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二人の足跡 -アキハバラ1988-(2)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 その後もいろんな店をまわったけど、二人は何を買う気配も無く昼食へ。
 私たちも、二人と同じ店――「キッチンジロー」に入って、そのまま二人の様子を見ることにした。
「やー、まさかこの時代からここがあるとは」
「ホント、案外ここも長いんだ」
 小声で話しながら、少し騒がしい店を見回す私たち。
 こなたに連れられて秋葉原に来たけど、通りがかったことはあってもここに入ったことは無かった。
「とはいっても、ここらへんにはここしか無かったみたいだけど」
「確かに、お店が少なかったわね」
 私たちの時代の秋葉原にはファーストフードとかいっぱいあるけど、この時代はマクドナルドも
無いみたいで、こういう小さなレストランかラーメン屋ぐらいしかなかった。
「メイド喫茶が出来るのは、まだ十年ぐらい先だしねー」
「この時代からあったら怖いっての」
「ま、あるだけ有り難いってことで」
「そういうことそういうこと」
 そう締めて、左側をちらっと見てみる。
 かなたさんとそうじろうさんは、二つ向こう側の席でランチ中。
 私たちと同じぐらいのタイミングで頼んだみたいで、まだテーブルにはお水だけ。

「ごめんな、なかなかいいのが見つからなくて」
「ううん。こうやってそう君とお出かけできたんだもの」
「だったらいいんだが、疲れたらいつでも言ってくれよ」
「大丈夫、無理はしないよ」

 そんなやりとりを聞きながら、ふとこなたを見てみる。
 嬉しい時によく出てくるネコ口をしながら、まるで好きな音楽を聴いているように耳を傾け……
 でも……
「ねえ、こなた」
「うん?」
「こなたは……二人のやりとりを見て、聞いてるだけでいいの?」
 私は、さっかから心でくすぶっていたことを口にした。
「えー、だってさっき、会っちゃダメって感じで言ってたじゃん」
 ちょっとばかりぶーたれるこなた。確かにそう言ったから、反論はできないけど……
「そりゃ、さっきはそう言ったけど……こなたは、本当はどう思ってるの?」
「本当は……ねー」
 こなたはちょっと考え込むと、水を一口飲んでため息をついて……
「そりゃ、最初はかがみの鬼! とも思ったけど……でも、言われてみればたしかにそうで」
 苦笑いしてみせて、
「少し離れたところで二人を見てたら、それもいいかなーって思えて」
 いつものネコ口で首を傾げてみせて、
「でも、やっぱり話してみたくて……」
 また、苦笑いの表情に戻っていって、
「なんだろ、頭の中がぐるぐるしててよくわかんないや」
 あははと笑って、こなたはまた水を飲んだ。
 その表情を見て、ふと思うことがある。
”会っちゃダメ”じゃなくて、もっと別の方法があったんじゃないかって。
 そうすれば、さっきのやりとりの時にそうじろうさんやかなたさんとお喋りできるかもしれなかったし、
こなたの想いを抑えつけることもなかったかもしれない。
 私は、ただ気持ちが任せるままに……バカなことやっちゃったんだ。
「こなた、その……」
「うん?」
 そう思ったら、自然と、
「あの……ごめん、ね」
 唇が、滅多に出ない言葉を紡いでいた。
「か、かがみ?」
「こなたはかなたさんと喋ったことがないのに、抑えつけるようなことしちゃって……
こなたの気が済むようなこと、できなくて」
「ちょ、ちょっと待った、かがみ。それ違う、それ違うって」
「え?」
「かがみが止めてくれなかったら、あそこで終わってたかもしれない。こうやって、お父さんと
お母さんのことを見られるのはかがみのおかげなんだから、別に謝るようなことじゃないよ」
「こなた……」
 そう言うと、こなたはまたネコ口を見せてにんまりと笑った。
「第一さー、かがみにごめんって言葉は似合わないよ。いつもみたいにツンデレツンデレ
してなきゃかがみじゃないって」
「ツンデレ言うなっ! そして二回言うなっ!」
「そーそー、かがみはそれが一番。そうやって私のブレーキになってくれれば安心安心」
「まったく」
 でも……
「あんたとこうやってると、落ち込んでるヒマもないわ」
 こうやって、簡単に重い空気をぶっ壊しちゃうんだから。
「どういたしましてー」
「褒めてないっての」
 ホント、たいしたヤツ。
「お待たせしました。しょうが焼き定食とエビフライ定食です」
 その声に振り向くと、ウエイトレスさんが持っていたお盆を二つテーブルに置くところだった。
「おー来た来た。んじゃ、午後に向けて腹ごしらえといきますか」
「そうね」
「んで、ちょっとモノは相談なんだけど」
「あによ」
「私のエビフライ一本と、そのしょうが焼き半分のトレードはどうかなーって」
「甘い! そっちは三本なんだから三分の一!」
「えーそこをなんとかー」
「だめったらだめっ!」

 あー、ほんと図々しくて図太くてたいしたヤツですよコイツは。

 そうじろうさんとかなたさんが会計し終わったのを見計らって、私たちも会計を済ませて店を出る。
 まさか、こんな時におばあちゃんから貰った古いお札が頼りになるなんて……ほんと、感謝感謝。
 少し距離を取って二人を見てるのは変わらないけど、こなたのおかげで不安はすっかり解消。
今はただ、二人とこなたを見守ってあげないと。

「あ、あの店に入るみたいよ」
 結局、日比谷線の駅のほうに戻ってきた二人は一軒のショップへと入っていった。
 さっきはまだ開いてなかったけど、ワシントンホテルの横にもショップがあったんだ。
「あのお店って……コム?」
「こなた、知ってるの?」
「うん、私が四歳か五歳のときに無くなっちゃったんだけど、ここにもよく連れてきてもらってた」
「そうなんだ。前通った時はパソコン教室があるなーって思ってたけど」
「もう辞めてから十年以上経っちゃってたからねー。ほらかがみ、行こ」
「うん」
 こなたに連れられて、私はそのコムっていう店に入っていった。

「うわ、知らないパソコンがいっぱい……」
 そこは私にとって『Bit-inn』以上にカオスな場所でした。ええ、十分カオスです。
 赤・黒・白・ベージュにクリーム色、灰色のパソコンが箱無しの状態で置かれてて、
おまけにダイヤル式の黄色い公衆電話まで置かれてて……これ、普通に使えるのかな?
「うーん、どれもゴツくてでっかいやねー。私たちの時代じゃもうどれもビンテージモノだよ」
「そりゃ、十九年前だからそうだろうけど」
「ちなみに、これほとんど違うマシンだからソフトの互換性も無いよ」
「ウソッ?!」
「無い無い。X1もX68000もFM-77も8801も6601も9801も8201もMSXもぜーんぶ別物だから」
「うわー」
「いくつかマシン持ってた人なんか全機種の同じゲームを制覇してたし、続編が一個ずつ
違う機種で出たり」
「絶対考えられないわ、それ」
 おかしい、絶対それはおかしい。私たちのいる時代じゃ絶対ありえないから。
「まあ、今はいくつかのOSといくつかのコンシューマーだけだもんねー」
「パワフルな時代だったのね、この時代って……うわ、値段もすごっ!」
 パソコン一台イコール諭吉さん五十枚なんて、絶対どうかしてるわよこの時代!
「今じゃこの十分の一の値段でも充分なのにねー」
「もう、見てるだけで疲れたわ……って、こっち来た!」
「うわっ!」
 精神的に疲れる暇もなく、かなたさんとそうじろうさんが店の奥からこっちのほうにやってきた。
 よし、客のふり客のふり。

「うーん……目移りするなぁ」
「だいたいの目星はついてるんでしょ?」
「ああ、確かに候補はいくつかあるんだが、どれも決め手に欠けてなー」
「お値段とか?」
「それもあるけど、安くてもワープロとか使い物にならないのがあるのが痛いんだよ。
プリンタを買えるまでは、編集部と同じシリーズのマシンにしないといけないし」
「安いのを買っても、お仕事にならないのね?」
「おっ、かなたもわかってきたじゃないか」
 真剣に眺め続けるそうじろうさんと、それを後ろで見守るかなたさん。
 まだ若いはずなのに、まるで長年連れ添っているみたいにぴったりな二人。
 もしもかなたさんが生きていたら……そんな考えは、さっきのこなたとのやりとりがあっても
やっぱり消えない。
「うーむ……お?」
「どうしたの?」
「いや、これってなんかよさそうだなぁと」
 そうじろうさんは、棚に展示されてた一台のマシンに手をぽんと置いた。
「それ、ディスクが今までのとはちょっと違わない?」
「ああ、5インチじゃなくて3.5インチだな。今流行ってるのとは違って少し小さいんだ」
「ふうん」
「それに、マシン自体も小さくて置きやすそうだし。値段、値段はっと」
「そう君、これこれ」
「うん? おお、18万かー。これだったらなかなか。編集部もこのシリーズだし、なんといっても小さいな」
「本当、小さいのが大好きなのね、そう君って」
「こらこら、小さいの"も"好きだって言ってるだろ? それに」
「それに?」
 いたずらっぽく笑うと、そうじろうさんはかなたさんの頭にぽんっと手を置いて、優しくなで始めた。
「小さいほうが、逆に存在感があることもあるってもんだ」
「……そうなの?」
「そうなの」
 うわー、なんか桃色空間作り出してますよこの人たち。
 まさか、ここまでラブラブだったとはねー。もしも一度だけ聞けるなら、どうして
そうじろうさんのことを好きになったのかって聞いてみたい気分だわ。
「んじゃ、これとディスプレイはさっきのにして、ワープロは『松』で、あとDOSも買うか。
すいません、これお願いしたいんですけどー」
 そうじろうさんは店の奥のほうに声をかけて、店員さんを呼び出した。
 ……うん?
 なんか、袖がぐいぐいって引っ張られてる。
「こなた?」
「か、かがみ、ちょ、外……」
 外を見てるから表情はわからないけど、こなたは私の袖を強く引っ張って外へ出ようとしていた。
「な、なんなのよもうっ」
 仕方が無く、私は引っ張られるまま外へと出て、店から少し離れたところに連れて行かれた。
「どうしたの? 突然外に出て」
「あ、あのマシン……あのマシン……」
「あのマシンって、そうじろうさんが買ってたマシンがどうしたの?」
「あのマシン……U君! PC-286U! お父さんが今も大事にしてるマシンだよっ!」
「今も大事にしてるって、さっきのマシンを?!」
「そうだよ! 立ち上げなくなっても掃除は欠かさないし、捨てないからどうしてかなって思ったけど、そうだよ! お母さんと一緒に買いに来てたんだよ!」
「かなたさんとって、あんたのお父さんは教えてくれなかったの?」
「『想い出が詰まったマシンだからなー』って言ってたけど、詳しいことまでは教えてくれなかった。でも、やっと謎が解けたよ! そうだよ! お母さんとの想い出だったんだよ!」
 見た目相応に、こなたが子供のようにはしゃぎだす。
「夢だから、これはホントは違うかもしれない。でも、お父さんがずっと大事に掃除してとっておくのはそうとしか考えられないって! 絶対、絶対!」
 いつもの飄々とした態度じゃない、感情をいっぱいに出すこなたなんて初めて見たけど、それはとっても新鮮で……

「よかったね、こなた!」
「うん、よかったよー!」

 素直にそう言えるほど、とっても可愛らしかった。



 少しずつ、低くなっていく太陽。
 時間が経つのは、ゆっくりなようでとっても早い。
 夢の中のはずなのに、それはここでも変わらないみたいで……

「お疲れ、こなた」
「やー、満喫、満喫ですよー」
 私たちは、JRの昭和通り口横にある秋葉原公園に来ていた。
 ここも私たちの時代とは違って、ちょっと狭め。それでも子供たちははしゃいで遊んでるし、
すぐそこのビルの前では、どこの国のかもわからないゲームを並べたおじさんが堂々と売り子をしていた。
「夢の中とはいえ、お父さんとお母さんのデートを見守れたし、懐かしい街並みも見れたし」
「ほんと、充分楽しんだみたいね」
「あー、でも」
 こなたは苦笑すると、ぽりぽりと泣きぼくろのあたりをかきだした。
「ごめんねー、私だけ楽しんだ形になっちゃって」
「なーに言ってるの。あんたに巻き込まれるのは今に始まったわけじゃないでしょ」
「そりゃそうだけどさ」
「それに、夢にまで巻き込まれるなんて、貴重な経験させてもらったわよ。あんた、
もしかしたらかなたさんに会いたいとか強く願ったりしなかった?」
「あう、そいつは痛いとこをついてきますなー……」
 おや、図星?
「いやー、ほら、お父さんってばこの時期百面相するって言ったでしょ? 毎年毎年毎年
毎年するからいーかげんウザくなって『お母さんが「めっ」てすれば多分万事解決なはず
なのにー』とか、そーゆーことを考えてしまったわけですよ」
「かなたさんが、あんたのお父さんを叱れば万事解決って?」
「そーそー」
「……その妄想が、この夢を見せたかもしれないってわけ」
「あー、そういうことになるかもしれませんなー」
 ネコ口でとぼけて見せるこなただけど……

「ホント、あんたの将来末恐ろしいわ。いろんな分野に渡って」
「いやーそれほどでも」
「だから褒めてないっ」

 こんな会話をしてたら、いいかげん疲れるわ……
 これで目が覚めて気分爽快に、なーんて絶対無理ね、これは。
「はぁ……」
 ため息をつきながら、私は公園の向かい側を眺めてみた。
 向かい側には、ベンチに座って楽しそうにおしゃべりをしているかなたさんとそうじろうさんの姿。
 パソコンとかは重いからか全部送ったみたいで、荷物は最初に追いかけ始めた時とほとんど変わっていなかった。
 木漏れ日がきらきらと降り注ぐ中、幸せそうに笑い合ってる二人。

 ――ずっと、こんな時間が続いていけばよかったのに。

 そう思ってどうあがこうとしても、目が覚めたら歴史が変わってるなんてことはない。
 通り過ぎていった時間、既に決められてしまった真実なんだから。

「目が覚めてさー」
「え?」
「家に帰ったら、お父さん孝行しないといけないなーって思うよ。あの二人見てると」
「こなた……」
「私が、あそこにいるお母さんの分もお父さんのことを支えてかないとね」
 のほほんとした顔だけど、感慨深そうにこなたが呟く。

「あーでも、さすがに背徳行為だけは勘弁デスヨ? 私ゃそのケはないし」
「だからあんたってばどうして真面目な雰囲気の時にそうぶち壊しなセリフ吐くかねっ!」
「おやおや、かがみさんは背徳感に興味がおありですかな?」
「ちーがーうーっ!!」

 結論。こいつといる時にシリアスな雰囲気にしちゃダメ。絶対壊しにくるから。
 ……ま、ちょっとだけ例外があるかもしれないけど。ほんのちょっとだけ、ね。
「あ、お父さんがどこかに行くみたい」
「『ちょっと待ってろ』って感じだったし、ジュースか何か買いにでも行ったんじゃない?」
「なるほどー」
 ほのぼのとした二人を眺めながら過ぎていく時間。
 私たちの目が覚めたらそれでおしまいだけど、最後まで二人のことを見てから覚めて欲しい。
「ん?」
「あれ?」
 そうじろうさんを見送ると、かなたさんはゆっくり立ち上がって、
「え」
「あ、あの」
 しずしずと、にっこりと微笑みをたたえながら、
「ちょ、おま」
「う、うそ」
 こっちに歩いてきて、

「こんにちは」

 帽子を取ると、私たちに挨拶してきた。
「こ、こんにちは」
「こんにちは……」
 呆然としていた私たちだけど、なんとか再起動してかなたさんに挨拶を返す。
 こなたは、さすがに帽子は取ろうとはしないみたい。
「いいお天気ですねー」
「そ、そうですね」
 他愛のない話題でも、いきなり振られるとしどろもどろになっちゃうわけで……
 よく見てみると、かなたさんはこなたと瓜二つに見えてちょっと違う。
 最初に見たときのようにアホ毛は無いし、白いワンピースのせいか、のほほんとしたこなたと
違ってお淑やかな感じ。目はちょっとタレ目で、そして何より、頬に泣きぼくろがない。
 でも……なんで私たちのところに来たんだろう。

「あなたたち、朝からずーっと私たちをつけてたでしょう」
 って、ば、バレてるーっ!!
 にっこり笑ってるから怖い。なおさら怖い!
「ご、ごめんなさい、そのっ、あの」
 どうしよう、まさか「こなたのお母さんそっくりだったから」なんて言えるわけないし……
って、そうだ!
「あ、あの、お二人ともすっごく素敵そうなカップルだって思ったんです!」
 苦しいけど、こっちのほうがずっとマシ! なはず……
「…………」
「…………」
「…………」
 お願い、怪しまないで……
「ふふふっ、お似合いだなんて、そんなー」
 頬をぽっと赤らめると、かなたさんはぱたぱたと手を振ってみせた。
「それで、理想のカップルってどんな感じかなってこの子と追っかけてたんです。そうだよね?」
「ふぇ? う、うんっ」
 こなたに強引に作った笑顔を向けて、返事を強要する。
 よし、これでこなたもなんとかなりそうだ。
「それなら最初からそう言ってくれればいいのに。そう君……あ、アイスを買いに行ってくれた
彼は気付いてなかったみたいだけど、私はちゃんと気付いていたのよ?」
「あ、そうだったんですか。本当にごめんなさい」
 よかった、変な行動をしないで……って、尾行も充分変なことか。
「それで、ちょっと聞きたいんですけど……今日はパソコンを買いに来てたんですか?」
「ええ。そう君は小説を書いてるから、ちょっとでも効率を良くしようって買いに来てたの」
「へえ」
 しばらくにこにことしていたかなたさんだったけど、しばらくすると思い出し笑いを
したみたいにぷっと吹き出した。
「あの、どうかしたんですか?」
「ううん、そう君のパソコンを買う本当の理由がおかしくってね」
「本当の理由、ですか?」
「そう。『ずっとペンを持ってたら腕をおかしくする。そしたらかなたの手伝いが出来ないし、
生まれてきた赤ん坊に高い高いが出来ない!』って力説して、絶対にパソコンを買うんだーって
小説をいっぱい書いて、採用されるまでがんばってたの」
「た、高い高いって」
「子供がいつ生まれるのか、いつできるのかもわからないのによ? ……でもね」
 くすくすと笑っていたかなたさんの表情が、また優しい微笑みに変わっていく。
「ああ、この人なら生まれてきた子供を精いっぱい愛してくれるって、そう思ったの。
 美少女ゲームが大好きで、漫画が大好きで、アニメも大好きだけど、それ以上に産まれてくる
子供のことを想ってくれて……私のことも、想っていてくれて」
 そう言って、さっきそうじろうさんが歩いていった道を振り返る。

「だから、そう君が一緒にいてくれて本当によかった」

 振り返った今、かなたさんがいったいどんな表情をしてるかわからない。
 だけど、強く実感がこめられた言葉。
「幸せ――」
「うん?」
 ふと、黙っていたこなたが口を開いた。
「幸せ、なんですね。
 想える人と一緒にいて、想ってくれる人が一緒にいてくれて」
 それは、疑問じゃなくて確認。
 きっと、こなたが産まれたときから聞きたかったはずの言葉。
「ええ」
 そうはっきり言うと、かなたさんはゆっくりと振り向いて――
「これからも、きっと幸せ」
 白い花が咲くように、にっこりと笑ってくれた。
「そうですか」
 こなたも、それに応えるようににっこりと笑う。
 帽子の影から見えるその笑顔は、かなたさんそっくりの笑顔だった。

「あれ? かなた、その子達どうしたの?」
 二人の幸せオーラにあてられていると、そうじろうさんが公園に戻ってきていた。
「うん、たった今友達になったの」
「たった今? へー、珍しい」
 そうじろうさんは一瞬じろっと私たちを見ると、目を閉じて自分の顎に手を添えた。
 無精髭がないし、若々しく見える……って、当たり前か。
「うーん、二股ポニテの子は巫女服。ちっこい子はスポーティーな格好が似合ってそうだな」
「うげ」
 こ、この人は何を言い当ててますか?!
「おいたはしちゃだめですよ、そう君」
「じょ、冗談だってば、かなたー」
 かなたさんが頬を膨らませると、そうじろうさんは焦りながら謝り倒していた。
 ほ、本当にこの人ってば……
「そだそだ、ちょっとストップ」
「ん?」
 こなたは二人を手で制すると、カバンの中からゴソゴソと何かを取り出した。
「お近づきの印ってことで、お二人の写真を一枚いいですかねー」
「写真?」
 こなたが取り出したのは、この時代には無いはずのデジカメ……って、ちょっと待った!
「こ、こなた!」
「はい?」
 私はこなたの肩を抱くと、強引に二人に背を向けて小声で説教を始めた。
「ここでデジカメって、何考えてるのよ!」
「いーじゃん、どうせ夢だし。それにさ」
「それに?」
「最後ぐらいさ、二人の姿を目に焼き付けておきたいんだ」
 お気楽に言ってるけど……それはきっと、こなたの切実な願い。
「……そうね。夢の中じゃ、なんでもありだもの」
「さんきゅ、かがみ」
 だから……
「いい写真、撮りなさいよ」
 これが、私のこなたへの願い。





 んー、もうちょっと木漏れ日があるところに移動かな。

 そうそう、そこらへんそこらへん。

 あ、おねーさんは帽子をそっと右手で抱きかかえて。そう、そんな感じ。

 ほら、おにーさんはデレデレしない。男のデレデレは需要低いよー。

 そうそう、凛々しく笑うのが今の腐女子にははやって――え? 腐女子? 気にしない気にしない。

 二人とも、もうちょっと寄り添って……あー、肩が触れないぐらい。それ、いーねー。

 じゃあ、仕上げに二人で手を握って。もー、照れないの照れない。夫婦なんでしょ?

 そう……そう、しっかり握って。簡単にほどけないようにしといて。

 離さないでね、絶対に……いつまでも、その手を離しちゃだめだからね。

 ん、オッケー! それじゃあいくよっ!




              はいっ、ちーずっ!




 葉っぱが風にゆられて、そっとざわめく。
 目を開くと、そこにあるのはたくさんの木々といつもの駅。
 見慣れていたはずの秋葉原公園だけど……ここに、人は誰もいない。
 さっきまで聞こえた売り子の声もしないし、遊具と一緒に、子供のざわめきも。

 そして……かなたさんとそうじろうさんも。

 立ち上がって写真を撮っていたはずの私たちは、一緒にベンチに座って眠りこけていた。
「ん……」
 しばらくして、こなたも目を覚ます。
 私と同じようにきょろきょろと辺りを見回すと、慌ててカバンの中からデジカメを取り出した。

 ピッ、ピッ、ピッ

 一枚ずつ、順送りされていく画像。
「あっ」
 確かに、公園の写真があった。
 でも、それは……
「私と……こなた?」
 この時代のここで撮ったらしい、私たちの写真。
 こなたがあの二人に言ったように、ぎゅっと手を繋いだ写真……

「……かがみ」
「え?」
「ありがとね」
「こなた……」
「一緒に、お母さんに会ってくれて」
「……うん」
「私……お母さんに会えたんだよね?」
「……うん」
「二人のあしあと、一緒にたどってくれたよね?」
「……うんっ」
「夢だけど……夢じゃなかったよね?」
「夢じゃないよ……」
「一緒におしゃべりして、お父さんのこと聞いて……」
「幸せそうだったよね……」
「それで、最後に写真も撮って……」
「……うん」
「……お母さん」
「……こなた」
「……おかーさん、おかーさん……おかーさんっ……」

 声を潤ませながら、こなたが私にぎゅっと抱きついてくる。
 私はただ、そんなこなたのことを抱き締めてあげることしか出来なかった。





 6月17日、晴れっ!
 ……と行きたいとこだけど、なんかこー、微妙な天気だねー。
 まあ、そんな日でも雨が降ってなきゃアキバに来ちゃうわけで。
 しかも今日は、でっかいお買い物があるんだね、これが。

「すいません、予約しといたこれくださーい」
「はい、少々お待ち下さい」
「予約って……こなた、何を予約したんだ?」
「それは見てからのお楽しみにー……ってほら、来た来た」
「へ? ……げげっ!!」
「Net's Noteになります。お会計よろしいですか?」
「はーい」
「おい、まさかオレに払えってんじゃないだろうな!」
「違うってば。はい、163000円でお願いします」
「こ、こなたが自分で買ってる?!」
「それでは、440円のお釣りになります」
「しかもホントに受け取ってる?!」
「ありがとうございました」

 あー、顎外れちゃいそうだよお父さんってば。
 ま、いっか。

「お父さん、いつもありがとう」
「へ?」
「それと、これからもよろしくお願いします」
「あ、ああ」
「とゆーわけで、はい、コレ」
「……コレ?」
「ほら、今日は父の日だし」

 私はニヤッと笑いながら、受け取ったばかりの箱を手渡した。

「えええええええええええええええええええええええええ?!?!?!?!」


「いやー、まさか娘にこんなどえらいものを買ってもらってしまうとは……」
 私は絶叫して石像と化したお父さんを連れて、秋葉原公園へとやってきていた。
 復活したら大事そうに箱を抱えてくれてるし、娘冥利につきるわー。
「でも、本当に大丈夫なのか? お前もいろいろ買いたいのがあるだろうに」
「そこらへんはバイト代でどーにかなるって。それに、お父さんにあげるのはちゃんと手元に
残るものにしたかったし」
「手元に残るって、これはいくらなんでも高いだろ……」
「そっかな?」
 そんなに高くないと思うんだけど。
「私はお父さんから、今までいろんなものをもらってきたんだから」
 それに比べたら、パソコンなんて安い安い。
「むう……んじゃ、有り難く使わせていただきます」
「簡単に壊さないでよ? せめて286のU君ぐらい大事にしてもらわないと」
「大丈夫、娘に貰ったパソコンを簡単には壊さんよ……って、そこでどうして286が出てくるんだ?」
「いやー、古くなって使わなくなった今でも大切に掃除してるんだもん。お父さんの宝物なんだってよくわかりますヨ」
 私が生まれたときから、ずっと我が家に一緒にいるU君。
 そして、夢の中でお母さんと一緒に買っていたU君。
 それからお母さんと過ごした時間は短かったかもしれないけど、お母さんとの想い出が
いっぱい詰まったU君は、今でもお父さんと一緒に過ごしている。
「だから、コレもお父さんの宝物の一つにしてもらわないと」
「娘からこんな凄いモノを貰っといて、宝物にしない父親がどこにいるっ」
「んー、どっちかというとエロゲのほうを大事にしそうな感じ?」
「……お父さん、そんなに信用ないのかね」
「冗談だから真に受けない真に受けない」
 大丈夫大丈夫。
 お母さんとの想い出を大事にしてるお父さん、ちゃーんと信用してますヨ。
「まあ、286なー……あれは特別だよ」
「お母さんとの想い出が詰まってたり?」
「お、よくわかったな。
 もうずーっと前に、ここをぐるぐる探し回ってまわってな。なかなかいいのが見つからなくて、
最後にしようと思った店で『これだっ!』て見付けたのが286だったんだよ」
「へー」
「でも、何故かなたが『ほんとに小さいのが好きなのね』ってスネちゃって」
「あはははっ」
 夢の中の二人のやりとりがあったから、すぐにでも思い浮かぶなー、それ。
「しかし、あれからもう何年も経って……ここも色々変わったもんだ。久しぶりにかなたとの
デートコースを歩いたけど、ほとんどお店が無くなってたのはちょっと残念だったな」
「寂しかった?」
「まあ、寂しくないって言ったらウソになる。でも、変わらないものなんてあるはずないんだ。
今日こなたと歩いて、いろいろお喋りして、こんなに素敵な贈り物をくれるまで育ってくれて、
よーくわかった」
 にこにこと笑いながら、お父さんが深々とうなずく。
「それに、想い出は覚えてさえいればずっとそこにある。今日歩いてても『ああ、ここで
かなたとこんなことがあったな』とか『こんなのを食べたな』とか、色々思い出したよ」
「そっか」
 もしかしたら荒療治になるかなとも思ったけど、一緒に散歩して良かった……かな。
「おっ、そうだそうだ」
 何かを思い出したように、お父さんが両手をぽんと打つ。
「ちょうど、ここの公園にも想い出があってな」
 そう言いながら、お父さんはお財布を取り出した。
「286を買った後にここで休んでたら、かなたがいきなり見知らぬ子と仲良くなったんだ」
 えっ?
「『素敵なカップルですね、写真一枚撮らせてください』とか、変わった子たちだったよ」
 それって……
「ついでに、俺らも一枚写真を撮ってもらって……ほら、これこれ」
 そう言って、お父さんが開いた財布の中から出てきたのは、

「よく撮れてるよなー、これ」

 ……夢の中で、私が撮った写真だ!

「かなたも大事にしてて、焼き増ししたのをアルバムに貼ってたっけ」
 想い出を確かめるように、お父さんが微笑む。
 それは寂しそうなものじゃなくて、まるで想い出を確かめるみたいで……

「お父さん」
「ん?」
「お母さんと過ごした日々……幸せだったんだね」
 私も、確認するようにお父さんに問いかける。
「もちろん」
 お父さんは満面の笑顔で頷くと、
「ずーっと幸せだったさ。それに」
 私の頭にそっと手を置いて、
「かなたが遺してくれたこなたがいてくれて、今でも幸せだよ」
 優しく、撫でてくれて……
「……うんっ!」
 ちょっぴり、涙が出てきた。



 私たちを見守ってくれる、お母さん。

「じゃあさ」
「おっ?」
「私たちもさ、この写真と同じように写真撮ろうよ」

 美少女ゲームが大好きで、漫画が大好きで、アニメも大好きなお父さんだけど、

「写真って、デジカメでか?」
「そーそー、想い出作り想い出作り」
「ふーむ……ま、そだな。娘との想い出作りってのも良いか」

 お母さんの想い出と一緒に、前へ歩き続けているみたいです。

「でしょ? んじゃ、誰かに頼んでっと……」
「あ、すいません。写真撮ってもらってもいいですか?」
「えっ、未成年誘拐略取? 違いますよ、ただの親子ですってば。失敬だなー」

 私にもいろいろ伝染しちゃったけど、そこは諦めてください。

「あ、いいですか? それじゃあお願いします」
「ほらほらお父さん、手を繋いで」
「いいのか?」

 私も、一緒に歩いてくれる友達がいます。ツンデレで、素直じゃないけど。

「当然。お母さんにもやったんだから、私にもやってもらわないと」
「うーん、改めて言われると照れるなぁ」
「実の娘に照れるなっ」

 そうだ、かがみにも写真のこと、ちゃんと教えてあげなくちゃ。

「んじゃ、ちゃーんと手を絡めて」
「そうそう、ちゃんと離さないように」
「……うん、これでよしと。それじゃ、お願いしまーす」

 まあ、そんなこんなで騒がしくて、退屈するヒマもない日々だけど、




「「はいっ、ちーず!」」



 ――私たちは、元気だよっ! 




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  • 2014年、らき☆すた一挙放送をしてたので
    この作品が書かれた頃から、さらにアキバは変わりゆきますが、
    それでも・・・ -- 名無しさん (2014-09-30 02:46:02)
  • 「夢だけどー!」
    「夢じゃなかった!」
    分かるよね? -- 名無しさん (2009-10-02 15:39:00)
  • Long Long ago,20th Century. -- 名古屋テレビ (2009-03-24 00:47:26)


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