人として袖が触れている 2話

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  • 2.ジョン・タイターは平安時代の夢を見るか?


 南庭で管弦の宴はすでに始まっていた。
 御簾の向こうから流れる琵琶や琴の音色が不思議と交じり合い、辺りを支配しているのが分かる。
 賑々しく開かれているその宴に、ようやく私たちも加わる。
「遅いぞ、こなた」
「申し訳ありません、準備に手間取ってしまって」
 つかさと一緒に深々と頭を下げる。
 当の本人は知らん顔なのだから、他に謝る人なんて居ないし。
 この遅刻には理由があった。
 唐衣に裳をつけた正式な女装束(俗に言う十二単)を着せようとしたところで、こなたがまた逃走を図ったからだ。
 どうやら、この宴にはあまり出たくないらしい。
「もう皆さんいらっしゃってるじゃないか」
「いやははっ、大丈夫大丈夫。ばれないって」
 と笑いながら自分も大臣様の隣りに腰掛ける。
 まぁ主催者側はいつも御簾のこちら側に居るわけだから、向こうから見えることはない。
 まさか今頃遅刻してやってきたなど誰も思うまい。
 集まってきた公達も篝火のもとで酒を飲み交わし、音楽に耳を傾けるぐらいなのだから当然といえば当然か。
 そんな中で自分の体重の半分はあろうかという正装をさせられたこなたは、面白いはずもないだろう。
 ロクに身動きも出来ず、ただ騒がしい宴会を見るだけなのだから。
 ……。
 その時、また違和感。
 まただよ、何なんだろう一体。
 ちゃんと家族三人仲良く座ってるだけ、和やかな風景じゃないか……ん?
 三人?
「次は遅刻したら駄目よ、こなた」
「はぁーい」
 あれ?
 聞き覚えのない声に耳が反応する。
 体は勝手にこなたの後ろに控える形になっているが、五感ぐらいははっきりする。
 えと、今の声は……だれ?
 声は確かに、大臣様の隣り……こなたとは逆側から聞こえてきた。
「かなた……あまり甘やかさないでやってくれ」
 そこには居た。
 まるでそう……こなたがそのまま、比率がおかしくなったような。
 雰囲気は違えど、幼い顔立ちは確実に彼女を連想させる。
 話は、学校とかでこなたから聞いた事がある。
 夢の中の私の記憶の中にも、確かに彼女は存在している。
 へぇ、こんな顔してたんだ。というのが最初の感想。
 あれよね? こなたの母親の……かなたさん、だっけ。
 今は奥様、かな。
 でもやっぱり……違和感。
 どうして、ここに居るの?
 ……。
 まぁ、夢だし何でもありよね。
「ほら、見てみなさいこなた。あの笛を吹いていたのが白石卿宮の第二子、将来有望じゃあないか」
 と、うだつの上がらなそうな青年を指差す大臣様。
 管弦の宴、と銘打ってはいるが言ってみればこれはお見合いの宴。
 将来有望な若い公達を集めては、娘と結ばせようという大臣様の企みなわけだ。
「ふーん」
 まぁその企みも、こうアクビで受け流されては意味もないけど。
 ああ、また体の方の私も安心してるし。
 いい加減ウザったいたらないわ、これ。
 こなたの前だと一喜一憂が激しすぎて、私にまで影響してくるんだから。
「今宵はお招きいただき光栄に存じます、大納言殿」
 と、今まで笛を吹いていたそのうだつの上がらないのがわざわざ寝殿の階(きざはし)の下まで着て控える。
「いやいや、こちらこそわざわざ出向いていただいて恐悦至極」
 大臣様もそれに定例の言葉で返す。
「こなた姫様は琴の達人だとお聞きいたします、ぜひ私と合奏を」
「んげっ」
 その男の提案に、こなたが声を漏らす。
 無論、琴の達人などというのは嘘。
 最初の稽古から飽きてほとんどやらなくなったのに、噂が一人歩きしたらしい。
「どうだい、こなた。いい機会じゃないか」
 大臣様がにやけているのが分かる。
 これを機会に二人の仲が進展すればとでも考えてるらしい……本当、こっちのおじさんはなんか情けないな。
「はぁ……仕方ないなぁ」
 と、私のほうを向き手招きをする。
 そして耳打ち。
 この時代、貴族の女性は生の声を聞かせないのが美徳とされている。
 なので受け答えなどは、女房が代わりにするわけだ。
「おとといきやがれ、って言っといて」
 ……この野郎。
 とりあえず頷き、御簾のところまで裾を引きずりながら歩いていく。
 まぁでも確かに、こんな酒で真っ赤になった魂胆まるみえの顔の男は嫌だろう。
「大変光栄な申し出ではありますが、ただいま指を痛めております。どうかご容赦を」
 と、優雅に言っておいた。
 これもまた、優雅な女房の務め……か。


「はぁー、疲れたぁー」
 長かった宴を終え、寝床に項垂れるこなた。
 ああほら、まず着替えないと。
「もー駄目ー、脱がせてー」
 と体を引っ張り起こすと、また甘えてくる。
 仕方なくつかさと二人で重い単を一枚ずつ剥がしていく。
 まぁこんなの着させられちゃ疲れるか。
 20キロとか言ってたっけ、あな恐ろしや。
「ふぃー楽ちん楽ちん」
 ようやく小袖姿にまで脱げたところでもう一度寝床に突っ込む。
 今はもう大臣様も奥様も寝室に下がり、邸の中は女房や雑色たちが片付けに追われているところだろう。
 その点で言うと、私やつかさは運がいいのかも。
 こうやってお守りをするだけで、その片付けから逃れられるわけだから。
「お疲れ様、こなちゃん」
「もー本当、お疲れだよ。つかさ、代わってー」
「あはは、ゴメン無理ー」
 寝室には私とこなたとつかさの三人だけ。
 誰にも気兼ねする必要はなく、口調もいつものように。
 もっとも今は脱ぎ散らかした単をまとめているところだけど。
「折角の宴だってのに雲行きは悪いし、最悪だよねー」
「うん、お月様でも出てれば綺麗だったのにね」
 確かに空はまだ曇っている。
 篝火がいやに印象的だったのはその所為か。
 まぁ、そんなのはいいや。
「ちゃんと休んでおきなさいよ、明日は雪姫様のところに行くんでしょ?」
「んおお、そうだった」
 私の言葉に、つかさとじゃれていた手を止める。
 雪姫とは……まぁ、大体想像はつくでしょ? ここまできたら。
 私とこなた、つかさ、雪姫……みゆきは、幼い頃からの親友だったらしい。
 あの頃は良かったなぁ。
 女房や主人と言った気兼ねもなく、ただ遊んでた。
 よく四人で邸を抜け出しては、怒られたっけ。
 ……と、私が昔を懐かしむのはおかしいか。
 どうせこれは、夢の中の私の記憶なんだし。
 二つ思い出があると、結構厄介なものね。
「じゃあ、ちゃんと寝るのよ」
「へいへーい」
「じゃあおやすみ、こなちゃん」
 宴で疲れていたのか、いつもの素直だった。
 いつもならもうちょっと遊んでー、とか言ってくるんだけど。
 私とつかさも、自分たちの寝室へと帰ることに。
 さすがにあれよね。
 言葉はおかしいが、寝れば目も覚めるはず。
 そしたら平安の夢も終わりか、結構楽しかったかな。
 でも聞いたその日にその夢を見るなんて……結構ロマンチストじゃん、私も。
 と、不意に曇った空を見上げた時だった。
 ――事件は、起きた。
「えっ?」
「?」
 素っ頓狂に上げた声に、つかさが振り向く。
 そして私の見ていた方向を見て、声をあげる。
「あっ、今頃出てきたね……お月様」
 私とつかさが見上げるその先には、丸いお月様が光っていた。
 どうやら空を覆っていた雲が、晴れてきたらしい。
 いや問題は、それじゃない。
 あれ?
 どうしてだろう。
 この、感覚は……。
「つ……か、さ?」
「うん?」
 口から声が出た。
 当たり前? いいや、違う。
 だって私は今の今まで、『声が出なかった』はずだ。
 喋っていたのはずっと私じゃなくて、あくまで体の……夢の中の私。
 その……はずだったのに。
 今、確かに私の声が言葉となって口から漏れた。
 いや、口だけじゃない。
 手も、足も……全てが私の思うまま。
「どーかしたの? お姉ちゃん」
「えっ、あ、えと……」
 どうしよう。
 確かに自由に動ければ最高なのに、とは思っていた。
 でもいきなり傍観者から舞台に立たされたって、何も出来やしない。
 それより私を襲っているのは、突然の異変への不安。
 どうして……こんな事に?
「な、何でもないわ……私たちもはやく寝ましょう」
「うん、そーだね」
 そうだ……これは、あくまで夢。
 何が起きても不思議じゃないはず。
 もういいから、早く目を覚ましてしまおう。
 ほら、私だって宴で疲れてもう眠たくなってきたし。
 寝床で寝て、覚めたらきっとまたいつもの日常が返ってくる。
 そして学校で笑うんだ、こなたがお姫様だったー。なんて言って。
 こなたは何ていうかな? そうそう、これこそ浪漫のある話じゃないか。
 浪漫がないなんて、もう言われないでしょこれで。
 ……うん、そうだ。
 はやく……寝よう。
「あれ?」
 だけど事態は……そう簡単に収束してはくれなかった。
 私の部屋の前まで来て、つかさが声を上げる。
「どうかしたの?」
「あはは、お姉ちゃんにまた文が着てるよ」
「文?」
 見ると扉には、何かが挟まっていた。
 昼見たときはこんなものはなかったはず。
 おそらく文使いが私が居ない時に来て、置いていったのだろう。
「お姉ちゃんもてるもんねー、そろそろ結婚でもして落ち着いたら?」
 と、扉から文を抜き取り私に手渡す。
「あははっ、無粋だったかなー。じゃあ私も部屋に戻るね」
「ん……うん、おやすみ」
 そして笑いながらつかさも去っていく。
 文、かぁ……包んでる紙には何も書いてないけど、私宛と思ってもいいのかな。
 恋文よね、こういうのは普通。
 つかさが言うには夢の中の私はもてるらしいし。
 いい事じゃないか、どの道私なんだし。
 夢から覚める前に、最後のお楽しみだとでも言うつもりかな?
 まぁ恋文なんだから、悪い気はしないか。
 最後の思い出に私宛の恋文を読みながら、現実に戻るとしよう。
 ……。
 この時私は正直浮かれていた。
 初めての恋文、ということもあって。
 どうせ中には読めないような汚い字で、チグハグな恋歌が綴ってあるのだろう。
 それもまた一興か、と部屋で一人……心を躍らせてその文を開けた。
 でも……私を襲ったのは、恐怖でしかなかった。
『警告』
 ……あれ?
 最初の一言に、思わず目が丸くなる。
 時代に似合わない綺麗な赤い字が、そこには浮き出ていた。
 違和感を覚えたのはまず、紙。
 おかしい。
 これは……ノートだ。
 それも大学ノートの、切れ端。
 そんなものが、この平安の時代にあるわけがない。
 それにこの字も、冷静に考えればおかしい。
 この時代の字が、こんなワープロで打ったような綺麗な明朝体のはずがない。
『これは夢ではありません』
 そしてそこに書かれた言葉に、心臓が跳ね上がる。
 まるで、私の心を読んでいるかのような一文。
 私の背筋に汗が伝っていくのが分かる。
 そんなはずないでしょ?
 夢じゃない?
 はっ、馬鹿げてる。
 何回も言ってるじゃない、こんなことが現実にあるはずがない。
 ここが本当の平安時代だって? 馬鹿にしすぎよ。
 タイムトラベルなんて、もう古い言葉。時代錯誤も甚だしい。
 大体こんな大学ノートの切れ端が、ここにある時点でおかしいじゃない。
 つまりこれも、夢の産物。
 あっはっは、馬鹿ね。警告文が墓穴を掘ってるじゃない。
 続きにも色々書いてあるけど、こんな紙気にする事ないか。
 さっさと起きて学校に行かなきゃ。
 そのまま勢いよくノートをビリビリに破き、丸めて辺りに投げる。
 そして寝床に格好も気にせずこなたのように突っ込む。
 さようなら、平安の夜の夢。
 なかなか楽しかったけど、オチがいまいちだったわ。
 次は同じ優雅でも、ヨーロッパの貴族とかがいいな。
 ……そんな夢を期待しながら目を閉じた。
 明日に、いつもの日常がある事を信じて。



■破り捨てられたノート

(続)













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