Newborn baby

 ※直接酷い目にあうゆっくりはいませんが、明るくない話です
 ※ハッピーエンドかどうかの解釈は、読んだ方に任せたいと思います。
 ※この時点か、途中で不安になったら、読むのを引き返したほうがいいと思います










 鯛焼きを買って帰ってくると、弟はまだ起きていた。ゆっくりれいむの姿は見当たらなかった。

 「おかえりなさい。 れいむならもう眠ったよ」

 テーブルに座るとすかさずお茶を出してくれたが、妙に温かった。タイミングを間違えたか。笑っていたが、
少し疲れた顔だった。わざわざ帰るまで待っていたのか。

 「ありがとう」
 「明日が楽しみだねえ」

 忘れていた
 明日は土曜日。ピクニックに、3人で行こう  と約束して、先延ばしにしつつ一ヶ月が経っていたのだ。
 本当は行きたかった。
 思い出してもらえた事が、素直に嬉しかった。

 「その、すまないね……時間をとれなくて」
 「いいって。いつもこっちこそ感謝してるよ。御世話してくれて」

 弟はこういう時、とても固い。もっと気楽に話したいのだが――――いつからこうなったのか、は考えない
事にした。お互い疲れているのだもの。
 それに引き換え、襖の隙間から見えるゆっくりれいむの寝姿の、なんと間抜けで緊張感の無いことか。
まん丸の体型と思いきや、実際は幾分扁平気味のため、そのままクッションの上にでも普通に座って(?)
眠ればいいのに、横たわっているから見るたびに噴出してしまう。しかも、ご丁寧にタオルケットを羽織って
寝ているが、あれは本当に意味が無い。
 もしも本人の立場になってみれば、却って鬱陶しいのではないだろうか?

 「今日の調子はどうよ?」
 「いや……いつもどおりだったよ。中々うまくいかないねえ」
 「まあ、ゆっくり頑張りなさい」

 このご時世、弟のような子供は増えている。実質的な人数も出ている。しかし、芯からやる気を失くして
学校に行かない者と、彼の様に行きたいし努力もしているが、それでも行けない、という子供の対比は、
数値的にどれ程の割合になるのだろうか?
 とはいえ―――― 「呼吸ができなくなった」と言って授業中に倒れ――――学校に行かなくなった当時は
もっと酷かった。「クラスの連中と同じ喋り方をする奴等が映る」という理由でテレビすら怖くて見られなくなって
いた弟だ。
 今では、眩しいほどに立ち直ってくれた
 しかし、復学も、補習も、アルバイトもできない。
 本人は専門学校に本当に入りたがっているが、それも恐らく当分は無理だろう
 理由は解っている。
 弟も自分の事だし、それとなく理解しているだろう
 お茶と一緒に煎餅をすすめてきたが、食欲は無かった。

 「あしたは早いからね。僕はもう寝るよ」
 「じゃあ、先風呂に入ってるわ」

 襖の向こうのゆっくりれいむの横には、二人分の布団がしいてある





 翌朝、軽い物音で目が覚めると、隣に弟の姿は無く、台所に立っていた。
 弁当を作っていた。
 昨日、食材だけいくつか置かれていると思ったら、仕込みでもしていたらしい。時刻はAM4:00.早すぎる。
昨日は疲れた顔をしていたのに。
 当然ながら、ゆっくりれいむの方はまだ寝ているのだろう。

 「ごめん、起した?」
 「いいけど、疲れてない?」
 「いや、目がさめたんだよ」

 人間はそれ程一生をゆっくりしていはいられない。この後のピクニックを思い描いてか、弟は疲れを見せないどころか、
喜々として重箱に玉子焼きやを詰め込んでいった。
 まだ体は眠っていて、食欲は昨日から無いはずだったが、揚げたてのエビフライの匂いがそれを目覚めさせた。
 死角をぬって、弁当箱に手を向けると、弟は手をはたいた。

 「つまみ食いはダメだよお……」
 「いっぱいあるじゃん…………」
 「全く、れいむだってそんなことはやらなくなったのにさ」
 「そりゃ、テーブルの上に乗れないから諦めたんでないの?」
 「てか、最近寝起きわるいんだよね、あの子」

 力の入りすぎた弁当を横に、二人はもそもそとい御茶漬けで朝食を済ます。
 朝だというのに、少し気だるい時間を一服して過ごすと、7時過ぎになっていた。4時は早すぎだが、元々朝方の弟は、
ゆっくりしすぎた、 として寝ているゆっくりれいむを起こしに行く。
 襖の向こうから、元気な声が今日もあがる

 本当に、楽しそう



 「ゆっくりおはよー!!!」



 放っておけば、やはり一日でも二日でも、あのゆっくりれいむは寝続けてしまうのだろうか?
 弁当とビデオ、その他シート等を車に詰め込み、当然のように、弟はれいむを抱えて助手席に座る。

 「ここはさいこうのゆっくりプレイスだね!!!」
 「ああ、そうだね」

 ゆっくりれいむは今日もゴキゲンなのだろう…
 柔らかそうな丸っこい体がわさわさと揺れる。

 『出発進行ーー!!!』

 人通りの少ない住宅街を、車はゆっくり走り出す

 「えっと…今日行く公園って名前なんだっけ?」
 「西浦台公園」
 「ん?」
 「あの、大きなタイヤブランコや、兎とか狸のカマクラとか、やたら高くて巨大な滑り台とかある所さ」
 「―――にいさん、大好き!!!」

 まあ悪い気はしないもの。

 「ふふん」
 「ゆはははは」
 「でも遠いよね、あそこ」
 「―――遠い所の方がいいよ。 行ったって気になるから」

 遠い方がいい。
 AM8:00
 最近の子どもはやはり外で遊ばなくなったようで――――公園には誰も居ない。煩わしくないのがいい。
子供は悪意は確かに無いかもしれないが、その分遠慮と言うものがまるでない。
 弟も――――やはりれいむも嬉しそうに見えた。転機だけは絶交の行楽日和だった。
 陽は暖かい。動かずにはいられない。
 弟はゆっくりれむと早くも戯れ始めている。

 「前にも来たけど、あのすべりだいつみてもすごいねー!!!」
 「あれ、怪我人とか出てるよな、絶対」
 「あ、ほらほら、あれみてよ にいさん」

 その間にカメラの準備をする
 大きな公園だ。歩くだけでも割と楽しい。遊具でたっぷりゆっくりれいむと遊びつくした頃には、そろそろ訪れる人間が
増えてきたので、れいむを小脇に抱えると、林の中でも探索しようという話を切り出した。
 が、弟とれいむの二人は名残惜しそうに、かのタイヤのブランコを見入っている。それ程楽しかったのか。

 「………それはさ、危ないから」
 「でも………」
 「人も来始めたし」

 弟は、こうした時には心底泣きそうな顔を一瞬だけ作る。「解ってるよそんな事くらい」と、ストレートに目で語ってくる。

 「ゆっくりだってそんなに人間が皆慣れてる訳じゃないから」
 「…………」
 「一応さ、見た目からすればほら、女の子の首な訳だし」 
 「ほんにんの前で、それいっちゃうの?」
 「ごめん。でも、れいむもそれとなく解るよね?ちょっと嫌だけど、お前もいい子じゃない」
 「また都合のいい事を………」

 こんなに可愛いのに……と弟はふて腐れている。
 そう。可愛い。
 世界一。
 可愛いが、それだけじゃ駄目なのさ。  ついでに言うと、その可愛さも解らないのさ。 
 そしてそんな連中ばかりが――――――優しくない連中の方が割合的に多い。
 理解できない奴が多すぎる。

 「そろそろ昼ごはんにしよう」
 「―――はやいよ!!?」

 休日は時間の感覚が少しおかしくなる。無駄に過ごす方面にはもっていきたくないので、何でも先回りして進めたかった。
 日差しはそろそろ暑ささえ感じるほど強い。
 木陰を見つけて、シートを敷いて―――――勿論、今回もれいむは弟の膝の上
 あの豪華すぎる弁当を楽しむために、朝食を軽めにしたという事もある。

 が―――――――――楽しい時間は長くは続かない。誰もがわかってる事なのに

 子供とはいえない、高校生か、もう少し下で、中学生かもしれない連中が通りかかっていた。これは子供よりも性質が悪い。
色々最も人生で阿呆な時期だというのもあるが、最近の子は携帯電話とカメラを大抵持ち歩いている。
 ここで―――変な気を起して、この楽しい昼食を撮られでもしたら。 別にどうという事は無いかもしれないが、弟は傷つくだろう。
 やはり、ピクニックなんかに来るべきじゃなかったのか。

 「なあ、もっとれいむを隠せないか?」
 「なんでかくれなきゃいけないの?」
 「見つかるのもあれだよ………」
 「見つかったから何だって言うのさ。何なら見せ付けてやろうよ」

 ――――んな、カップルみたいな言い方…… 実際弟にはそんな度胸はないので、少しだけ膝の更に奥につめる。
柔らかいれいむは中々いう事を聞かずに、割と弾力のある体を反発させるが、元々それ程大きくは無い。
 もくもくと食べながら、一行が通り過ぎるのを待つ。
 全員が、何でこんな馬鹿な事をと思っていた。が、連中の足取りは遅かった。
 この年齢特有の、神経をに障る笑い声を全員上げている。
 ―――大分元気になったとはいえ、弟は、この声が何より聞きたくなかったのだ。
 その反動が、思わぬところに出た。

 「――――ほら、もっと食べなよ」
 「よしなさい」

 雰囲気に耐えられなくなったように、弟はれいむの口に玉子焼きを押し込んでいく。流石に、入るわけも無かった。口に押し当てられ、
あれでもゆっくりれいむは何と言っているのだろう?
 そのあまりの乱暴さに、心配になって止めたが―――――

 「あれ……何あいつら?」

 本当の問題はそんな所には無い。
 この様子に、馬鹿ドモは興味を持ってしまった。

 「………マジで? うわっ目あいそうなったwwww」
 「やばくね? ホントマジこえーよ」
 「きもいきもいwww マジ初めて見たww」

 こういう話は、聞こえないようにするか、もしくは気を配ってる振りをして、ぎりぎり聞かせるように話すものだ。だのに、このアホ学生
どもは何の考えも持たずに大声で話してる。
 率直に生きてるのではなく、ただ考えが無いだけだ。そういう奴等が増えている。
 いつも、弟を遠目で馬鹿にしている近所のおばさん達の方がまだマシというもの。

 「いるんだー 大体何アレ?」
 「生首じゃん。超きもい」
 「オタク?ああいうのオタクなんだよ。秋葉とかあんなの超いるらしいよ」

 言う分にはいい。
 正直慣れも彼らにはあった。
 弟は、無言で、れいむには何も入れなくなっていた。
 お互い何も話せない。
 ずっと下を向いたまま。
 昔を思い出したのか、ゆっくりれいむを馬鹿にされた事が悔しいのか。
 その両方だろう。
 ゆっくりれいむは―――――相変わらず、 笑ってはいるが――――― これには恐怖すら覚える。当たり前なのに

 「ほっときなさい」
 「あー………………」

 だが、予想はしていたが、案の定連中は携帯を取り出した。
 遠く離れた町だから、直接の被害にはあわないかもしれないが、この行為自体が、弟を激しく傷つけるだろう。

 「やめろ」
 「何だよ」
 「失せろ」
 「何にもやってませーんwww ただ歩いてるだけですー」
 「警察呼ぶぞ? 変態だろてめえらよおww」

 言い返せないのが辛い。
 とは言え、構えてる携帯を押さえる様に、押し出すように、女子学生達を追い払っていく。数だけは多かったが、
流石にこんな小娘に負けるほどではないし、剣幕には確実に怯えている者もいた。

 「いいから失せろ。本気で殴り飛ばすぞ。容赦しねえ」

 一人二人が、平気ですたこら逃げ始め――――途中で、負け惜しみに、 最も 言われたくない事を言われた





 「お前等、 ぬいぐるみ相手に何話しかけてんだよ!!!」






+++++++++++++++++++++++++++++++++




 「ゆっくりれいむ」には感謝している。
 正直憎しみを覚えてもいい状況を作っている存在だが、それ程、「彼女」と会う前の弟の状態は酷かった。
 体の問題ではなく、気持の上で、呼吸ができなくなる、という状況は、そこまで追い込まれた人にしか想像は
できないだろう。
 いじめていた奴等は、ピクニックの邪魔をした馬鹿どもを幼稚にして、その現代っ子らしい悪辣さばかりを
煎じ詰めた様な奴等だった。
 彼は――――倒れた日に、初めて仕事を早退して、学校に弟を迎えに行った。
 弟は本当に追い詰められていた。
 両親も無く、家族は彼と弟のふたりきりだった。
 その分、昔から真面目な子だったから、良い大学にも入れてあげたくて、彼は必死で働いた。 その分、孤独
を味合わせていることにも気づいていたから、そうした兆候が無いか見張る事も忘れなかった。

 実際は、それよりもっと酷い状況に追い込まれていた訳だ。

 しばらく部屋で引きこもって、彼自身と会話ができない状況が1ヶ月も続いたのだろうか?通院もカウンセリングも
続けていたが、会話する事自体が苦痛で仕方なくなっていたらしい。
 それが、次第に彼にだけは話すようになっていった。
 手放しで喜んだ。
 自分には心を開いたのだと思っていた。
 そうではなく――――話し相手を見つけたので、そこで慣れを知って彼とも話せるようになると、その後気づいた
 それでも嬉しかった。


 「話し相手」が誰なのか、 を知った時には、 既に手遅れだった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++




 「本当に、動いていないもの、心をもっていないものが、動いたり会話したりする、と思う心境ってのは何なんでしょう?」


 あの後、昼食もそこそこに家に帰った。
 弟はもう、何も訴えなかった。
 ゆっくりれいむとも、話さなかった。


 「その――――そういう事ができる、という心境自体が、理解できないんです」


 そろそろ彼自身もまいっていた。
 たった一人の家族の、追い詰められた状況に気づけなかった罪悪感があったので、必死にケアにあたったが、あまり効果
ない。
 どこで手に入れたのか解らないが、「ゆっくりしていってね!!!ぬいぐるみ」を、本当に自分の友達と思い込んで、一人
話しかけている。
 それを否定するべきではないと直感的に思ったし、できなかった。ようやく話もできるようになった人間が、仮でもまやかしでも、
その対象をいきなり剥奪されたら、どうなってしまうか想像がつかない。カウンセリングでもそう言われたし、今は話を合わせるように
言われている。

 「どうしたもんだか」

 実際医者があてにならない。
 相変わらず早起きして身の回りの整理をし、れいむと一人で(表向きは)元気よく遊ぶ弟を残して、彼は何か怯えなが
ら会社に行く。
 今まで周囲には黙っていたが――――信頼できる上司に相談してしまった。
 同じ位の息子を、女手一つで育てている主任である。今までずっと、周りにはこの話はすまいと思っていたが――昨日の
やりとりで、何と言えばいいものか、軽く箍が外れた。
 昼休み、業務に支障をきたすほどの家庭問題の愚痴くらいに付き合ってもらうのも、上司の役目と甘えてしまった。
 こうした事例を見た事でもあるのか、主任はさして驚いたり嫌悪感を示すでもなく傾聴してくれ、彼が言い終わった後に、
静かに言った。

 「その、弟さんに、あなたは付き合ってるんでしょう?今のところは」
 「付き合うというと?」
 「『ゆっくりれいむ』を、表向きは家族とあんたも見なしているんでしょう」

 それは、そうだ。
 むしろ、それをしなくなる方が怖い

 「でも、何か隠してない?」
 「――――そりゃ、私まで心底あわせられないですよ」
 「いや、そういう事じゃなく」

 何かしら慰めてくれるか、もしくは甘えるなと叱責してもらうか、突き放してくれるか――解決策は最初から期待していなかったが、
返ってきた返事に驚いた。

 「私にも、弟さんにも言ってない事あるでしょ?」
 「あの、何を?」
 「いや、私には解らないけど、聞いてると何か違和感が。あんたの方にね。自分自身も解ってないのかな?―――とにかく、
  私には、ちょっとアドバイスできない」
 「そうですか………」

 全くの無為な時間だったとは思いたくなかった。少なくとも相談はできたし、こういう問題を抱えている部下が一人いる、という事を
把握してもらうのは悪い事ではないだろう。
 腰をあげると―――――主任はやや蒼ざめた顔になっていた。


 「まあ、自分の気持にも、一度正直にね」
 「はあ」
 「そうしないと、弟さんも心開かないでしょ。本気で心配して、彼のことが好きなのは伝わってくるから、それが伝われば、ちょっとは
  変わるんじゃない?まあ、もう少しとことんつきあってみなさいな」


 何故だろうか?


 それは、弟が学校に通う事より不可能な気がした





 しかし、あの主任は中々良いことを言ってくれた

 弟のため―――――こちらももう一歩踏み込んで付き合うのも悪くないかもしれない。

 彼は一応話はあわせて来ていたが、それがどこかで露呈していたのかもしれない。基本的に感受性の強い弟だから、それは
察していたか。
 少なくとも、それだけは避けようと彼は決意していた。





 「たった一人の、大事な弟じゃないか」





 わざと声に出して、帰路を辿る。





 「ずっと付き合うぞ。遠回りでも」






 帰り道は、実際普段行かない場所で買い物をしたため、遅くなってしまったが―――――

 御土産があった。

 きっと喜ばせられる自信があった。




 「学校にいけないなら」




 二人で、行かないで進める方法を考えよう





 ―――ゆっくりれいむも一緒に





 逃避ではなく、向かい合って折り合いつけて  歪だけれども



 彼は「4人」での、もう一歩踏み込んだ生活と、決して明るく楽ではないけれど、堅実な再生への道を考えて改めて
考え始めていた






 改めて考えたのに



+++++++++++++++++++++++++++++++++



 ゆっくりれいむはいなくなっていた。



 倒れている弟と、普段は嗅がない空気だけ。

 詳しくは無いが、一酸化炭素だろうか?
 最近は自殺の方法なんて簡単に検索できるのだから……



 いなくなっていた と解ったのは、それだけ弟が常にれいむを連れていたからだった。
 その姿が無かった。
 玄関には、弟の靴が投げ捨てられていた。 几帳面な正確なので、帰ってきたらきちんと靴は下駄箱にしまっていたのに、
揃える事すらしていなかった。
 ――――という事は、外出したという事だろう。 それも一人でだ
 抱きかかえると、何とか弟は意識はあった。
 最初の一言は聞き取れなかったが、何かしら謝ったのだろう。


 「今日ねー  何とか一人で出よう って思って、買い物行ったんだぁ」
 「うんうん」
 「やっぱり、僕は外に出るべきじゃないね。あいつらに会っちゃった」


 顔は覚えている。弟をこんな状況においやったきっかけを作った、同じクラスの鬼畜生どもだ


 「れいむに、お留守番してもらおうと思ったんだけど、やっぱりできなかった。僕の方がね……連れてきちゃって」
 「そうか。それは仕方ない」
 「今頃――――あいつらに連れて行かれちゃったけど……どうしてるかな?」


 最も弟を安心させる言い方は何だろうかと思案していると、不意に弟は力なく笑い始めた。
 笑いながら蒸せている


 「いや、どうともないよね」
 「えっ」

 ――――もう、 魔法、というか 呪い? が解けた

 「結局、あれはぬいぐるみだからさ。 本当に可愛かったけど、中身は綿だよ」
 「いやその」
 「ぬいぐるみが、動いたり笑ったり話したり、ご飯食べたりする訳ないよね。ホラーだよね。僕、長い間夢見てたんだ」

 それに付き合おうと思ったのに
 これからも上手くいかないかと、お土産まで買ってきたのに。
 と、いうか、お土産を買わずにもっと早く帰れば、弟はここまで重態にならなかったかもしれない。

 「でも、れいむには世話になったよ。 にいさんには悪いけど、僕の言いたい事は何でも聞いてくれた。にいさんみたいに、
  頑張れとかは言って  くれなかったけど、『ゆっくりしていってね!!!』って言ってくれるのが、何か嬉しくて―――――
  気がついたら、人と話すのもそんなに嫌じゃなくなってた。」

 やっぱり、本音の全ては兄には話せなかったか。

 「段々元気になってきて、それで――――昨日にいさん、あの女子達にすごくおこってたし---なんかこう、このままじゃ
  まずいかなって  気になって」
 「いや、そんなことない。そんなことない」



 ―――もっと、ゆっくり立ち直ればよかったんだ。 ゆっくりした結果がこれだなんて認めてなるものか



 「れいむに頼りすぎたのがいけなかったんだ。 あいつがいなけりゃ生きていられなかったけど、もう幻想から目が覚めたよ」


 かっこつけた言い方がだが---- 目が覚めたんなら、何で自殺なんかする? と怒鳴りたかった

 ――ゆっくりれいむが連れ去られたので、 その勢いでこの行為に至ったか?
 ――この行為の途中で死に直面し、現実に目覚めたか?
 ――連れ去れたことで現実に目覚め、絶望してこの行為に至ったか?

 解った所で、このままでは弟は帰ってこれなくなる。救急車は呼んだ。どれくらいかかるか解らないが、それまでに出来る事は
何だろうか?情けなく弟を抱えたままでいると、ガサガサと買ってきたお土産の包みが動いた。
 ビニールの袋で包まれていたはずだが、それも自力で破ったらしく、中から単体で買ったゆっくりまりさがのそのそと這い出てくる

 「救急車呼ばないと」
 「いや、それはもうとっくにやった」

 向こうの話しかけに答えてしまって、一瞬しまったと思ったが、もう遅かった。
 ぽいんぽいんと跳ねながら、ゆっくりまりさは弟の顔を覗き込む

 「まだ大丈夫でしょ。これなら」
 「頼む……頼むよ…………」
 「いや、大丈夫だって。大体免許取るとき、人工呼吸の講習やったでしょ?ゆっくり思い出しなよ」
 「簡単に言うなよなー………」
 「ほれほれ、念願のキスじゃないの。合法的にできるなんてこの機会逃したら暫くないよ?」

 それもそうか。
 こんな時に中々人を動かすのがうまい。
 何とか記憶をまさぐりながら、弟を仰向けにし、その色の無くなった唇を、彼は自分の唇であてがった。
 茶の味がした。
 夜、先にれいむに寄り添っている寝顔を見ながら、幾度と無くやってしまいたい衝動に駆られた行為が、何とか実現でき
た訳だが今は嬉しくもなんとも無かった。
 しかし、弟はきっとこんな経験は学校ではなかったはずだから、弟のこの初めては、自分が奪ったのだと考えると、人工呼吸
にも熱が変な所に入った。おかげでスムーズにいけたと思う。
 それでも、弟は目を覚まさなかった。

 「一回外に出した方がいいんだっけ?」
 「そこまで覚えてないな…………」
 「まあさ、やるだけの事はやったから、救急車来るまで、ゆっくりしていってね!!!」
 「意外ととってつけたような言い方だな」
 「どういうイメージ抱いてるのか解らないけど、こんなもんよ? あ、でも弟さん入院するんなら、病室じゃなくこの家に残りたいな」
 「ああ、そうするか」

 どうしてこんなに不謹慎で冷静でいれるのか解らなかったが、それは考えるべきでは無い気がした。
 そういえば、このゆっくりまりさの声はどこかで聞いたことがある。
 SOFTALKの、あの有名な棒読み声ではなかった。でなければ、こおろぎさとみの様な甲高い、幼児が発するよう幼い声を想像して
いたのだが、全然違う。
 若干少年っぽささえ感じ、ハスキーな所があるのは、ゆっくりれいむではなく、まりさの方だからだろうか? これはイメージできる。
かと思っていると、どこか成熟した女性を思わせる艶っぽさが合間にあるのだ

 「中々可愛い弟じゃないの」
 「ああ……最愛の、誰よりも可愛い弟だ。世界一だ」

 そう、少し古いが、「パタリロ!」のマライヒがこんな感じだった。
 サイレンの音がもう聞こえてくる。
 弟が無事助かったら、暫く入院する事になるだろうか? その間、ゆっくりまりさは部屋のどこに寝てもらおうかと、頭の片隅で彼は
案じていた。

  • 何だかズシンと腹を打たれたかのような、鈍い衝撃な話だ。 -- 名無しさん (2010-05-08 00:19:04)
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最終更新:2010年05月08日 00:19