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  ゆっくりれみりゃのおかしな友達 下
 
  それから、ゆっくりれいむは、少しずつ変化していった。
  れみりゃは最初、気づかなかった。翌日遊びに行くと、れいむはいつものように喜んで出迎えてくれた。
  だが二日目に、れいむの左の房飾りがなくなっていた。
  三日目には右のほっぺたが少し赤くなっていた。
  四日目には後ろ髪がぼさぼさになっていた。
  五日目には、切り株にいってもいなかった。「うーうー!」と踊ると木のうろからすぐに出てきたが、その日一日はよくころんでいた。
  六日目には最初から切り株のところにいたが、やけにハイになっていた。
 「ゆっくりしていってね! ゆぅっくりしていってね!!!」
  大声で何度もゆっくりを連発し、れみりゃにむやみと頬ずりしてきた。れいむが元気そうなのは嬉しかったが、ちょっとうるさくていやだ、とれみりゃは思った。
 「れいむは、れみぃとゆっくりするからね! もう心配ないからね!」
  そんなことをれいむはずっと繰り返していた。
  その日、れみりゃが帰ろうとすると、れいむは泣いた。
 「もっとゆっくりしてってよ! いっしょに遊んでよー!」
 「う、ううー……」
  れみりゃはいつもの笑顔に困り汗を浮かべて、彼女なりに迷った。けれども、おなかがだいぶ減っていた。食欲第一の生き物であるれみりゃは、我慢できずにぱとぱとと飛び立った。
 「まーたくーるねー!」
 「明日もぜったいきてね! ゆっくりまってるね!!!」
  切り株の上で、れいむは何度もぴょんぴょん跳んでいた。
  そして七日目――
  れみりゃが上空から降りてくると、切り株のかたわらにぼろ雑巾のようになったゆっくりが転がっていた。
 「れーむ? れーむ!」
  驚いたれみりゃは、あわててゆっくりのそばに下りて、丸い体を抱き起こす。幸い、れいむはまだ生きていた。れみりゃに気づくと、「ゆふっ」とかすかな笑みを浮かべて、言う。
 「ゆっくり……きてくれたのね」
 「れーむ、いたい? いたい?」
 「だいじょぶ……ゆぐぅ!」
  起き上がろうとしたれいむが、顔をしかめてれみりゃの腕の中に沈みこんだ。
  れみりゃは危機感を覚えて、おろおろと辺りを見回す。
 「んうー、れーむ、いたいいたいなってる……」
  れみりゃに傷を治す知恵はない。
  できるのは、たださすってやることだけだ。
  弱ったれいむを抱きしめて懸命に後ろを撫でてやっていると、れいむが口を開いた。
 「ありがとね、れみぃ。れみぃはいい子だよね!」
 「んう、れみぃはいいこだよ?」
 「だよね。でも、みんなはわかってくれなく……て……」
  再びぐったりとなるれいむ。れみりゃは懸命に呼びかける。
 「れーむ、れーむー!」
  そのときだった。れみりゃの背後から、異様な叫びが投げつけられた。
 「「「「「「「さっさとでていってね!!!!」」」」」」」
  振り向いたれみりゃは、ぎょっとする。
  そこに大勢のゆっくりが集まっていた。単独れいむや家族れいむ、まりさやぱちゅりーやちぇんやみょんなど、全部で五十体を越えているだろうか。
  先頭のゆっくりまりさが、もういちど言った。
 「さっさとでていってね! ゆっくりできないゆっくりはだいきらいだよ!」
 「う、うー? れーむがきらい?」
 「ゆっくりれみりゃとなかよくするなんて、へんだよ! おかしいよ!」
  じわじわと寄ってきたゆっくりの集団が、れみりゃたちを取り囲んだ。飛び上がって、どん、どん、と弱っているゆっくりに体当たりをし始める。
 「ゆっくりしないでね!」
 「もうなかまじゃないよ!」
 「きらいになったからね!」
  前からも後ろからも体当たりされて、れみりゃは頭にきた。れいむを下において、両手を振りかざす。
 「がおー! たべちゃうぞー!」
  必勝のポーズ、のはずだった。ゆっくりたちは一瞬、びくりと動きを止める。
  だが次の瞬間には、前にもまして激しく体当たりし始めた。れみりゃは必死になって、追い払おうとする。
 「が、がおお! がおおおおー!! ほんとにほんとにたべちゃうぞー!」
 「ゆっくりやってみれば?」
  どしんと後ろから三匹にまとめて体当たりされて、れみりゃは前にのめった。勝てると踏んだか、家族ゆっくりの母が呼びかける。
 「やっつけるよ! こいつはこわくないよ!」
 「ゆっくりーーー!!!」
  歓声を上げて、ゆっくりたちが殺到する。れみりゃは悔しくて泣きたくなる。
  ゆっくりは楽しいことばだったはずなのに。
  れーむがおしえてくれたまほうのことばなのに。
  こんなやつらに言われてしまうなんて。
  咲夜を呼んで、ぜんぶ潰してもらいたかった。でも咲夜はこないとわかっていた。野犬に襲われたあの日に、身に染みて知った。そう、助けは来ない。
  ここにいるのは、自分とれいむだけ。
  だから、ふたりでなんとかしなくちゃいけない。
  れみりゃはれいむを抱き上げて、思い切り地を蹴った。
 「ゆゆゆっ!?」
  下手くそな羽ばたきでれみりゃが舞い上がった次の瞬間、彼女のいたところに、ゆっくりたちがどさどさと積みあがった。
  去っていくれみりゃの耳に、ゆっくりたちの叫びが届く。
 「ゆっくりしてきてね!!!」
 「かえってこなくていいからね!!!」
  戻るもんか、とれみりゃは思った。
  あんな連中の居るところには、れいむを置いておけない。
  自分とふたりで、なかよく暮らすんだ。
 
  だが、紅魔館の庭に戻ったれみりゃを待っていたのは、魔法の森以上の苦労だった。
 「がうー、おいしそー♪」
 「れみー、たべちゃおー♪」
  ちょっとした林ほどもある屋敷の庭園には、他のれみりゃが何匹も住み着いている。それが、傷ついておいしそうな匂いを放つ獲物につられて、次々と飛んできたのだ。
 「だーめ、れーむはだーめ! れーむいいれーむなのー!」
  れみりゃはれいむを抱きかかえて植木の根元にうずくまり、周りの仲間に食べてはいけないと言おうとした。だが、言葉が足りなくて伝えられない。
  襲うれみりゃのほうも、もともと相手のことなど考えないわがままな性格だから、嫌がられるとますます笑みを浮かべて取り囲む。
  そしてとうとう、手を伸ばしてつまみ食いをはじめた。
 「ぐにー、ぷちっ♪」「あっ」
 「もーらいー♪」「ああっ」
 「ぷにぷに、すきー♪」「あああっ!」
  必死にかばうれみりゃの横から手を出して、れいむの頬をぷつぷつとちぎり取る。そのたびに、れみりゃの腕の中で、だいじな友達がびくびくと震えた。
 「れーむ、れーむだいじょーぶー?」
 「ゆゆっ……だ、だいじょうぶだよ。れいむゆっくりしているよ!」
  れいむがそう言って見上げるが、頬のもちもちした皮はだいぶくぼんで、あんこが覗きかけている。
  れみりゃは振り返って、やけっぱちに腕を振り回した。
 「もお゛お゛お゛お゛、だーめーなーのー! たべぢゃだめえええええ!!」
 「ひとりじめ、ずるーい☆」
 「れみーもほしーのー」
 「ずるっ子は、さくやにいっちゃうぞー♪」
  にこにこ笑いながら仲間たちが近づき、れみりゃをどんと突き飛ばした。「んあっ!」と転がってしまった拍子に、仲間はれいむに覆いかぶさって、いっせいにむさぼり食おうとする。
 「「「「「いただきまーす♪」」」」」
 「いやあ゛あ゛あ゛あ゛、たべないでぇぇぇ!!」
  れいむの絶叫が響く。
  そのとき、木立の間から、すうっとひとつの影が滑り降りてきた。丸い頭の飛行ゆっくりだが、翼の形が違う。
  そいつは、れいむを襲うれみりゃの一人に、がぶりと噛み付いた。噛まれたれみりゃがカッと目を見開いて悲鳴を上げる。
 「にぎゃぁぁぁぁぁぁあ、ふ、ふらんきらいーーーーーーー!」
  ゆっくりふらんの出現に、れみりゃたちは浮き足立った。れいむを放り出しててんでに逃げ始める。
  その隙に、れみりゃはれいむを抱き上げ、再び飛び上がった。
 
  その日の夕方、追いすがる他のれみりゃたちをようやく撒いて、二人は幻想郷のどことも知れぬ森に逃げ込んだ。
  魔法の森とは違って、生き物の気配がしない森だ。ただ深閑と静まり返って、ちくちくした霊気が漂っている。その霊気は二人にとって不快だが、我慢するしかなかった。ここから出たら、またあいつらが襲ってくるに決まっているのだ。
  れみりゃは倒木の陰になったくぼみを見つけて、逃げ込んだ。ようやく落ち着くことが出来て、れいむがほっとしたように言った。
 「ここならゆっくりできるね!」
 「ゆっぐぅー♪」
  二人は無理してにこやかにそう言った。
  二人とも、あえて現実から目をそらしていた。
  れいむの体はあちこちが食いちぎれられて、でこぼこになっているのだ。ゆっくりできるわけがない。
  それにれみりゃのほうも、今朝ごはんを食べたきりで、おなかがすいていた。
  日が暮れると、座り込んだれみりゃのおなかが、ぐうぐうと盛大に音を立てた。一日中追い掛け回されて、いい加減疲れきっていたれみりゃが、愚痴を漏らし始めた。
 「れみー、おなかすいたー……」
 「ゆぅ、れいむもだよ」
 「ぷいん、たべたいなー……」
 「ゆぅ……」
 「ぱっふぇー……とるて……あいすー……けーき……」
 「それはおいしいもの?」
 「すっごく、おいしいものー。うぅ、さくやぁ……」
  れみりゃにとって、紅魔館の庭園は絶対の安住の地だった。おなかがすいても、そこに帰れば咲夜か妖精メイドが何かしら与えてくれた。
 「れみぃ、おうちかえりたい……」
  紅魔館に帰れないと頭ではわかっていても、しみついた習慣は簡単に抜けるものではない。れみりゃはふらふらと出て行こうとした。
  スカートの裾を、れいむがくわえてけんめいに引っ張った。
 「ゆ、おうちはだめだよ、たべられちゃうよ!!!」 
 「うう゛ー」
  れみりゃは泣き顔になったが、かろうじて危険を思い出した。ぐしぐしと小さなこぶしでまぶたをこすって、うなずく。
 「ん、おうち、やめう……」
 「ちかくで食べ物をさがすといいよ!!!」
 「たべもの、さがしてくぅー」
  れみりゃは倒木の下から這い出して、飛び上がった。
 「うまうま、ないかなー」
  だが、その森には動物やゆっくりがまったくいなかった。見つかったのはいくらかの木の実や山菜、きのこだけ。だがれみりゃには、それらが食べられるものなのかどうか、わからなかった。
  飛んでいるうちに、幼いれみりゃの頭には、楽天的な想像がわいてきた。
  ――さくや、おむかえにきたかなー。
  ――れいむが、うまうまもってきたかな。
  ――なんにもなくても、ゆっぐぅーすればいいやー。
  すると、なんとかなるような気がして、れみりゃは倒木のところへ舞い戻った。
 「れーむー♪」
 「ゆゆっ、れみぃ、なにかみつかった?」
  れいむが出てきた。れみりゃは、彼女を押し戻すようにして、倒木の下へ入る。きっとなにかがあるはずだった。さくやかれいむが食べ物を見つけているはずだった。
  だが、そこには何もなかった。乾いた土に囲まれて、落ち葉の積もったくぼみがあるだけ。
  それは当然なのだが、今までほとんど苦労もなく可愛がられてきたれみりゃには、大きなショックだった。
  ゆっくりたちに袋叩きにされ、れみりゃたちにもいじめられ、一日中逃げ回った苦労が、ずっしりと効いてきた。
  後からきたれいむが気を使うように聞いた。
 「れみぃ……なんにもみつからなかった?」
 「ううう…うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、あ゛ーーーーーーーーーーー!」
  れみりゃはとうとう泣き出した。
 「あ゛あ゛あーーー、おなかずいだぁぁぁぁ、あ゛ーーーーーーーーーーーーーー!!!」
  立ち尽くしたまま思い切り口を開けて、ひたすら泣きわめく。
 「あ゛ーあ゛ーあ゛ー、あ゛ーーーーーーーー! もう、や゛ーーーーーーーーー!!!
  いだいーーーー!!! づーかーれだあああああ!!!
  ね゛ーーーむ゛ーーーいーーーーー!!!!
  おながずいだのおおーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
  ねたいねたいねたいねたいねたい、ねだーーーーーーーーーーーーーい!!!」
 「れ、れみぃ、ゆっくり……」
  振り向いたれみりゃは、れいむをにらんだ。たかが彼女一人を助けようとしたから、こんな目に遭うことになったのだ。憎悪が膨れ上がった。抑えきれずにぶつけた。
 「れーむの、ばかぁぁぁぁぁ!!!」
  肉まんの顔を真っ赤に染めて、やわらかなぷにぷにした手で、れいむをぶつ。
  何度も何度も、べちべちとぶちまくった。
 「ゆ、いだっ、いたいよ、れみぃ」
 「ばぁーーーーーーーかーーーーーーーーーーーーー!!!
  あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」
 「やめっ、だめ、れいむつぶれちゃ、だっ、だめっ!」
  思わず、だろう。れいむがびょんと跳ねた。
  それがれみりゃの顔面にまともに当たった。れみりゃは後ろへころんとひっくり返り、壁でぼにょんと頭を打つ。
  そのまま立ち上がる気力もなく、れみりゃは火がついたように喚き続けた。
 「 あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!
   あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!
   うあ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」
  そしていつしか、疲れ果てたれみりゃは大の字に眠り込んでしまった。
 
  ちょろちょろと水の流れる音、湿った冷たい空気を感じて、れみりゃは目が覚めた。
 「う゛ー……?」
 「ゆっくりねた? れみぃ」
  すぐ隣に、依然としてれいむがいた。前方には、外の景色が見えた。
  大粒の雨がばらばらと降っていた。
 「あめ!」
 「ゆっくり降っているよ!!!」 
  れいむが言ったが、その口調には何かやけになったようなところがあった。
  ゆっくりれいむも、ゆっくりれみりゃも、雨が苦手だ。多少なら大丈夫だが、十分も動き回ると、体がぐずぐずになってしまう。
  だから、雨の日は外に出られない。
  しかしこの場合、それは飢えとの戦いを意味した。
  丸一日以上何も食べていないれみりゃは、目を覚ましたものの、朦朧としていた。肩が接するほど近くにいる友達のことが、やけに気になった。
  ぴとぴとと頬に触れて、揉んでみた。依然としてでこぼこしてはいたが、もちもちとして、とても魅力的な肌触りだった。
  ――うー……。
  もちもちとれみりゃはれいむの頬を揉み続けた。れいむが目を細めて、つぶやいた。
 「ゆゆ~、くすぐったいよぉ」
  れみりゃは顔を近づけた。かすかに甘い香りがした。舌の付け根から唾が湧いてきて、口の中が濡れた。ごくっ、と唾を飲み込んだ。もちもちとつまむ指に、力が入った。
 「どうしたの? れみぃ」
  れいむがぐるりと振り向いた。彼女と目があった。れみりゃは急に、とても悪いことをしていた気分になった。おびえるように後ずさった。
 「ううん、なんにもー……」
 「れみぃ、へんなの!!!」
  れいむが笑って、向こうをむいた。
  れみりゃはしばらくの間、膝を抱えて奥を向いていた。
  雨は降り続いた。灰色の光に満ちていた森が、だんだん暗くなり、やがてそのまま夜に滑り込んでも、まだ降っていた。
  れいむがれみりゃのほうに寄ってきて、言った。
 「下がぬれてきたから、ゆっくり奥によってね!」
 「うぅ」
  れみりゃは生返事をして、体を縮めた。
  おなかが減っていた。猛 烈 に減っていた。生まれてこの方、二日間何も食べなかったことなど、一度もなかった。昨日までぽっこりしていたおなかに触ると、服がべこべこと余っていた。あまりの空腹に、自分のお肉まで減り始めているのだ。
 「うぅぅ……おなが……ずいだ……」
  れみりゃはだらだらと泣き続けた。「れいむもだよ!」という、小さな叫びが聞こえた。
  眠ったのか、気絶したのか、わからない。れみりゃは一度、意識を失った。
  次に目覚めたのは、まだ夜が明ける前だった。空腹感を通り越して、しくしくと差し込むような痛みが腹部を襲っていた。寝てなどいられなかった。
  れみりゃは外を見た。雨は、こちらの切なる願いなど知らぬげに、今でもまだ降り続いていた。今日も食べ物が手に入る見込みはなさそうだった。
  このままだとまずい、という危機感が、際限なく膨れ上がっていた。
  なにか食べないと、死んでしまう。
  ほんとうに、しんでしまう。 
  死ぬのはいやだった。涙でぐずぐずになった顔で、れみりゃは弱弱しくいやいやをした。
  その拍子に、顔がもちもちしたものに触れた。
 「あ……ぶっ」
  反射的に、食いちぎった。口の中に、ぽろりとかけらが落ちてきた。もぐもぐと噛むと、味が染み出して、唾液に混ざった。じわぁ、と舌の付け根が震えた。
  甘みがこれほど嬉しいとは、知らなかった。その味は腹に染み渡り、喜びとなって体の隅々まで伝わった。れみりゃの頭は、あっという間にその味で染まった。強烈な欲求が湧き起こった。
  たべたい。
  たべなきゃ。
  たべる。これ、たべる、たべて、もぐもぐして、おなかいっぱいになる。
 「ああーん――むっ!」
 「ゆぐっ!?」
  二口目を噛み切ったとたん、声が聞こえた。それを耳にしたれみりゃの心に、悲鳴のような叫びが起こった。
  ――これ、れーむ! おともだちのれーむ!!
  自分が友達を食べていることに気づいて、れみりゃは凍りついた。
  ともだち。
  いっしょに遊んだともだち。
  助けてくれた、なかよくしてくれた。
  たべると、いなくなっちゃう。
  凍りついたまま、れみりゃはぼろぼろと泣き始めた。奇怪なことに、声はまったく出さなかった。ただ笑顔のままで目尻から大粒の水をこぼし続けた。
  それは葛藤の涙だった。
  片方に、命に関わるとてつもなく強い欲求がある。
  片方に、命をかけて助けた友達がいる。
  どちらも、れみりゃの手には負えないほど重いものだった。その二つにのしかかられて、れみりゃは泣くことしかできなかったのだ。
  その時、小さなささやき声が聞こえた。
 「いまの、れみぃ?」
 「……れーむ」
 「れみぃ、おなかすいたよね。ゆっくりがまんしていたよね。れいむを抱っこして、あんなにいっぱい、飛んでくれたもんね」
  れいむは振り向かなかった。頬を向けたままで、ぽつりと言った。
 「ちょっとだけだよ」
 「れーむ?」
 「――ゆっくりたべてね!!!」
  頬がかすかに、震えていた。
  れみりゃは最初、相手の言っていることがわからなかった。たべて、という言葉の意味すら忘れていた。
  やがてそれをじんわりと思い出すと、そっと手を伸ばして、またひとつかみ、頬をちぎった。ぶるっ! とれいむは震えたが、何も言わなかった。
  それを食べ、飲み込んだ。
  おいしかった。今まで食べたどんなゆっくりよりおいしかった。
  もう止まらなかった。れみりゃは大きく口を開け、れいむの頬にかぶりついた。ひと口、ふた口、み口。よく噛んで、飲み込んだ。しくしくと痛んでいた腹に、やわらかなものが落ちていって、しっかりと溜まった。そこが目覚め、活発に動き出した。ぎゅるるるぅ、と音がした。
  もっと食べたかった。もっともっと。何口でも。おなかいっぱいになるまで!
  れみりゃは恐ろしい勢いで、食い進んだ。ひと口かじるたびに相手は震えていたが、やがて震えが止まらなくなった。ぶるぶると震えっぱなしになった。頬を食っていたれみりゃは、食べにくくなったので、前へ回ろうとした。
  きつくきつく歯を食いしばったれいむが、目を閉じて声もなく泣いていた。その顔は、普段の白い顔色とくらべても、なおぞっとするほど青白かった。
  それを目にしたれみりゃは、動きを止めた。
  自分が食っていた頬に目を戻した。そこにはすでに、りんごが入りそうなほどのくぼみができていた。それどころか中心部では皮を食い破って、餡子にまで達していた。
  れいむがふと目を開け、細かく震えたまま、尋ねた。
 「も、もういいの?」
 「う、うー……」
 「じゃあ、ゆっくりするね!」
  そうつぶやいてすぐ、れいむは目の焦点を失ってしまった。丸い体から力が抜け、穴の開いた風船のようにぐったりとしぼむ。
  痛みのあまり気絶してしまったのだ。
 「れーむ、れーむれーむ!」
  れみりゃは自分がどんなにおろかなことをしてしまったのかに気付いた。ゆっくりを餡子が見えるようなところまで食べてしまったら、瀕死になるのは当たり前だ。数え切れないほどゆっくりを食べてきたのに、そんなことも忘れていた。れいむなら大丈夫だと思っていた。大丈夫だから食べてと言ったのだと思った。
  そんなわけがない、れいむだって食べられれば痛いのだ。苦しいのだ。けれど、れみりゃが好きだから、食べさせてくれたのだ。
  それなのに自分は、ちょっとだけと言われたのに、われをわすれて、がつがつとむさぼってしまった。ひとりしかいない友達を!
  ぐったりしたれいむを抱きしめて、れみりゃは穴を押さえようとした。だが、力をかけてしまったために、かえってそこから餡子がどろりと漏れ出した。れみりゃはパニックになり、彼女を抱いたまま、くぼみから出てうろうろと歩き出した。いつの間にか雨はやんでいたが、それにも気付かなかった。
 「れーむ、れーむ、しんじゃだめ!」
  歩き出したのは、咲夜に助けてもらうためだった。だが少し行ったところで、紅魔館に近づけないことを思い出した。紅魔館がダメとなると、もうどこへ行ったらいいのかわからない。だがくぼみに戻ると、また閉じこめられて、おなかが空いてしまう。
  木の根に足を取られて、どぺんと転んだ。ごろんごろんとれいむが転がる。あわててかけよって、助け上げた。泥まみれになって、ひうひうと隙間風のような息を漏らしていた。それをみるとますます切迫した気持ちになって、れみりゃは短い足で必死に走り出した。
 「れーむ、れーむ!」
  知る人が見れば驚いたろう。ゆっくりれみりゃと言えば何よりもわがままで泣き虫で、少しでも困ったことがあると、ひっくり返って泣きわめくしかない役立たずだ。
  それが、必死の顔で泥まみれのゆっくりれいむを抱きしめて、自分も泥と湿気でぐちゃぐちゃになりながら、一心に森の中を走っていくのだから。
  何度も転び、れみりゃ自身の皮もどよどよに溶け始めた。それでもれみりゃは止まらなかった。何 か を し な き ゃ と強く思っていた。何をすればいいのかわからないけれど、とにかく泣きわめく以外の何かを。
  幻想郷には、神様がいる。――あるいは、その一人がたまたま、目をかけてくれたのかもしれない。
 「うあっ!?」
  十何度目かにれみりゃが転んだ時、その先には、地面がなかった。ゆるやかな下り坂がどこまでも続いていた。れみりゃは頭からつんのめって転がりだした。
 「うあーーーーーーーーーーっ!?」
  悲鳴を上げてごろごろ転がりながらも、れいむだけはしっかり抱きしめて離さなかった。
  こわい犬をやっつけてくれたれいむ。
  鬼ごっこや隠れんぼを教えてくれたれいむ。
  いっしょうけんめい、ゆっくりの仲間に加えてくれようとしたれいむ。
  ほっぺたを食べさせてくれたれいむ!
  れみりゃは、他のどんなれみりゃにもありえない根性で、れいむを守り抜いた。
  石にぶつかり、木の枝にひっかかり、泥と落ち葉と虫にまみれて、どろどろのぐちゃぐちゃになった状態で、れみりゃは斜面の下まで転がっていった。
  木立が途切れ、平らな地面にたどりついた。玉砂利の上でバウンドして、さらにれみりゃは傷ついた。延々と転がって、石畳の上までたどりついて、そこでようやく勢いを失った。
  最後に、木の柱にどんとぶつかって、とうとうれみりゃは停止した。
  それでもなお、抱きしめたものだけは離さなかった。
  やがて小鳥たちが鳴き始め、夜と霧が晴れていった。朝日が、そのぼろくずのようなものを照らした。
  ザッ、ザッ、という音が近づいてきた。
  箒の音だ。
  それは、そばまで来ると動きを止めた。いぶかしげな声がした。
 「……なんなの、これ」
  その声は奇跡的に、れみりゃの耳に入った。れみりゃは丸めた体をごわごわと伸ばし、抱いていたものを声のほうに押し出した。
 「……ゆっ、ぐぅ……」
 「うわ、しゃべった。――なに?」
 「ゆっぐぅ、させ……て」
 「……ゆっくり? これゆっくりなの? ――ほんとだ、リボンないけど私のと同じゆっくりだ」
  その言葉のあとに、驚いたような叫びが上がった。
 「って、あんたレミリアのゆっくりじゃない!? なんでそんなのがコレ抱っこしてんのよ? あんたらって、この子を食べるんじゃないの? ねえ、ちょっと!」
  ゆっくりれみりゃは、気絶した。
 
 「お邪魔するわね。……って、これ、何かしら?」
 「それ私と同じリアクション」
 「いえ、あの、本気で……。これは雑巾? それとも牛の糞?」
 「ゆっくりよ。レミリアの」
 「ええ? どれどれ……あら、本当。ゆっくりね。いわゆるゆっくりれみりゃかしら。一応生きてはいるみたい。どうしたの、紅魔館から盗んできたの?」
 「自分で来たのよ。神社の裏に」
 「へぇ。それとこっちは……ゆっくりれいむね、このふてぶてしい顔は」
 「モデル本人を目の前にしてそういうこと言う」
 「あら、不愉快? 同じのをペットにしてるぐらいだから好きなのかと」
 「ペットと同じ顔と言われて喜ぶ飼い主は多くないと思うわ」
 「ふふ、そうかしら。……それにしても、よくもここまで汚れたものね。泥どろのぐちゃぐちゃじゃない。洗濯機に十回ぐらい放り込んでもまだ綺麗になりそうもないわ。あら、でもそんなことをしたら型崩れしてミンチになってしまうわね」
 「のんきなたとえ話をしてる場合じゃないわ。早く治してよ」
 「治す?」
 「ええ」
 「何を?」
 「ソレとソレを」
 「誰が?」
 「何のためにお医者を呼んだと思うの八意先生」
 「この小汚い生き物未満食品以上を、私が?」
 「そう言われるのは想像がついてたけれど、そこを曲げてなんとかしてほしいのよ。私だってこんな小汚い妖怪未満物質以上に触りたくないけれど、そいつは別なの」
 「別って一体どういうことかしら」
 「ちょっとね。ただの感傷よ。――でも、こう言えばあなたにもわかるかしら? その子は、そっちの子を抱えて、裏の山の上から転がり落ちてきた。自分の身を省みず」
 「……」
 「どう?」
 「……ま、珍しい例だから、やってあげなくもないわ。その代わり――」
 「はいはい、お代ね。どうぞ」
 「何かしら」
 「お呼び出しチケット三回分。永遠亭に誰か厄介者が来たら、引き受けてあげる」
 「……お父さんの肩たたき券か」
 「そう言わずに」
 「転売するという手もあるわね。買い手は多そう」
 「するな!」
 
  暖かい日差しを浴びて、ゆっくりれみりゃは目を覚ました。白い紙の壁を透かして、明るい陽光が差している。紅魔館ではついぞ見かけなかった、不思議な壁だ。それが「障子」というものだと、その後長く暮らすうちにれみりゃは知る。
  畳に置かれた、段ボールの箱の中だ。下には清潔なタオルが敷いてある。体のあちこちがずきずき痛む。だが手で触れると、どの傷にも丁寧に膏薬が張られていた。三日も経たないうちに傷は塞がる。
  身を起こすと、そばに皿が二つおいてあった。水の皿と、白いドロドロの入った皿。張られた符がぼんやりと光を放ち、中身の温かみを保っている。「おかゆ」という言葉を、れみりゃはこれから三十分以内に覚える。
  食べ物だ。そうと気付いた。
  しかし、それに手を伸ばすより早く、れみりゃは大事なもののことを思い出した。きょろきょろと周囲を見回して、叫ぶ。
 「れーむ、どこー!?」
 「ゆっ?」
  室内に置かれていたもうひとつの箱の中から声がして、ぴょこりと丸い頭が覗いた。
 「ここだよ、れみぃ!」
 「れーむ!」
  れみりゃは食べ物を後回しにして、ひと跳びにそちらの箱に飛び込んだ。見れば、れいむの頬にも膏薬が張られ、あの忌まわしい傷がきちんと塞がれていた。
  れみりゃは彼女を抱き上げておそるおそる言う。
 「れーむ、ごめんね! いたいいたいして、ごめんね?」
  れいむはにっこり笑って答える。
 「いいよ、れみぃ! れみぃがげんきで、ほんとによかったよ!」
  れみりゃはしっかりれいむを抱きしめる。ばいんばいん、ととても元気に友達は跳ねた。
 
  廊下でそれを聞いた紅白の巫女が、腕に抱いた自分のゆっくりと顔を見合わせる。
 「ゆっくりしていってね、と」
  それから博麗神社での暮らし方を教えるために、障子を開けて入っていった。
 
 
  fin.
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 ああ長引いたっていうか、これゆっくりを愛でてねぇー!
 ゆっくりがイヤというほど苦労する放浪譚でした。
 食い合う関係って素敵ですよね。
 なお、この話の巫女と神社は、某少女隊氏のところの設定に合わせました。
 YT
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 - 泣いてしまった  -- nobody  (2008-09-16 12:03:28)
 - 涙が出た、よい作品をありがとうです  -- ine  (2008-09-23 11:58:53)
 - れみりゃとゆっくりの葛藤モノ、作品として珍しいのでまたこういうの是非みたいです~  -- ine  (2008-09-23 12:46:31)
 - アニメの狼と羊を思い出した  -- 名無しさん  (2008-09-28 00:39:38)
 - 全 俺 が 泣 い た  -- 名無しさん  (2008-10-25 12:13:36)
 - 『あらしのよるに』を思い浮かべたのは自分だけじゃないはず  -- 両刀お兄さん(虐待と愛での)  (2009-01-22 16:50:04)
 - 泣いた  -- 名無しさん  (2009-08-05 17:06:55)
 - いい話だ・・・  -- 名無しさん  (2010-06-03 14:01:37)
 - 『あらしのよるに』以外のたとえ方を俺に教えてくれ  -- 名無しさん  (2010-06-07 20:54:09)
 - 切なくも良い話。ハッピーエンドで良かった。  -- 名無しさん  (2010-11-27 14:13:46)
 - すまん皆言わせてくれ 群れのゆっくりどもストレスがマッハだ  -- 名無しさん  (2011-04-27 18:41:31)
+- いい話だ···全編朗読しようとやってみたら3割読んだところでろれつが回らなくなってギブしたwおそるべしww。  -- 名無しさん  (2011-10-24 22:06:39)
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