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―――――それから。
ティエリアは何度も何度も花畑へと足を運び、そのたびにアレルヤは優しく微笑みながらそんなティエリアを花畑で出迎えた。
「アレルヤ!」
「ティエリア、待ってたよ」
ティエリアはいつもナドレお手製の赤い頭巾を被り、ヴァーチェお手製のシンプルな真っ白いワンピースを靡かせながらアレルヤの元へと走り寄って来るのでした。
「今日は何しよっか」
2人はすぐに仲良くなり、様々なことをして遊んだ。
時にはお互いに花で首飾りを作ったり、時にはティエリアが持ってきたお弁当を広げ穏やかなピクニック気分を楽しんだり…。
「この前、君が言っていた美味しい木の実がなる木に行ってみたい。」
するとめずらしく花畑から離れて遊ぶことを提案したティエリアに、そういえば花畑以外で遊ぶのは初めてかもなあ、とか思いながらアレルヤは快く頷いた。

× × ×

「ここだよ、ティエリア!」
花畑から少し遠く離れた森の中。
鬱蒼と生い茂る木々の中に、一本だけ、たくさんの赤くて丸い実がたわわに実っている木が生えていた。
「こんな場所にこんな木が生えてるなんて、初めて知った…」
「なかなか人間はここまで来ないからね」
よっ、とアレルヤは器用に木の幹と枝に手足を掛けると、慣れたように実の成っている上方へと登っていった。
「待て、アレルヤ」
続いてティエリアも何食わぬ顔でアレルヤと同じように登ろうとするから、思わず目を見開いてしまった。
「ちょ、ティエリア!結構高いから危ないよ!?」
「馬鹿にするな。俺だって生まれてからずっとこの森で暮らしてきたんだ」
このぐらい。と、ティエリアはその細い体からは考えられないくらい逞しくアレルヤの後について登って来る。
さすが森の子だなあ、と思いつつも、やはり心配なものは心配なので、先に足場まで登りきった後にティエリアに向かって手を差し出した。
しかしその手が握られることは無く、ティエリアは自らの力だけでそれなりに高い木を登り切ってしまった。
「この実ね、甘酸っぱくて美味しいんだよ」
或る一本の太い枝に2人で座って、赤くて丸い実を摘んで口へと運ぶ。
「本当だ、美味しい」
「でしょ?」
不意に爽やかな風が頬を掠めて、ざわざわと枝がさざめく。
葉と葉の間から見える澄み切った青い空を見つめながら、ぽつり、とティエリアは呟いた。

「………この森に、人間は俺しか居ないから。だから、こんな風に誰かと遊んだのは、初めてだった。」
「…そうなの?」
アレルヤの問いに、こくんとティエリアは頷いた。
「……アレルヤは?」
「え?」
「ここ数日間、俺は君を知ろうと思って狼の本をたくさん読んだ。…『狼は群れで行動する』と書いて在った。」
そこまで言葉を紡ぐと、ティエリアは隣に座るアレルヤの顔を覗き込んだ。
“何故?”
無垢なる真っ赤な瞳には、その二文字が浮かび上がっていた。
「…前に、『僕はベジタリアンだ』って言ったよね?」
「あぁ」
「僕は、お肉が食べられないわけじゃないんだ。食べようと思えば食べられる。…けど、」
不意にアレルヤが寂しそうに笑うから、ティエリアは何だか自分が悪いことを聞いてしまったかのような気持ちになり、ずきりと胸が痛んだ。
「何だか、生き物の命を自分自身で奪うことが、とても嫌で。可哀想っていうか……それでベジタリアンになったんだけど、まあ当然、元居た群れからは見放されちゃって…」
当たり前だよね、そう苦笑したアレルヤの頭を、気がつくとティエリアはわしゃわしゃと撫でていた。
「…ティエリア?」
「アレルヤ。お前は、いいこ、だな!」
しばらく呆けたようにティエリアの小さな手の感触を頭で感じていたアレルヤだったが、不意に優しく微笑むと、アレルヤもまたティエリアの頭を赤頭巾の上からそっと撫でた。
「こんな僕と楽しそうに遊んでくれるし…ティエリアも、いいこ、だよ」
「…っ、前も言った。子供扱いするな!ばか!」
『こども』扱いされたことに対し、ティエリアは顔を真っ赤にしながらぷいと横を向いてしまった。そんなティエリアに、アレルヤの胸はさらに高鳴って。

こんな気持ち、知らない。
これはいったい、 なに?

「…そろそろ、行くぞ!」
しばらくして、顔を真っ赤にさせたティエリアが勢いよく立ち上がった。続いてアレルヤも立ち上がろうとした時に、ティエリアからか細い悲鳴が聞こえた。
「うぁっ……!?」
「ティエリア!?」
立ち上がった拍子に、ぴっ、と細い枝がティエリアのワンピースの裾に引っかかり、ワンピースは縦に一線細く裂けてしまった。それに動揺したティエリアはバランスを崩し、気がつけば枝の上から空中に放り出されていた。



アレルヤが何かを叫んだようだが、何も聞こえない。ゆっくりとゆっくりと、景色が真っ逆様に変わってゆく。
―――ああ、自分は今、あの高い木の上から落ちているのか―――
「………っ!!!」
そう確信した瞬間、ティエリアは襲い来るで在ろう衝撃と痛みに怯え、ぎゅっと堅く瞳を閉ざした。
「………」
しかし次に感じたのは、ほんの僅かな衝撃のみ。
助かった―――?
いや、もしかしてあまりの衝撃に痛覚さえ麻痺してしまったのか―――?
「………?」
恐る恐る瞳を開けると、まず目の前に太陽の光を浴びてキラキラと輝く銀色の瞳と、乱れた前髪から普段は隠されている金色の瞳が映し出された。それも、すごく、近距離に。
「…」
「よかった、間に合って。大丈夫?怪我してない?ティエリア」
「…あ、あ、あ、アレルヤ……!?」
次第にリアルに感じる、自分の背中に回されたアレルヤの逞しい腕。密着する2人の体。あまりにも、あまりにもな展開に、ティエリアの顔は真っ赤に染まり、上手く呂律が回らない。
「…だ、大丈夫、なのか…?君は…」
「え?うん。ティエリアこそ、とっさに僕を下にして衝撃を和らげようとしたつもりなんだけど…」
大丈夫?そう聞いてくるアレルヤの声すら、右から左に流れてゆく。間近に在るアレルヤの顔から、視線がそらせない。ドキドキと胸は高鳴るばかりで、もうどうしようもなくなる。
「…ティエリア?」
一方アレルヤも、自らの体の上に重なるふわりと軽い少女を腕の中に閉じ込めている、というこの状況に、胸の高鳴りを感じていた。
「………」
「………」
これだけ密着していたら、お互いの胸の鼓動さえも聞こえてしまいそうで。どちらからともなく、無言になった。瞬きすら出来なくて。ただお互いの瞳の奥を覗き込むしか出来なくて。

もしかして、これって。

「………ティエリア」
先に沈黙を破ったのはアレルヤの方で。何だ、と聞くまでもなく、アレルヤは優しくティエリアの体と自分の体の位置を反転させる。
「…っ、アレル、ヤ…?」
あっという間に、どさっ、とアレルヤに押し倒されるような体勢になったティエリアは、不安そうにアレルヤを見上げる。ふわふわと柔らかい緑の草が、優しくティエリアの体を包み込む。

「あのね、」
アレルヤの顔がゆっくりと近づいてきて、自分がこれから何をされるのか本能的に理解してしまって。
「………」
ごくり、と喉を鳴らしたあと、その全てを受け入れるかのように、ティエリアはぎゅっと瞳を閉じた。アレルヤのごつごつとした手に華奢な両肩をやんわりと押さえつけられながら、ちゅ、とティエリアの唇に柔らかい感触が残される。
ゆっくりと瞳を僅かに開いてみると、先ほどよりもさらに至近距離にアレルヤの瞳が在って。お互いに瞳を開いているから、お互いに視線が重なり合って。
「………」
ちゅ、ちゅ、と何度も何度も軽く優しく啄むようなキスをする。キスをして、少し離れて、またすぐにキスをされて。
慈しむようなアレルヤのその行為に、次第にティエリアの体からふにゃりと力が抜ける。
「……アレ、ル、ヤ……」
やがて名残惜しそうにアレルヤの唇がティエリアの唇から離されると、ぽう、と目元を赤らめながら熱で潤んだ瞳でアレルヤを見つめた。そんなティエリアの瞳を同じく熱に浮かされた瞳でさらに真剣に見つめながら、やがてアレルヤはぽつりと言葉を紡いだ。

「ティエリアのことが、好きなんだ。」

たった二文字の単語が、ティエリアの潤んだ瞳にゆっくりと吸い込まれて。
気がつくとティエリアの細い腕がアレルヤの首に回されて、そのまま軽く自分の唇をアレルヤのふさふさの耳元に引き寄せると、声にならない程の小さな囁き声を響かせた。

「私…も、………好き…。」

叫んでしまいたかった。たった二文字の、その単語に。2人が同じ気持ちで在るという、ただその事実に、全身から何かが湧き上がってくる感覚に襲われる。

「アレルヤのこと、が、…好きなんだ……。」

再び密着していた体勢から、アレルヤがふと我に帰ると、勢いよくティエリアの体をお姫様抱っこしていた。腕の中のティエリアは急激に寝転がっていた体勢から抱き上げられ、その大きな瞳をぱちぱちとさせた。
「アレルヤ…?」
「…ティエリア。今日は僕の家に、連れてってあげる。」
それだけ言うと、アレルヤは素速く走り出した。突然風がティエリアの頬を撫で行き、風景がどんどん変わってゆく。
落ちてしまわないか心配で、ティエリアはアレルヤの首にぎゅっと腕を回す。まるで全てを肯定するかのように。
それに呼応するように、アレルヤもまた、ティエリアをきつく抱きしめた。

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最終更新:2008年09月21日 21:39