があるまい。 「変な虫が付いてたら・・・排除も考えないと・・・うふふ」  故に少々危険なセリフも気の迷いだろうが、真相は闇の中である。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]
*作者:扇 **タイトル:王と騎士と魔法の剣 ----  破損して使い物にならなくなった甲冑を脱ぎ捨て、代わりとなる騎士団標準の制服をきっちり着込んだ少女は鏡に映る己と無言で向き合っていた。  姿見の鏡に映るもう一人の自分は当然のように不安顔。我が事ながら情けないと思う。  しかし、表情に反して少女の容姿には華があった。  肢体はすらりと長く、大きな瞳に形のいい鼻筋。均整の取れたスタイルを彩るきめ細かい肌と、見る物を引き込む黒の瞳を日本人の父から。  金糸を束ねたような髪はフランス人の母より受け継いだ産物であり、父の血が色濃く見える外見である。  もっとも混血を嫌う人種に言わせれば無国籍と一笑されることもあるだろう。  が、そんなこと少女の知ったことではない。  例え他の誰が蔑もうと、たった一人の主さえ受け入れてくれればそれで良いというのがリーファ・エイル・エインセルの揺るぎない芯なのだから。 「貴方はこれまでの経過をどう思う?」  鏡の少女は囁く。  最後の異形討伐だけは予想以上に手こずったけれど、他の実地は概ね満点に近い戦い運びだったでしょ?大丈夫、ここまでの過程に落ち度は無いわ・・・と。  しかし、同時にリーファは思う。こんなものは只の自己暗示だ。これから始まる苦手分野から目を逸らして何が騎士だとも。 「笑顔、笑顔・・・少しくらい噛んでも愛嬌でカバー出来る・・・のかしら」  学もなく、交渉術が得意でもないのに舌戦で良いところを見せなければならない。  せめて無関係の部分で好印象を与えたいなど甘い発想だと我ながら思うが、懇意にしている先輩は言っていた。困ったら笑顔で誤魔化せ、お前ほどの器量なら相手が男の限り押し切れると。  やや騎士としての資質に欠ける男だが、数少ない信頼の置ける友人の助言だ。  まして砂漠での一件では露骨なまでの支援をしてくれるくらいなのだから、こちらの不利益に繋がる嘘をつくはずがない。 「・・・待ってて、必ず錦の御旗を掲げて凱旋するから」  脳裏に浮かぶのはリーファの存在意義に関わる少年の姿だ。  彼を思うだけで自然な笑みがこみ上げてくるが、緩んだ表情を引き締めるように頬を両手で軽く一叩き。  最後に減点対象となるであろう身なりの最終チェックとしてくるりと一回転する。  いざ鎌倉。そんな面持ちの少女は、これから迎える最終決の時を落ち着かない様子で待つのだった。            第1.5話「その頃の姉(後編)」             古城の深奥、窓も備わっていない聖堂を模した一室に3人の男達と一人の少女が神妙な面持ちで質疑応答を繰り返していた。  その内容は至って簡単。男たちは眼前で涼しい顔のまま座る少女に対し各々が求める資質を問い、少女はそれに対して己の回答を述べているだけである。  そんな中、眼鏡をかけた見るからに神経質そうな男は言う。 「では問おう。正義とは何だね?忌憚のない意見を述べたまえ」 「一言で言えば力です。力なき正義は正義たりえず、罪だとすら考えています」 「それは組織の掲げる正義だ。我々を前にして媚びようとでも?」 「・・・幼少期の私は力不足で大人に踏みにじられ、今でも正しい行いだったと確信する事を成しえませんでした。これが答えにはならないでしょうか」  元は太く逞しかったであろう巨木より切り出された一枚板の長机に並び座り、机を挟んで少女と向かい合う男は満足そうに頷きを返す。  眼鏡のブリッジに指を当て軽く位置調整をする様はそれだけでプレッシャーを発しており、苦手なタイプとも相まって少女の緊張は高まるばかりである。  しかし外見上は平静さを保ち、悠然とした態度を崩さない。  何故ならば上に立つ者にとっては当たり前のように求められる能力だ。  こんなところで適正を欠くと判断されてはたまった者ではないのである。 「いや、実に結構。歴史を振り返れば力こそが真理。君の理解は正しい」 「はい、最たる例が戦争です。戦勝国はどれほどの非道を成そうと己の罪は裁かれず、ただ負けたというだけで敗戦国は一方的な裁きを受けるのですから」 「そうだ。故に我々はその場その場で立場を変える蝙蝠共と袂を分かった。神の愛を説きながら信じぬ者を異端と断じ、信者でないならば手を差し伸べる価値もないなど言語道断。己の信じる正義の旗の下、牙無き者の牙を振るう者がラザロの騎士である。そこに人種も国家も関係ない。口を夾む者全てを打ち破り、独善と罵られようとも信念を貫く覚悟が君にはあるのかね?」 「勿論です」  一切の虚飾無く、心底少女はそう思う。  正義の形は千差万別。人それぞれ違うのだから己の正義を貫くことに罪悪感はない。  負けた時点でそれは正義から悪へと変化する。只それだけのことである。 「私からは以上。次は騎士団長で宜しいか?」 「では、ご氏名通りわしから行こう」  次に口を開いたのは髪も色を失った、顔に走る皺からも見てとれる通りの老人だった。  が、その肉体は衰えを知らないかのように見える。鋼をより集めて作られたかのような筋肉が隆々と騎士服を押し上げ、眼光は獲物を見つめる鷹のそれだ。 「再確認だが、一切の虚飾無く応じるのだな?」 「はい」 「では問おう。リーファよ――――」  ごくりと唾を飲み込み、どんな無茶な質問か少女は身構える。  今までに殺めてきた人の数だろうか?それともどれだけの功績を挙げ、どのように騎士団へと貢献してきたかことだろうか?  しかし、ぐるぐると回る心中をあざ笑うかのようにして告げられたのはといえば 「気が付けば随分と育ったようじゃなぁ・・・スリーサイズはどんなもんだね?」  その瞬間、氷に亀裂が入ったかのような音を聞いたのは少女だけではないだろう。  その証拠に眼鏡の男は手中よりペンを落とし、最後の一人たる緋色の司祭服の男に至っては老人の正気を疑うように十字を切りながらひきつった笑みを浮かべている。 「あれ、皆の衆・・・・?」  しかし老人は空気を読まない。 「無言では答えにならぬよ?さぁ、さぁ、脳内数値との誤差を爺ちゃんに確かめさせてくれぬかい?」  少女はといえば“どうしましょう”と、すがるような目を眼鏡の男に向けていた。  すると帰って来るジェスチャーは拳の往復と言う簡潔なアクションだ。 「お爺様」 「おお、やっと反応が。老人は兎と同じく孤独死を迎える生き物なんじゃよ?」 「騎士に対する侮辱罪の適用が許可されました。申し訳ありませんけど、地獄で懺悔してください」  やおら立ち上がり、座っていた椅子を掴むと剣の代用として投げつける。  木製とはいえ樫の木作りの重厚感漂う立派な凶器だ。普通の人間ならばよくて怪我、悪ければ死を免れない凶行である。  しかしこの程度で倒れるような相手ではないことをリーファは重々承知しており、その顔に罪悪感は欠片も無かった。 「揃いも揃ってセメントな連中じゃなぁ。陰険眼鏡はともかく、娘が親に笑顔で手を出すのは如何なものか」  結果は予想通りの無傷、砕けた木の破片を邪魔そうに手で払う余裕っぷりだ。  養女として幼少期に引き取られてより養父の無敵っぷりは肌身に染みているので不思議ではないが、さすがに平然とされるとカチンと来るリーファである。  昔から剣の稽古以外では自分に甘く、色々と便宜を図ってくれたことには感謝している。  なにせこの老騎士が居なければ今の自分は存在していなかった。  しかし、しかしだ。平時でも問題だらけだが、この状況下で堂々とセクハラ発言は止めて欲しい。 「いいから面接の続行をお願いします騎士の偉い人。公私混同は止めなさいと耳にたこができるほど繰り返しているに痴呆症ですか?」 「リーファ君の言い分も一理ある。後進に道を譲るならば喜んで承認しよう。地獄のように素晴らしい介護施設で飼い殺・・・・静かな老後を迎えてはどうだね?」  眼鏡の男と少女は揃って真顔である。  その様を見た頬を引きつらせ、しかし老人はめげることなく首を逆へと向ける。 「・・・つくづく優しい気遣いに感謝じゃなぁ。なぁ、わしって巷ではロートルでも欧州無双な一人なんじゃけど、この扱いについて司祭様はどう思うかね?」 「私は貴方達のようにはしゃげるタイプではないのですが・・・」 「そこを何とか」 「では控えめのコメントを一つ。人として終わっているのでは、と神の啓示が」 「明らかに司祭様の独断じゃろ!都合良く神様使うなと教わらなかったのかね!?」 「汝疑う事なかれ。私のような真人間にはそんな恐れ多い真似はとてもとても」 「一番腹黒いのが白と言い張った!わし、そろそろ人間不信になりそうじゃよ!」  これまでの厳かな空気が汚され、すっかりぐだぐだ感が漂っていた。  しかし誰もが諦めムード。最早このまま続けるしかないと思ったらしい司祭は言う。 「さてさて、老害はさておき・・・私からも一つ聞かせて頂きましょう」 「何でしょうか枢機卿閣下」 「貴方にとっての神とは何ですか?」 「そうですね・・・哀れな子羊を導いてくれる指針でしょうか」 「それもまた模範解答ではありませんが・・・本音は?」  どうしたものか。下手な嘘で誤魔化して真贋を見破られた時のリスクは大きい。それに事前調べでガチンコ勝負が吉とアドバイスもされている。  なにより己に出来ることは常に正面突破だけだ。  小細工は捨て、どんな結果になろうと納得する道をリーファは選ぶ。 「ぶっちゃけると都合の良いときだけ拝むレベルの存在です。居ても居なくても変わりませんね」 「・・・聖書を欠片も理解しないで、よくも伝統ある我らが騎士団に入ったものです。それでも主を奉る信徒ですか?」 「・・・そう、ですよね。でも――――」 「と、余所なら言うでしょう」 「・・・は?」 「そこの根暗眼鏡も言っていましたが、教義を下地にした独自のスタンスが我々です。実際、他では許されない異教徒も普通に在籍し活躍しているじゃありませんか」 「そうですね。たまにイスラムな某隊長が物欲しそうな目で断食している姿を何度か・・・あれ、私も含めて皆が気まずいので止めさせてくれません?せめて食堂に出てこないで欲しいと思うのは私だけではない皆の総意だと思います」 「彼、たまに無知なフリして合挽のハンバーグやらソーセージ頼んでますよねぇ」 「ええ、他にもジャパニーズカッツドーンとか喚きながらガッツガッツ豚食べてます。本人曰く、無自覚なら大丈夫とか何とか・・・・って、脱線してます!脱線!」  見た目こそ若い割に落ち着いた聖職者でも、中身は他の二人と変わらぬ歪みっぷりである。  非常にやりやすくて助かるのだが、上層部がこんなのばかりでいいのかと危惧したくなるリーファだった。 「おっと失礼。とりあえず彼にはきっつい説教をしておくことで妥結しましょう。では話を戻しますが、上に立とうとする者は例え神であろうと盲信してはいけません。その点リーファさんは満点ですね。主はいつでも我々を見守ってくれますけど、別に毎度毎度手を貸してくれる訳ではないでしょう?つまりそう言うことです」 「は、はぁ」 「そもそもが創作物語の集合体たる旧約聖書に始まり、電波をびびっと受信した連中が都合よく話を捏造しつつ都合の悪い文章を排除して出来たのが今の聖書です。そんな質の悪い書物が定義する神様ですよ?実際、本音を言えば私だって信じていません」 「あの、否定した宗教の最上層部の人ですよね!?」 「ははは、私の夢は教皇の座に上り詰めて宗教批判を全世界放送する事ですが?」 「こ、この人も駄目だ・・・・」 「でも、これこそが私の率いる騎士団の本質です。でなければ悪を成す天使やら神様に刃を向けられないでしょう?」 「そ、そうかもしれません。悪魔と定義すれば何処の組織も喜んで倒しに行きますけど、聖なる存在とかが事件起こすと二の足を踏みますよね」 「聖と魔の境目は土地によって変わる物。繰り返しますが、私達が噛みつくのは平和を踏みにじる全てです・・・いいですね?」 「は、はい!」  何処かに漏れれば無数の敵を作るであろう話を語られ、リーファの混乱は最高潮。  完全に内輪の内緒話をすると言うことは合格と考えていいのだろうか?  それとも実は不合格で慰めの意味合いなのだろうか?  向けられる穏和な笑みの意味を計りかねる少女は、考えることに疲れて瞳を逸らす。   「喉が渇いただろう?」 「急に何を」 「リーファ君を見て思い出したが、年寄りの冷や水という言葉があるそうだ。団長殿に相応しい言葉では無いかと気遣ってみた」 「いやいや心配無用。そちこそコレが必要に見えるんじゃが?」 「布切れ?」 「眼鏡が曇って何事もよく見えていないのじゃろ?存分に拭くがよい」 「・・・おのれ糞爺」  目に入る老人と眼鏡の不毛な言い争いすら、今の精神状況では清涼剤に感じられる。  許されるのであれば止めに入るという大義名分で暴れたいものである。  椅子では駄目だった。ならば次は何が良いだろう。机?それとも十字架だろうか?  そんな葛藤をするリーファだったが、良くも悪くも重い腰を上げて先手を打つ姿がある。 「リーファさん。力でねじ伏せるのが組織の慣習ですけど、このような暴力もあることを覚えておくのです」  そう言いながら取り出したのは剣でも槍でもなく携帯電話だ。  そして短縮キーから呼び出した先に繋がるのを待ち、こんなことを言い出す。 「ああ、会計部?ラークです。私の権限で騎士団長と魔導部門局長の考査にマイナスを記録しておいてください。どれくらい?そうですね・・・数字を見て絶望する程度で・・はい、頼みましたよ」  成る程、上手いやり方だ。  その証拠に諍いがピタリと止まり、注目は全て司祭たるラークに集中している。 「さてお二方、そろそろ審査の結果を出しましょうか」 「その前に先ほど聞こえた件について取り消しを」 「老い先短い老人の人生設計を崩さんでくれんか!?」 「いいから結論を先にお願いします。官僚的な先延ばしを私は好みません。そろそろ礼拝の時間なので手早く迅速に」  聖ラザロ騎士団は名目上だけでもローマに属するキリスト教系組織だ。それは独立色が強く財源も自己で確保していると言っても変えられない事実である。  故に組織の長は地位を備えた聖職者でなければならない。  そして赤を纏うことを許された司祭たるラークは教皇に継ぐ地位である枢機卿だ。  騎士団上層部は実働部隊である騎士団と魔導兵団の長、それに対外交渉や組織の維持を主務とする議会で構成されているが、事実上の最高権力を持つのはこの男なのである。  もっともラークは騎士団と縁の深い教会の出であり、同時に夢物語よりも現実を重視するリアリストだ。  自らの領分を弁え、こういった場合でもなければ強権を振りかざすこともない司祭の怒りを感じ、実働の長二人は慌てて居住まいを正して裁きを待つ少女へと目を向ける。 「身内の贔屓目があってもこの娘は優秀じゃ。能力だけなら合格を推す」 「才能だけで上り詰めるよりも膨大な努力で駆け上がるタイプを私は愛する。過去の戦績も申し分なく、人物的には・・・・ギリセーフだろう」  藪をつついて蛇を出しては元も子もないので、言い淀まれたことには触れない。  結果良ければ全てよし。思わずほっと一息つくリーファである。 「・・・・合格ですか?」 「正式な辞令は後日ですが、晴れて貴方も自分の隊を率いる一団の長です。おめでとう御座います、これも主の導きでしょう」 「私は今後どうすれば?」 「知っての通り騎士団の定数は8。しかしながらそれらを率いるに相応しい強者が足りていません。その為、現時点で編成されている隊は隊長級の人数だけしか無いのです」 「はい」 「そしてこうも聞いています。貴方は日本逗留が望みであり、身軽な立場を維持したいと」 「・・・元より指揮も連携も苦手な身で多くを望んでおりません。願わくば劉師父のように最低限の部下を率いた単独任務に特化したいと思うのですが、無理でしょうか?」  さすがにここから先を言ってしまうとマズイ。  そこでお為ごかしで場を濁そうとするが、一枚も二枚も上手を騙せるはずもなく―――― 「ここまできてそれは無いでしょう。貴方の養父とも懇意な私に隠し事が出来るとでも?」  事前調査に抜かりもないようで、一発で見抜かれていた。  やはり嘘をついてもメリットがない。直球勝負が最終的に有効らしい。 「ではぶっちゃけます。一生仕えると決めたラヴな主人のハートをがっちりキープできれば私の人生ハッピーエンドです。つまり騎士団の職務は片手間にこなす程度に収めて、持てる時間の全てを彼の為に使いたいと思っています。欲しかったのは対外的に通じる地位です・・・し」  いくら何でもセメント過ぎるだろうか。  しかし恐る恐る無言の上司達を見てみると、意外にも揃って平然としている。 「・・・叱られる寸前の子供の表情だが、そもそも騎士とは主を持つ者。騎士団への忠義と礼節を忘れぬならば、何をモチベーションにしようと我々が問題視する事は無い。しかしながらそのせいで微妙な派閥闘争があるのだが・・・今触れる話題ではあるまい」 「仮にもわしは父親じゃよ?何を目標に腕を磨いて来たかなど問うまでもないわ。それにその程度の根回しは既に済んどるから安心せい」 「と言うことで、実は既に全てご希望通り手配済みです。ちょっとした意地悪でした。何せこう見えても私達ってリーファさんを好ましく思っていたりします。能力不足ならまだしも、実力を伴ったお気に入りの子へ砂糖菓子のように甘い裁定を与えて当然でしょう」  僅かながらでも自分勝手すぎるかと罪悪感に苛まれていた自分が実に馬鹿馬鹿しい。  つまりアレだ。最初から弄ぶ為に用意された場だったと言うことだ。 「人の数が少ないと思ったら、そう言うことですか!」 「決着済みの出来レースですが何か?」「たまに素直な子を弄ってストレスを発散させて欲しかったのだよ」「爺ちゃん、軽くテンパった表情が見たかった」  清々しいまでに肯定の意が連呼される。  不退転の覚悟で臨んだだけに、人目がなければ泣いて暴れ出したいリーファである。 「・・・もう退席しても構いませんよね?」 「どうぞご自由に」  やりきれなさを表に出さず礼に従った動きで立ち上がり、頭を下げるとその場で反転。  重苦しい扉に体を潜らせきる寸前にリーファは振り向きもせずに一言呟く。 「お爺さま」 「何か上申忘れかの?言っとくが事務処理が終わるまで今の地位のままじゃかんな?」」 「他のお二方には手が出せません」 「は?」 「肉親という無礼講ルールを活用し、きっちり意趣返しを用意してお待ちしています・・・」  閉じた扉の向こうで何やら慌てふためく声が聞こえた気がしないでもないが、些細な問題だ。  なにせ目を付けておいた人員の引き抜きやら装備の確保やら、やるべき事は山積みである。  根回しが済んでいると言うことは、これから取るであろう行動も読まれていると言うことだ。  何処までが彼らの掌の上の範疇か判らないが、常識の範疇で動き回っても小言を言われることはあるまい。   「手紙かかなきゃ・・・」  しかし、そんな両手どころか積載量の限界を超えて仕事を抱える少女が選んだ最初の行動は少々変わっていた。  それは書いたからと言って何が変わるわけでもない手紙を少年へとしたためる事。  何度送っても無反応と言う梨の礫の自己満足だが、それでもリーファにとって最大のご褒美がコレである。  書きたいことは全て書くと用紙が幾らあっても足りない。その為、思いの丈を込めた極短い一文に止めることにする。 “やっとそちらへ戻れそうです。日程が決まり次第連絡します”  他に記すのは名前だけ。  長い時を経ても揺るがない絆を信じているからこそ出来る事である。  しかしリーファは考えもしない。小さな頃に別れた相手があっさり忘れている可能性や、既に自分を必要としていない可能性を。 「綺麗になったねとか、褒めてくれるかしら・・・ふんふふーん♪」  幸か不幸か、少女は自己完結をしながら夢見がちに鼻歌を口ずさむ。   手にしたのは世界に支部を持つ強大な組織の特等席。  アメリカやスペインを初めとする大国の首脳も籍を置く、4世紀より続く由緒正しい騎士団の上位資格を17歳の若さで手中に収めたのである。  もちろんここに至るまでの道は険しく、けして平坦だった訳ではない。  人が嫌がる任務を率先して受け、持てる時間の全てを費やして騎士団に尽くしてきた。  紛争介入として100を越える人間を殺し、異形討伐に置いては大を生かす為に小を殺すよう勤めてきた毎日。  それがようやく報われたのだ、少なからず高揚しても仕方があるまい。 「変な虫が付いてたら・・・排除も考えないと・・・うふふ」  故に少々危険なセリフも気の迷いだろうが、真相は闇の中である。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]

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