「あー……ごめん……」
それは私が中学生の頃だった。日の沈みかけた校舎の裏で、私はある男子生徒と向かい合って立っていた。
その人は申し訳なさそうな顔を私に見せ、ばつが悪そうに視線を斜めに落としている。
やっぱりダメだったかー……ある程度予想していたとはいえ、その回答は少しばかり、私の胸を抉る。
「田村さんの気持ちは嬉しいんだけど……俺もうちょっと活発っていうか、今っぽい感じっていうか、
 そんな女の子がタイプで、田村さんみたいなオタクっぽい子はちょっとっていうか、うーん……。
 田村さんは別に内気でも大人しくもないし、悪い人じゃないんけれど、俺の好みから外れるんだよね」
もうそれ以上言わなくて良いのに。必要以上のことをウダウダと……ダメならダメだけでいいのに。
一世一代の決心で告白した私からすれば、そんなのパンチのシャワーを受けているようなものなのに。
「だからさ、田村さんとは付き合えないんだ。本当にごめんね」
「あっ……うん、いいよ。こっちこそごめんね。迷惑かけちゃって……」
私は精一杯の笑顔をその人に返す。大丈夫、まだしっかり笑えているはず。
「あっ、それとさ、田村さん」
「な、なあに?」
「できれば……どうしても必要なとき以外はもう、俺に話しかけないでほしいんだ」
「どうして? やっぱり私みたいなオタクに話しかけられると……」
「それは……あるっていえばちょっとはあるんだけど、ここに呼び出されたときもみんなに冷やかされてさ、
 なんとなく噂になったり、またみんなから変な目で見られたりしたら、ちょっと面倒くさいっていうか」
あーヤバい……パンチのシャワーに飽き足らず、今度は延髄蹴りをまともにくらったような衝撃。
拒絶もここまでくると、私のアイデンティティの崩壊だった。気持ちはわかったから、言葉を選んでおくれ……。
「だからさ、ごめんね」
「ううん! 気にしないで、こっちこそごめんね。でも、クラスメートとしては、これからもよろしくね」
「うん……あっ、俺もう行かないといけないからさ。じゃあね、田村さん」
言うだけ言うと彼は私の前から去った。言うだけ言ったのは私も同じなんだけれど。一人取り残される私。
フラれるショックは遅効性らしい。今になって、彼の言葉から受けた傷は私の全身を這ってズキズキと痛み出す。
「やっぱりオタクはダメかあー、ダメだよねぇ~……そりゃ、休み時間に漫画読んだり描いたりするような娘より、
 楽しいおしゃべりが大好きで、化粧も似合っておしゃれで、流行に敏感で、色恋の話に夢中な女の子が可愛いよね~。
 私だってそんな女の子を主役に漫画を描きたいものだしねー、オタクなんてこう、萌えとしての魅力に欠いてるし……」
周りに聞こえるか聞こえないかほどの声で独り言を口にする私。あ、今の私は最高にオタクっぽい。
告白するまでの間、私は自慢の妄想癖で、彼と付き合ったらどんなデートをするんだろう、彼はどんな顔を見せてくれるんだろう、
暢気にも都合よく、そんな幸せな未来をただただ考えていた。その分、今の自分の姿に死ぬほどの恥ずかしさを感じている。
「よーし、今日から二次元に生きるぞ! あっ、このフラれかたは今度のネタに使えるかもしれない!
 スポーツ少年に片思いするオタク少年、このBLは絶対に受ける! でもハッピーエンドにしなきゃ……」
少しばかり声が震えていたのは気にしない。今の自分を納得させるつもりで、口にするしかなかった言葉だから。
私の恋は見事に散って、それは私の妄想癖を尚更強くさせることになった。妄想はいい。傷付かないし、楽だから。
もうしばらく恋愛はないな、と考えた。今までもなかったんだけど。私は恋愛なんて、他人で妄想しておけばいいのだ。


「田村さーん、迎えにきたよ」
アニ研部室の扉が開いて、そこに現われたのは二人の女の子。私の友達の小早川ゆたかと岩崎みなみだった。
今日は三人で帰る予定を組んでいたため、二人は私を迎えに来たのだった。時刻は五時半を差している。
「おい、ひよりん。友達が迎えにきたよ。さっさとその原稿、ベタ塗っちゃえよ。あともうちょっとでしょ?」
「……」
「聞いてんの、ひよりん。ボーっとするなって。ひよりん、ひよりーん、ひーよーりーん」
「あっ……はい!」
遠くにあった意識が引き戻される。同時に、私の身体がびくんとはねて、その拍子で肘がインクにぶつかってしまい……。
「てっ……ぎゃー!」
「うわ、原稿が!」
「大丈夫? 田村さん!」
「……いえ、ゲームオーバーデス」
ベタ塗りとトーン貼りを残すだけだった私の原稿は、こぼれたインクによってただの黒い紙へと変貌していた。
小早川さんと岩崎さんが、床と机にこぼれたインクの処理を手伝ってくれた。私は原型なき原稿を泣く泣く捨てる。
「これは……やっちゃったな、ひよりん」
「わ、私の1ヶ月の努力の結晶が……」
「描き直すしかないね。しかも三日で。ストーリーもコマ割も覚えているんでしょ? 寝ないでやればなんとかなる」
「うう……また健康に悪い生活が始まるんですね」
「同人誌描きなんて元々健康に悪いだろ。それよりもひよりん。さいきんちょっと気が抜けてるんじゃないの」
「そ、そんなことはないですよ。きちんと寝てないからかな?」
「それで原稿が進んでいるなら別にかまわないんだけど、今回はいいペースだったのにこれで全部振り出し」
「す、すみません」
「やっぱり最近、気が抜けてるよね。なんか悩みでもあるんじゃない?」
「そういえば田村さん、最近教室でもぼーっとしてること多いよ?」
口を挟んできたのは小早川さんだ。どうやら呆けた私を見られていたらしい。岩崎さんもうんうんと頷く。
「悩みがあるというか……なにかずっと、別の考え事をしているというか……思いつめた感じじゃなくて」
さすがは岩崎さんだ。能面の割には鋭い。頼れる友達ではあるんだろう。
「それは、ネタについて考えているんスよ~」
「完成間近の漫画描きながら考えているんだ? ひよりんはいつからそんなに器用になったのかな?」
私の煮え切らない返答に、こうちゃん先輩が少しイラついている。
しかし、言えるはずかない。私のその頭の中を、最近ずっと占領しているものの正体など……。
「田村さん……何か悩みがあるんだったら、私達に話してほしいな? 力になれないかもしれないケド」
「私も……力になりたい」
「みなみちゃんは頼り甲斐があるから、私もついつい甘えちゃうんだよね。ちょっとわきまえないとって思うんだけど」
「そんなことない……ゆたかが甘えたいなら、私はいつでもそうしてほしい」
「ほ、ほんと? えへへ……ありがとう、みなみちゃん」
「ほら、ひよりんの大好きな百合の花が今まさに咲き乱れてますぞ? 妄想が止ま……ら……ひよりん?」
「……ふぇっ? あ、はい」
「こりゃダメだ……」
私はまた、忘却の彼方にいたらしい。目の前には飽きれた様子のこうちゃん先輩と、にこやかな百合カップル。
心配してくれるのは本当に有難いのだけれど、おそらく相談しても埒があかない。私がそう判断してるだけなんだけど。
こんな私がどう口に出来るんだろう。『実は片思いをしてるんです』だなんて。


(うー……なんでこんなときに始まっちゃうかなあ……)
今から1ヶ月前の放課後。窓から差す西日を浴びながら、私はトイレから教室へと戻るところだった。
今日は部活があるから、と小早川さんと岩崎さんが二人で帰っていくのを見送った私は、そのまま部室へ。
部活動が終わり、誰もいない教室に戻ったんだけれど、そのときふっと、原稿のいいアイデアが思いついた。
(これは……忘れないうちに描き止めておかなければ!)
次のイベントで出展する予定の、深夜アニメのBL本のアイデアだった。
美少年二人が出てくるその深夜アニメはロボットやら戦争やらの要素も含まれていて、オタク界隈で絶大な人気があった。
私もご多分に漏れずハマッてしまい、しかも即原稿にしようといきり立っていて、少しばかり無理なスケジュールを組み、
睡眠時間は極僅か、食事も非常にバランスが悪く、いつものことながらここ半月は不健康極まりない生活を送っていた。
そのせいで今に至る。私以外に人気が無い教室でノートに向かい必死に筆を走らせていると、下腹部に急激な鈍痛。
(ここんところずっと不摂生が続いていたから、ホルモンバランス崩れちゃったんだなー……)
いつもとはだいぶずれた周期で、生理が始まってしまった。筆を止めて、私は急いでトイレへと駆け出した。
こういうこともあると、ナプキンを常備していてよかった。その道の先輩達から常々聞かされていた話だった。
用を済ませた私は廊下を歩く。本当は走りたいのだけれど、そんなわけにもいかない。
(鞄もノートも全部、教室に置いたままだ……それを取ったら今日は大人しく家に帰って……ん? ノート?)
そこで、私の顔面が蒼白する。トイレに向かおうと思ったときの私の姿が、脳内でプレイバックされた。
(……ノート開きっぱなしで、そのままだー!!!!!!!!)
私は焦りを隠せずに、走るべしと足を前に出した。しかし鈍痛を受けてすぐにぴたりと止まってしまった。
(ヤバい! あれを誰かに見られたら恥ずかしすぎて死ぬ! しかもよりによって激しいセクロスシーンだし!
 オタク仲間に見られるならいいけど、クラスメートはみんなパンピーだし……頼むから誰も教室にいませんように!)
身体の不調とすぐに教室に向かいたい焦りとで、私の身体と心が格闘している。気持ちだけ足早に現場へと向かう。
教室まであと数メートル。耳にこだまするのは校庭で汗を流す野球部員の声。それに紛れて聞こえるのは……。
誰かいる。私は教室には入らず、扉に背をつけたまま、聞き耳を立てる。
「でさー、あれがめっちゃ臭いんだよ」
クラスの男子の声だ。声の数からすると、4~5人はいる。しかもこの声は、クラスでもちょっと問題のある者達だ。
「それは臭そうだなー……って、あれ? これなんだ?」
「田村の机にノートが……なんか描いてあんぜ。あれ、これ絵じゃね?」
私の身体に電流のような衝撃が走る。……見られた! よりによって一番最悪なところを。クラスの男子に。
「えっ、マジ? 田村っていっつも何か描いてんだよな。アニメっぽいの。いわゆるオタクってやつ?」
「あーあー、でも何描いてるのかわかんないんだよな。あれじゃん、萌え~とか、そういうの」
「でもあれって男とかそういうのがやるんだろ? 女がやるのかな?」
「あれだよ、なんか『ふじょし』とかなんとか。女のオタクってやつ。テレビでやってたんだけど」
「お前詳しいな~、本当はオタクなんじゃん?」
「バカ、それよりもこの絵、ちょっと見てみろよ」
やめて……! そこまで喉に出かかっていたけれど、私は身がすくんで何もできなかった。
どういう精神をしてるんだろう。いくら開きっぱなしだとはいえ、人のノートを勝手に見るだなんて。
いや、開きっぱなしのまま放置していた私も十分悪いんだけれど……いや、責任の所在はこの際どうでもよかった。
「これ……男だよな。男同士でやってんだよな?」
「うえっ、マジかよ! 気持ち悪いな! 田村こんなの描いてんの!?」
羞恥が私を襲う。その場から逃げ出したかったけれど、どこかに隠れたいままの身体は震えるだけで動かない。
確か割と頭の良い学校のはずだった。なのにどうしてこんなに品性のない生徒がいるんだろうか。
自分の頭を掴み、ただ必死に時が過ぎるのを待った。その間にも、男子達の容赦無い言葉は続く。
「このページなんかすげえぞ。男二人で丸出し。キスまでしやがってる」
「うわー、キッツいな~。田村って生で実物見たことあるんじゃないの」
「まさか、田村だぜ? それにしたってなにが面白いのかな、こんなの」
「ほんとほんと。キモいだけだよな」
キモいと言われるのは仕方なかった。私もこの道に走るまではそう思っていたクチで、初めて読んだ時もそうだったし、
むしろ普通の感性ならそう思って当たり前なわけで……。それも、男子とBLは非常に相性が悪い。
「でも、田村のやつこんなのを毎日描いてたのかよ」
「しかも描いてる間、たまにニヤニヤしたり、怒ったような顔したりするんだよな」
「おいおい、田村ってちょっと……キモくないか?」
脳天を金槌で殴られたような衝撃だった。私も女の子なんだし、作品がキモいと言われるのは我慢できるけれど、
自分がキモいと言われる事は我慢できるはずがない。たしかにこの道を歩いていれば、幾度となくそういう事態はある。
でもやっぱり、慣れなかった。しかもクラスの男子に、複数に、笑われながら言われたとなると殊更に響く。
私は下唇を噛んだ。もうこれ以上はどう笑われても一緒。お願いだから、時間よ早く過ぎてと祈るしかできなかった。
「おい、そろそろ6時超えるぞ」
「マジで? 超ヤベェじゃん。早くゲーセンいかなきゃ」
もう教室から聞こえる会話が、私には聞こえていなかった。何を話していたかわからない。
ただ男子達が教室から出る音がしたから、私はさっと身を隠した。ようやく嵐は過ぎ去ってくれたのだ。
(やっぱり……リアルの男子なんて最低っスね……)
私は目尻にわずかに浮かんだ涙を拭くと、教室へと足を踏み入れた。ようやく、誰もいなくなった教室……のはずだった。
教室の真中には、ひとりの男子が立っていた。私は思わず声をあげそうになったけれど、なんとか堪えてみせる。
「あ、田村さん……」
(なっ、なんで!? なんで人がいるの!? たしか彼は――)
混乱で一瞬迷ったけれど、名前はきちんと思い出せた。たしか成績は上位の真面目な男子だ。さっきの奴等とは違う。
不意打ちだった。完全に気が緩んでいた。私はあの男子達が出てすぐに教室に入ったから、彼は最初からずっといたんだろう。
「田村さん……もしかしてさっきのやつらの話、聞いてた?」
「へ……ううん! 聞いてないよ! 全っ然聞いてない!」
心配そうに聞いてくる彼に、私は必死な形相で返した。かえって怪しまれたかもしれない。
「そ、それよりどうしてこんなところに……」
「え……忘れ物を取りに来ただけなんだけど……」
「あっ、そ、そうだよねー。私も忘れ物取りに来たんだ」
「それって、これのこと……」
「えっ、あ……!」
差し出された彼の手には、私のノートがあった。見慣れたピンクの表紙にはしっかりと『田村ひより』。
私はそれを奪い取るように取ると、急いで鞄にしまった。焦りのせいで、少しばかりまごついてしまったけれど。
「あ、あの……中、見た?」
「う、うん……あっ、実際に手にとって見たんじゃなくて、見えちゃったっていうか……。開きっぱなしだから……。
 あいつら、そのノート見た後に教卓の上に投げ出していったから、田村さんが来る前に机に戻そうかと思って……」
やっぱり真面目な人だった。さっきの奴等とは違うらしい。見えちゃったのは私の責任だし、それは仕方ない。
どのみち見られていなくても、あの男子達の会話を聞いていれば、ノートの中身は彼に知られているところだし……。
それよりも、こんな羞恥責めはもう終わったものだと思ったのに、こんな真面目な人にすら見られてしまうなんて……。
「そ、その……田村さんって、ああいう絵を描いていたんだね。ちょっと気になってたんだ」
「う、うん。あはは、気持ち悪いよね。ごめんね、お見苦しいものを見せちゃって」
できればそれには触れず、もう私を放置してもらいたいものだった。彼はそんな私の気持ちに気付いていない。
「たしかにちょっとびっくりしちゃったかな……ああいうのがあったなんて知らなかったし。でも、いいんじゃないかな」
「えっ?」
彼はその場を繕うようなものじゃない笑顔で、そう答えた。拒絶されるものだと思っていたので、その返答には私は虚を突かれた。
「で、でも、気持ち悪くない?」
「絵を描いてるときの田村さんって、すごく楽しそうだし。僕にはわからない世界だけど、楽しいならそれでいいしね。
 それに、たまに田村さんの表情がコロコロ変わるのが面白いっていうか……あっ、そんなこと言われても困っちゃうか」
私はしばらく反応に困り、少しの沈黙のあとに顔を赤面させた。それは、さっきとは種類の違う恥ずかしさだった。
「そ、そんなに顔変えちゃってるかなー……これまたお恥ずかしい……」
「結構変えちゃってるよ。そんなに楽しいのかな、何を描いてるのかなって前から知りたかったんだ。聞くには気が引けちゃうし。
 あ、そんなにじろじろ田村さんの顔を見ちゃってるわけじゃないよ! ただ、楽しそうな田村さんは見てて和むっていうか……」
そんな彼の様子を見ていて、気がつけば私はクスッと笑っていた。彼もまた、恥ずかしそうな顔をしている。
彼は言い訳をするたびに、その弁明に言い訳をする。私を見てて和む? たしか絵を描いている間は百面相だけど……。
ただひとつわかるのは、彼の話を聞いているうちに、さっきまでの沈んだ気持ちが少しづつ和らいでいったことだった。
異性と話をして、こんなに楽しいのは久しぶりだった。たいていはオタクっていうだけで、同性からも拒絶されることもある。
「まあ私の絵なんて、人様に簡単に見せちゃっていい種類じゃないからね。あっ、決して偉そうな意味じゃないよ?」
本当は本になって何百人の人に読まれちゃってます、なんて言わない。彼の常識の世界では、非常にややこしくなるから。
「そうだね……あっと、さっきのノートに描いてあった絵だけどさ。あれってもしかして深夜にやってるアニメのキャラ?」
「そ、そうだけど……知ってるの?」
「うん。こないだ夜更かししたときにたまたまテレビでやってるのを見たんだけど……ストーリーが面白くて、つい毎週ね。
 アニメなんてディ○ニーとかジ○リぐらいしか知らないけど、あれは面白いよね。話がよく練り込んであって。
 キャラクターは名前が長くて、ちょっと覚えきれないんだけど……ルルーシュなんとかとか、田村さんもあれ、好きなんだ?」
好きなんてものじゃありません。今一番愛してます。
「そうだよね! やっぱり面白いよね! 私も放送前からすっごい期待してたんだけど、キャラデザの人がすっごい好きで、
 声優が発表されたときは結構テンションあがっちゃって、あーでも、設定とかちょっと釣ってるなって気がしたんだけど、
 でもサントラとかドラマCD聴いてるとそんなことどうでもよくなっちゃって、男キャラだけじゃなく女の子も可愛いし、
 こないだの回なんかめっちゃ熱かったっスよね! 勢いで録画したやつそのまますぐ見返しちゃったりして……って……」
はっと我に気付いたときは、ちょっと戸惑っている彼の顔。自分の気持ちいい話に熱くなるのが、いつの時代もオタクの性分。
やっちまったー!!!!!!!!!!と思った私は、パンピーとの壁を痛感しつつ、自身のKYっぷりを呪った。
「ご、ごめんね……ひとりで熱くなっちゃって……」
「ううん……やっぱり田村さんって面白いね」
「お、面白い? 私が?」
見世物的な意味?
「絵を描いてるときもそうだけど、田村さんは好きなことをしてるときの顔が一番かわ……イキイキしてるよ」
顔が熱い。男子からそんな臭いセリフを言われた事なんかなかった。言った側もちょっと恥ずかしそうだし。何この甘い空気。
私は口に出して「あうあう」とか言いそうになった。そんな萌えっ娘的なセリフ、私が言っちゃダメだ! ていうかリアルで言うな!
「その……田村さんが描いている絵って、全部ああいう種類なの?」
「ううん! もっと色々、女の子とか、動物(ケモショタ)とか、ロボット(メイド)とかも描いてるよ。あとは風景(背景)とか」
「へえ、そうなんだ。あの……田村さんさえよかったら、今度別のを見せてくれないかな?」
「べ、別の!?」
「あ、田村さんさえよかったらなんだけど……や、やっぱりダメだよね。ごめんね」
「う、ううん! あんまり見ても面白くないと思うケド……明日、明日持ってくるね」
どのみち色んな人に見せてきたのだから、いまさら一人増えたって問題は無かった。だけど、なぜかしら恥ずかしい。
でもそれ以上の戸惑いは、彼がそのとき見せてくれた笑顔が、その日一日中忘れられなかったことだった。
翌日、ノーマルな方に見せても大丈夫なイラストだけを厳選して彼に見せた。周りから好奇の目で見られたくないから、こっそり渡す。
たしかに私はいままでたくさんのイラストを描いて、たくさんの本を読まれて、その度に読み手の反応を伺ってきたんだけれど。
なぜ今日はこんなに、相手の反応が気になるんだろう。相手の評価が気になるんだろう。ここまでの緊張は久しぶりだった。
何より、彼に絵を見てもらうことがすごく嬉しかった。大丈夫な絵を選んでいるとはいえ、もっと見てほしい気持ちが生まれる。
その日の放課後、彼は絵を私に返すと、「すっごく上手だし、すっごく可愛かったよ」と言ってくれた。見せたのは女の子のイラスト。
他のサークルの絵師さんから言われるよりも、八坂先輩から太鼓判を押されるよりも、シンプルなのに遥かに嬉しい言葉だった。
絵の詳細を聞かれると、また私は元の作品について暴走気味に語りだし、自己嫌悪になる。微笑む彼はそのあと、こう口にした。
「田村さん……今日、一緒に帰らない?」


「こうして田村さんと一緒に帰るの、久しぶりだねー」
小早川さんがそう言うと、岩崎さんはうんうんと頷く。私は三人肩をならべて、通学路を歩いている。
ここのところほぼ毎日、私は部活が長引く日と原稿に切羽詰っている日を除いて、あの彼と二人で帰っていた。
二人きりの帰り道で話すのは、世間話とアニメの話、彼は時々ついてこれなくなるけど、私がなんとか簡単に説明する。
オタク用語までは間違っても口にはしないけど、彼もそれなりの知識が付いてきているようだった。私が彼を染めていくのかな……。
そのため彼は私が本を出していることも知っていたし、実際に読ませたこともあった。もちろんノーマルな作品なんだけれど。
もしかして無理に付き合わせちゃっているのかな?とも思ったけれど、彼が私の話に相槌を打つ姿を見るのは止められない。
オタク仲間の間でしか通じなかった私の話に、彼が微笑むたびに私の胸がズキンと疼く。アニメキャラへの萌えとは違う情熱。
(ああ……私、この人のこと好きなんだぁ……)
そう気付いたのに時間はかからなかった。彼のことを思い出すたびに、原稿を描く手が止まり、八坂先輩に怒られる。
まさか自分がまた、こんな風に恋をするとは思ってなかった。中学の失恋は、私が能動的なオタクでいることに拍車をかけた。
下手に隠すよりは露骨にしていた方が、誰かに気味悪がられずに済むし、失恋の痛手を忘れるのも早くなるからだった。
気味悪がられないなんてことはなかったんだけど、少なくとも傷付く事はぐっと少なくなった。開き直ればいいこともある。
ただ、オープンにすればする分に、色恋からは遠ざかる。受け入れてくれる相手というのは、なかなか難しいものだった。
私は出来る限り、自分の行為を彼に悟られない様に気をつけた。そのためにちょっと過剰にオタクらしさをみせることもあった。
オタクであることを受け入れてくれるのと、好きでいてくれるのは違う。私はただ、彼と歩きながら話せるだけで十分だったから。
今日だって、彼が家の用事があると言わなければ、きっと二人で帰っていた。小早川さん岩崎さんと帰ったのはたまたまだった。
それが、二人に対して申し訳無かった。こうして大切な友達と笑いながら話してる今でも、私は彼のことを考えているから……。
「田村さん、最近忙しいからねー。漫画の方は順調なの?」
「えっ、うん……と言いたいけど、今日はあの惨事なもので」
いつもの十字路で、私達は別れた。二人とも、私と離れた途端手なんか繋いでやがる。あそこまで仲良かったっけ? 萌え死ぬけど。
ひとりで家に向かう路、彼のことを考えた。できればああして私も、手なんか繋ぎたい。それはやっぱり難しいのかな?


翌日、私は家で超特急で原稿を仕上げないといけないというのに、その誘惑に耐えきれず、またも彼と二人で帰った。
私達は、というか私が、出来る限り人気を避けた道を通るように歩こうとしていた。誰かに見られて噂になりたくないからだった。
それは私のためではなく、彼のためなんだけれど。私と噂になって彼が困る姿を、自分のためにも見たくないしね……。
「田村さん、原稿は大丈夫なの?」
「うん、実は結構余裕できちゃって。いつもは追い詰められちゃってるんだけどね」
嘘です。本当は1日だって余裕はありません。こうちゃん先輩ごめんなさい。
「それならよかった……今度はどんな作品なの?」
「えと……あの深夜アニメのやつだよ。その……あのノートの中身みたいな……」
「そ、そうなんだ……」
ちょっとだけ気まずくなる。だけど、決して居心地の悪い気まずさではなかった。彼はどう思っているかわからないけど。
気まずいのも楽しいだなんて、私はつくづくこの人が好きなんだなーと思う。どんなキャラにもここまで熱くなったことはない。
そもそもアニメキャラと彼を比べる事自体間違いだとは思うけどね。でも、私が骨抜きになってしまうなんて……。
なんだろう、別に好きな属性にあてはまるわけでも、タイプの男の子なわけでもないのに、ていうか私が三次元相手に。
「で、でもー……その手のものも慣れちゃえば案外抵抗無くなっちゃうんだよね。ホラー映画みたいなもの……って、違うね。
 私も昔は読む事だって恥ずかしかったけど、今じゃすっかり描いちゃう立場だし。朱に交われば赤くなるっていうか」
そういって私は、ペンを動かすジェスチャーをする。彼はそれを見てピンときたようだった。
「前から思ってたんだけど……田村さんって左利き?」
「ん? そうだよー。ていうか全体的にこの漫画のキャラは左利き多いよね」
「この漫画?」
「いや、忘れて。この左手はねー、何よりも大事な左手なんだよね。神の左手、とかいって。ペンだこだらけだけどね」
そういって私は左の手のひらを広げて彼に見せる。小さなペンだこが二つ三つと姿を見せる。
途端、自分の失策に気付いた。しまった、私は女の子なんだから、逆に手が綺麗なところを見せるべきじゃなかったのか!
何を簡単にペンだこなんか見せているのか……女であることを忘れてたか……私はさっと左手を引こうとした。
すると、彼の手が私のペンだこに触れていた。彼の行動に、私の身体は硬直する。彼の手が、私の手に触れて……!
「へえ、ぺんだこって結構固いんだね。これは、田村さんの勲章みたいなものだね」
「く、勲章……? た、ただの汚いぺんだこっスよ……? ていうか、手……」
「あっ、ご、ごめん……」
彼もまた私と同じように、さっと手を引いた。しばらく二人は沈黙していたけれど、やがて彼が口を開いた。
「神の左手に、簡単に触っちゃったね……」
「えっ、うん。でも……あなたなら……」
「うん?」
「な、何でもないっス……」
手に残る彼の感触を思い出すように、私は自分の手に触れた。細い指に不似合いな固い突起。
私のペンだこ、彼は褒めてくれた。どうみてもただの汚いペンだこなのに……。
「田村さんは、どうして僕と一緒に帰ってくれるの?」
「うーん……だって、楽しいし……今こうしてるのが、し」
「し?」
「幸せだから……?」
バカか私は。何を自然に恥ずかしい会話をしてるんだか。私は今ロマンティックな漫画でも描いているのか?
「田村さん」
「は、はい」
「今から真剣な話をするから、落ち着いて聞いてくれる?」
彼は足を止めて、私の肩を掴む。「う、うん……」と答えると、私はピンと背を伸ばした。彼の目が、私を見つめる。
「僕、田村さんのこと好きなんだ。よかったら、僕と付き合ってくれないかな――」





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  • この漫画のキャラってwwwひよりん自重しようよwww -- オビ下チェックは基本 (2009-05-24 22:05:42)

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