• 19.犯人を捜そう!


「知って……しまったんですね」
 目の前に現れた天使が、悲しみに顔を俯ける。
 まだ、私の頭の中は混乱している。
 私を殺した、誰かがいる。
 その事実が……強烈な吐気となって私を襲う。
 私と突き飛ばしたその手。
 その手には何が篭っているんだろう。
 憎しみ? 恨み?
 そんなの、分かんない。
 分かるはずもない。
 でも、その手には何かの意思を感じる。
 偶然に、とかじゃない……確かな意思。
 『私を殺す』という動作への、確かな意思。
 それは悪意から?
 そう、誰かを殺すのに……善意なんてあるはずもない。
 その悪意が私を殺し、今もつかさの心を苛めている。
「あんた、じゃあ……知ってたんだ」
「……はい」
 その顔に、いつもの笑顔はない。
 ただ哀しそうに……言葉を返すだけ。
「知ってて……黙ってたの!? 誰かが、誰かが私を殺したのよ!?」
「まだ、殺してはいません……貴方が死んで初めて、殺したことになります」
「一緒よそんなの!」
 思わず声を張り上げる。
「こんな何にも触れない、誰とも喋れない体なんか……死んでるのと同じじゃない!」
 いつしか反芻した言葉を思わず漏らす。
 こいつに当たるのは間違ってる。
 そんなのは分かってるのに……言葉は止まらない。
「つかさ……なの? それとも違う誰か? 誰! 誰なの!? 誰が、私を……!」
「それを知って、どうするんですか?」
 先程の言葉を繰り返す。
 彼女の眼が、私を貫くように見る。
「その相手を……殺しますか?」
「なっ」
 今度は彼女の言葉が私に降り注ぐ。
 それに返事も出来ず、言いよどむ。
「そんな事に意味はありません」
 そんなの……分かってる。
 それじゃあ繰り返し、負の連鎖が繰り返されるだけ。
 だけど。
 だけど……憎い。
 憎い、憎い……私から全てを奪ったそいつが!
 私をこんな体にした、誰かが!
「……憎しみで、心を満たしてはいけません」
「だって、じゃあ……どうしろって言うのよ!」
 誰かが私を殺した。殺そうとした!
 それはどうしようもない事実。
 私を突き飛ばしたのは、確かに誰かの手だった。
 そいつはきっと今ものうのうと生きてるに決まってる!
 そいつを、どうしろって……。
「許すんです」
「!」
 天使の口から、馬鹿げた言葉が漏れる。
 許す?
 私を殺そうとした、そいつを?
 何よそれ。
 何よそれ!
 そっちのほうが、意味なんかないじゃない!
「人と、動物の違いが分かりますか?」
「……」
 返事が出来ない。
 その答えが分かるから、なおさら。
「動物は本能で仲間を殺します。そしてそれに謝る事すら、憎む事すらありません。ですが」
「人間は……違う」
「……ええ」
 私が先に答えたのを確認してから、もう一度息を吸う。
「人は、『意識』で人を殺す……その人がもつ、悪意で」
 恨み。
 憎しみ。
 妬み。
 そんなもの、動物は持ち合わせていない。
 ただ生きるために、生きているのだから。
「だけど人は、許すことが出来ます。謝ることが出来ます」
 ……そう。
 だって人には、『意識』があるから。
「ですからどうか……許してあげてください」
「!」
 その時、彼女が頭を垂らした。
 なんで……。
 なんで、あんたが謝るの?
 そんなにそいつが、大事?
 私を殺そうとしてる、そいつが!
 そうだ、そんなやつに殺されてたまるもんか。
 それくらいならいっそ……私が、私のほうからっっっっ!!!
「かがみ!」
「!」
 パシィンと、音が響いた。
 その後に、鈍痛。
 鈍い痛みが頬から脳へと広がっていく。
「落ち着きましたか?」
「……」
 天使に引っ叩かれた頬が、ジンジンと頭を正常に戻していく。
 私は何を考えていたんだろう。
 何て事を、考えてしまったんだろう。
「うん……ありがと」
 冷静になった頭では、今の自分の考えのなんと馬鹿らしいことだろう。
 人として……最低の行為を考えるなんて。
 ちょっと落ち着きましょう。
 知的で冷静でクールが売りだものね、私って。
「……確かに、復讐なんて馬鹿らしいわ」
 それなら、そいつと一緒。
 私も殺人者の仲間入り、そんなの嫌だもんねっ。
「貴方なら、分かってくれると思いました」
 ようやく笑顔を見せる天使。
 それに少し、安堵する。
 ……そう、確かに復讐はしないわ。
 でも……。
「でも、許せるかは……別よ」
「えっ、ど、どうしてですか?」
 その笑顔が慌てだす。
 ったく、忙しいわねあんたは。
「それはそいつに……理由を聞いてからよ」
 だってそうでしょ?
 私を殺す理由。
 それは、確かにあるはず。
 それが分かんないうちは、答えなんて出せない。
「会う、つもりなんですか?」
「ええ、あんたはどうせ教えてくれないんでしょ? じゃあ探すわよ、自分で」
 これでも法学部目指してるんだからね!
 そこだ! ってなもんよ。
 ふふっ、ようやく私らしくなってきたじゃない。
「……そうですか」
「止めないの? 意外ね」
 あれだけ教えないとか言ってたくせに……。
 な、何よ。
 何で睨むわけ? そこで。
「貴方が知ろうとするなら、私は止めません。知りたければ出来る限りの情報も貴方に与えましょう」
「でも、誰がやったかは……言わないわけね」
「……ええ」
 頑なに首を振る。
 ったく、変なところで頑固ね。
「じゃあいいわ、そうね……事故の状況を教えて。あんた、知ってるんでしょ?」
「……」
 少し考えるように押し黙る。
 私も少しは覚えてはいるけど……なかなか曖昧だ。
 どんっ、と押されたところぐらいまでは思い出したんだけどね。
「分かりました……いいですよ」
 ようやく折れたのか、怪訝な表情で顔をあげる。
「では、場所を変えましょう」
「場所? ……ああ、そうね」
 そういやまだ、学校の教室だった。
 つかさの姿はもう教室にはない。
 多分みゆきが気遣って保健室にでも連れて行ったかな……さすが委員長。
 そのまま校舎から正門を突っ切り、外へ。
 ったく、一体何処まで……。
「では、ここで」
 って早いな!
 学校から出て十分も立たない道で、天使が振り返る。
「ここは?」
「……覚えて、ませんか?」
 天使に言われて、辺りを見る。
 そして……息を呑んだ。
 乱暴に折れ曲がったガードレール。
 そこに付着した褐色の染みは……きっと、血。
「ここが貴方が突き飛ばされた場所です」
「う……ん」
 強烈な吐き気と眩暈が一緒に私を襲う。
 体が少し、震えてる。
「金曜日夕方、貴方は授業を終えて帰宅しました」
 淡々と説明を続ける天使。
 そうだ、確かつかさと一緒に帰ってた。
 だってそうよね? つかさの声が私には聞こえてたんだもん。
「そしてこの横断歩道で……っと」
 そこで言葉を止める。
 私に気をつかったらしい。
 まぁそこで……轢かれたってわけね。
「その時ここに居たのは貴方以外に二名。貴方と一緒に歩いていた学生と、偶然通りかかった少女です」
 その学生が、つかさ?
 ……で、いいのよね。
 うん、そこまでは分かった。
 そうそう、少しは思い出したわ。
 いつもの帰りのラッシュの時間とは外れてて、ほとんど人は居なかったんだっけ。
「なるほどね……それで、なんでつかさが私を殺したってなるわけ?」
 流れてる噂を要約すると、そういうこと。
 姉殺し。
 姉を殺した……妹。
 噂というものには、必ず立つ理由があるはず。
 一緒に居るだけで犯人扱いされたってのは少し、弱くない?
 むしろ事故ってほうが自然なんだけど……。
「二つの意見が、『食い違っている』からですよ」
「?」
 そこで首を傾げる。
 食い違う。
 その言葉に少し……心臓が反応した。
「一緒に帰った学生はこう証言しています。『彼女と一緒に帰宅した。音に気がつき振り向くと、彼女が轢かれていた』」
 そんなのまで知ってるわけね。
 ええと、これがつかさの証言か。
 何よ、普通じゃない……特に矛盾はないわ。
「しかしもう一人は、違います」
 もう一人の目撃者。
 少女? なんでそんな所に居たのかしらね。
 それで、その女の子はじゃあ違うものを見たの?
「『二人の女性が歩いていた。そして横断歩道の直前で、片方がもう片方を突き飛ばした』」
「なっ……何よそれ!」
 思わず声を張る。
 そんなはずない!
 馬鹿げてるそんなの!
「そ、その子が嘘をついてるんじゃないの!? だって、つかさが……つかさが!」
「……」
 声を荒げると、天使が俯く。
 それが本当なら、噂も頷ける……なんてもんじゃない。
 その証言は、事件の全てを物語っている。
「私が教えられるのは、ここまでです……ですがかがみ」
 まだ頭の混乱してる私を、天使の言葉が通り過ぎていく。
 その眼はまた、悲哀に満ちていた。
「真実は時に優しく、残酷です……その答えを求めるならどうか、心折れぬように」
 真実。
 その言葉が、私を苛める。
 私だけじゃない、つかさも。
 ……。
 つかさ……なの?
 そんなの信じない、信じられない。
 だって、つかさは……つかさだもん。
 私の大切な、妹。
 そう、大切な……。
 そのはずなのに、今は少し……怖い。
「それでは私は、ゆたかの所に戻りますね」
「う……ん」
 天使が踵を返す。
 それを見送るしか、今の混乱する頭は出来なかった。
「……最後に、もう一つ」
「えっ……」
 だけどその足が止まり、天使が言葉を漏らした。
 そして続けた言葉が、ゆっくりと私の心臓を貫いていく。
 鈍く刺さった槍から漏れる、鈍い痛み。
 ――心折れぬように。
 いつか、何処かで聞いた覚えのある言葉。
 その言葉に今は……寄りかかることしか出来なかった。

















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