ファンタスティック・フォー (Fantastic Four)

(グループ名、マーベル)

初出:The Fantastic Four #1 (1961年11月)

概要

ファンタスティック・フォーはマーベルコミックスのヒーローチーム。
アメコミ界の重鎮にして元マーベル編集者スタン・リーが若かりし頃に創作した最初のヒーローでもある。
通常は4人組で、4人とも素顔を隠さず活動しているのも特徴。その後に誕生したスパイダーマンX-MENが一般人に理解を得られず「悩めるヒーロー」として活動するのに対し、ファンタスティック・フォーは英雄として賞賛されている。
これまでに3本の実写映画が制作された。

設定

リード・リチャーズ、スーザン・ストーム、ジョニー・ストーム、ベン・グリムの4人は宇宙飛行士チームだった。
一同は宇宙にふりそそぐ放射線「宇宙線」の危険についての研究が完成されるのを待たず、スペースシャトルで宇宙へ飛び立つ。
時代は東西冷戦の最中であり共産圏が宇宙開発でアメリカに先んじることを恐れたからだった。

しかし危惧は的中し、四人は宇宙空間で宇宙線を浴びた後、辛くも地球に帰還する。
地球に降り立った四人は宇宙線の影響でそれぞれが別の超能力を得ていることに気付き、それを人々に役立つため使うことを決意するのだった。

初期メンバー

ミスター・ファンタスティック:本名 リード・リチャーズ
リーダー。体をゴムのように自在に伸び縮みさせる能力を持つ。天才科学者だが、それ故に一般人と相互に理解し合えないことも多い。出来事を難しい言葉で説明し、「英語でしゃべって」と言われることも。
最初はスーザンの婚約者だったが、正式に結婚、二児の父となる。

インヴィジブル・ウーマン:本名 スーザン(スー)・ストーム
全身を透明にする能力と、透明なエネルギーフィールドでバリアを張る能力を持つ。
最初はリードのフィアンセで「インヴィジブル・ガール」と名乗っていたが、やがて正式に妻となり、二児の母となる。一般人には理解しがたい思考を持つリードのよき理解者。

ヒューマン・トーチ:本名 ジョニー・ストーム
スーザンの弟。全身を炎に包み、高速で飛行する能力や火炎放射の能力を持つ。
遊び人でプレイボーイ。

ザ・シング:本名 ベンジャミン(ベン)・グリム
岩のような硬い皮膚と怪力を持つが、彼だけが普通の姿に戻れなくなってしまった。
マーベル・ユニバースには怪力系キャラが多いが、その中でもハルク系キャラに次ぐパワーを誇る。

他のキャラクターが臨時にメンバーになることもある。

アルティメット・バージョン

アルティメット・ユニバースのファンタスティック・フォーはメンバーの子供時代から描かれる。
メインストーリーでのリード・リチャーズの年齢は18歳ぐらいと、非常に若くなっている。
この世界でのファンタスティック・フォーは、テレポート装置の実験によりNゾーンという異世界を通過したせいで能力を得ている。

アルティメイタム

全世界で夥しい死者を出した"Ultimatum"事件をきっかけにチームは解散。
アルティメット・ユニバースのリード・リチャーズは「メーカー」というヴィランになってしまった。


実写映画

ファンタスティック・フォー [超能力ユニット]

原題:Fantastic Four
公開:2005年
ファンタスティック・フォーの誕生とドクター・ドゥームの戦いを描いた。

ファンタスティック・フォー:銀河の危機

原題:Fantastic Four: Rise of the Silver Surfe
公開:2007年
『超能力ユニット』の続編。ギャラクタスシルバーサーファーの来襲を描いた。

ファンタスティック・フォー(Fantastic Four)

原題:Fantastic Four
公開2015年
前2作からリブートし、全くの新設定となった作品。
異次元転移装置の影響で能力を得るなど、アルティメット版の設定を多く取り入れている。
将来的には続編の公開や同じFOX社配給のX-MENシリーズの実写映画とのクロスオーバーなどが予定されていたが本作は興行的にも評価的にも成功したとは言えず、シリーズとしては1作で打ち切りとなった。
ゴールデンラズベリー賞で最低作品賞など3賞を受賞した。

ファンタスティックフォー(1994年版)

お蔵入りになってしまった没作品。
宣伝なども行われたため、知名度は高い。
  • (後に、「ファンタスティック・フォー [超能力ユニット]」、「ファンタスティック・フォー:銀河の危機」を制作する)プロデューサーのベルント・アイヒンガー*1が、FFの版権を押さえ、予算4,500万ドルで大スタジオに撮らせる予定だった。
  • しかし遅延が発生。また契約上1992年末に制作に入らないと権利が切れるものだった。このためプロジェクトは進めるものの、早撮りで安くあげることを決断。「低予算映画のキング」ことロジャー・コーマン監督を起用*2
  • コーマンは1992年12月28日というギリギリに撮影を開始。
  • 予算は公称200万ドルだったが、関係者によれば75万ドルという超低予算。一説には150万ドルで、大半がシングのコスチューム代に消えたとか。
  • このため撮り直しができない状態だった。
  • その割には、ヒューマン・トーチのデジタル・レンダリングやシングの着ぐるみなどは良くできていたようであったし、ドクター・ドゥームのシーンはまるでカービーのコマから飛び出したようだったそうだ。
  • さらにパレードに参加させるなど、宣伝も行ったようである。
  • しかし最後に、アイヒンガーがコーマンに金を払って、この映画をお蔵入りにした。このため「ロジャー・コーマンが唯一お蔵入りにした映画」という評価もされている。
  • 映画は、コミックをよく映しているが、逆に言うと非常にコミックぽく、映画としてみると違和感があったらしい。
  • マーベルの編集長(当時)のトム・デファルコは「テレビで見るにはいい作品だ。テレビの小画面の方がもっと笑える」という感想を残している。
  • 後にアイヒンガーは、「ファンタスティック・フォー[超能力ユニット]」(2005年)、「ファンタスティック・フォー[銀河の危機]」(2007年)を制作する。
  • この映画の顛末を探ったドキュメンタリーが後に作成され、公開されている。英語だがDVDも発売されている。



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最終更新:2022年09月02日 11:33

*1 「薔薇の名前」や「ネバーエンディングストーリー」の制作で知られる

*2 一瞬、「悪魔の毒々モンスター」で有名なトロマ・エンターテインメントのロイド・カウフマンに撮らせることも、頭をよぎったらしい