「……暑い」
 私の口から思わず声が漏れる。
 部屋の人口密度は二人でも、パソコンから漏れる熱が温度を上げてるに違いない。
 まったく、何であんたのパソコンはいつもつけっぱなしなのよ。
 省エネって言葉を知らないの? まぁ、人の家の事だからいいけど。
「あははゴメンねー、クーラー壊れちゃっててさ。扇風機で我慢してよ」
 そう言って部屋の主――こなたが寂しく首を振っている扇風機を叩く。
 夏休みだというのに、こんな狭い部屋でこなたと勉強会。
 といっても、例のごとく私のを写すだけなんだけど。
「ふひー疲れたー、もう駄目休憩ー」
 そして例のごとく、集中力が続かず机に項垂れるこなた。
 まったく、相変わらずなんだから。
 まぁ私は終わってるから、あんたの宿題が終わるのが長引くだけなんだけど。
「でも確かに熱いねー、ちょっと風強くしよっか」
 と立ち上がり、扇風機のつまみを回す。
「あ、ついでになんか持って来るよ。麦茶でいい?」
「んー、あーお願い」
 確かにこう熱いと、こなたじゃなくてもやる気が出ないか。
 群馬かどっかではもっと酷い事になってるとかニュースで言ってたっけ、想像もつかないや。
 こなたもちょっとは戻ってこないし、扇風機の首も固定。
 そのまま教科書を枕に寝転がる。
 首振りを固定に変えただけでも、まるで違うもの。
 肌を打つ風は心地よく、眠気も襲ってくる。
 ああ、そういえば昨日も遅くまでラノベ読んでたっけ。
 少しぐらいはいいか、どうせこなたが写してるのを待ってるだけだし。
 ……。
 なんだろう。
 少し、息苦しい。
 というか、息が上手く出来ない。
 口の中を何かが暴れてる感覚は、そこから痺れていくような錯覚を覚える。
 ああ、分かった。
 今……キスされてる。
 目が覚めてるのに……夢の中みたい。
 少しして、その口の感覚が消える。
 それと同時に目を開けると、こなたが居た。
 まぁ……今この家には、他に誰も居ないのだけど。
「目、覚めた?」
「……おかげさまで」


 軽く嫌味を言ってやる。
 もうちょっと長くても、とか思ったのは絶対言ってやるもんか。
 体を起こすと、妙に距離が近かった。
 もう本当に、目と鼻の先。
「じゃあ、改めて」
 何が『じゃあ』なのか突っ込む前に、私の唇が奪われた。
 汗と唾液が混じりあい、体は痺れていく。
 もう、暑さなんてどうでもよかった。
 むしろ扇風機の風が、邪魔なくらいに。
 ただこの快楽に、身を任せていたかった。
 でもその時間は、有限。
「あ……」
 また彼女の唇が離れ、未練がましく口から声を漏らす。
「さすがにあっついねー」
 と、また自分の所定の位置に戻るこなた。
 何時の間にか机には、二人分のコップが置かれていた。
「ん、まだしたかった?」
「……別に」
 こなたが悪戯に笑う。
 絶対言ってやるもんか。
 もうちょっとしたかった、なんて。
 まだ、体の奥が熱い。
 部屋の気温の所為だけじゃない、今のキスに決まってる。
 麦茶でその熱を誤魔化すが、そう簡単には行かない。
 私はそんななのに、目の前で黙々と宿題を写してるこなたが気に入らない。
 大体今日だってそう。
 宿題写させて、って言うから家に来たらおじさんも居ないし。
 ゆたかちゃんは実家の方に帰ってるらしいし。
 つまりは二人きり。
 そんな所に「勉強しに来ない?」と誘われたらどうする?
 結果はそれごらんのとおり。
 その状況に、こなたは……人の気も知らないで、せっせと宿題を写してる。
 私は慌ててばっかりで、馬鹿みたい。
「ねぇ、こなた」
「うんー?」
 せっせと宿題を写しながら、返事だけはする。
 顔ぐらいこっち見てもいいのに。
「私が男だったら……良かった?」
「ふぇ?」


 言ってやった。
 ずっと聞けなくて、聞けなかった事。
 私たちではどうにもならない、ただの妄言。
 それに反応して、素っ頓狂な声と共に手が止まる。
「そしたら、ほら。キスだけじゃなくて、色々……その、出来るし」
 ゴニョゴニョと語尾が消えていくのが自分でも分かる。
 駄目だ、顔を見れなくなってきた。
「んー、確かに男っぽいかがみも面白そうかなー」
 とか笑われる。
 うう、人がかなり勇気振り絞ったっていうのに。
「でも、そんなのかがみじゃないじゃん? 私はかがみがかがみだから、好きなんだよ」
「へっ……?」
 またこなたが作業に戻る。
 私の頭を沸騰させたままで。
 い、いや。そりゃまぁ、何回か言われてきたけどさ。
 今の不意打ちはなんていうか……ずるい。
「どったの? 急にそんなこと」
「だ、だって……」
 人の顔も見ないで今度はこなたから。
 まだ頭の中が混乱してるため、言葉が上手く出て行かない。
 だから、思わず言ってしまった。
 ……本音を。
「だって、私ばっかり……好き、みたいでさ」
『あの日』、私が言った。
 好きだと言った。
 そしてこなたは言ってくれた。
 好きだと言ってくれた。
 キスをしてくれた。
 だけどそんなんじゃ……分かんない。
 一緒に居るだけじゃ、分かんない。
 キスするだけじゃ、分かんない。
 そう……男の人だったら分かるのに。
 だって、確かに結ばれることが出来るから。
 確かに……繋がることが出来るから。
「ははぁ、なるほど」
 と、そこでシャーペンを置く。
 そしてようやく私の顔を見る。
 うっ、しまった……もう目を離せない。
 ちょっと怒ってるように見えるのは、気のせいじゃないと思う。
 そしてそのまま私の目の前に。


「えいっ」
「んがぁっ!」
 思いっきり指で額をはじかれた。
 地味に効くんだ、これ。
 てゆーか、何を突然……。
「いい? 一回こっきりしか言わないかんね」
「!」
 思いっきりこなたの顔が顔の前に。
 さっきも近かったけど、それの比じゃない。
 しかも逃げられないように顔を両手で掴まれた。
 眉間にシワが寄ってるのは、やっぱり怒ってるらしい。
 てゆーか息がかかってるって!
 鼻息も!
「わ、私はかがみより……」
 私の目の前で、私の目を見て……こなたがゆっくりと呟いた。
「かがみが思ってるより……かがみのこと、好きだから」
「え……」
 それが耳に入って、脳に届くまで時間があった。
 その隙にもう一度……唇が交わった。
 さっきよりは短く、優しいキス。
「……そんだけ」
 そしてまた、踵を返して自分の場所に戻るこなた。
 その表情は私と同じで……真っ赤だった。
 そうだ。
 私は何を迷っていたんだろう。
 何てことはない、彼女も……一緒だったんだ、私と。
 想いが届いてるのかただ心配で、冷静を装って。
 何だかそう考えると、可笑しい。
 どちらも探り探りで……何も出来なかったなんて。
「残念だったわね、こなた」
「?」
 もう一度、こなたが視線をあげる。
 大丈夫。
 もうまっすぐに、彼女が見える。
 あとは――言うだけ。
「私のほうが、あんたの事好きだから」


 それは恋という喜劇。
 愛という戯曲。
『あの日』現れた妖精は、私の瞳にオーベロンの媚薬を塗っていった。
 それは花の汁から作られた、魔法の媚薬。恋の媚薬。
 それをつけたらもう、彼女しか見えない。
 そのまま私は、こなたに告白した。
 さながら私はタイターニア。さながらこなたは……ロバでいいや。
 だけど、その媚薬を作ったのは私――どうして? 私がそれを望んだから。
 だけど、その媚薬を塗ったのは私――どうして? 私がそれを望んだから。
 さながら私はオーベロン。
 さながら私はパック。
 だから、物語は終わらない。
 タイターニアの恋は、終わらない。
 だって魔法を解けるのはオーベロンだけだから。
 ――どうして?
 私がそれを……望んだのだから。
 それは恋という魔法。
 愛という物語。
 物語はハッピーエンドとは限らない。
 物語はバッドエンドとは限らない。
 それを決めるのは、私――私たち。
 そう、これは私たちの物語。私たちの時間。私たちの夢。
『あの日』から始まった、終わらない夢物語。
 永遠の――ミッド・サマー・ナイト。

――ねぇ、『貴方』には分かる?
――私の瞳に、私が、私の媚薬を塗った『あの日』がいつか。
――ふふ、それが私からの宿題。
――オーベロン妖精王からの、タイターニア妖精王妃からの、その弟子からの……柊かがみからの課題。
――さぁ舞い踊れ妖精たち、妖精王の名の下に。
――永遠の夏の夜の夢が、終わるまで。














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  • 言い回しがすごい綺麗
    GJです -- 名無しさん (2008-08-15 12:25:21)
  • GJの一言につきます! -- 将来ニートになるかも (2007-10-23 00:18:11)

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