亀 回 路

Appendix

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kaerujicho

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a. 進行と構成:ある出題メモから


 ここでは進行や構成ついての参考としてひとつの資料を見ていただこうと思います。見ていただくの はブラックウィドウ氏の問題とそれに関連するメモです。このウェブページは基本的に私の出題からしか例をとっていません。断りもなく適当なことを言って他 の出題者さんに失礼があるといけないし、でも許可を取るのは面倒と言う実に消極的な理由からですが、何人かお互い勝手にいろいろ言っても大丈夫という人も いまして、ブラックウィドウ氏はその中の一人です。この資料は私も以前見ているはずなのですがすっかり忘れていまして、久しぶりに目にしてこれは面白いネ タかも知れないと言う事で皆さんに見ていただくことにしました。
 ブラックウィドウ氏は出題が終わった問題と解説、関連するメモをネタ帳からはずし、個別のファイルとして保存しています。以下にファイルの内容をそのまま転載しますが、人に見せることを前提としていないため流れは追いにくいかもしれません。後で解説を加えますが[ I ]、[ II ]などの数字はここで紹介するために書き加えたものであることだけ付記しておきます。




[ I ]
【問題】
舞台はアメリカとしよう。時代は近代に入っているならいつでもいいだろう。
収入に余裕ができたあなたは田舎に別荘を持とうと田舎町に出かける。そこであなたは一軒の家を見掛け、その家の作りが気に入ってしまう。町の不動産屋に相 談するとあの家は売りに出されていますよと教えられる。喜ぶあなたに不動産屋はにやにやしながらまあ多分取引はうまく行きませんよなどという。
その家に戻ったあなたがドアをノックすると老婆がショットガンを携えて出てくる。家の持ち主だ。
あなたが来訪の意図を伝えると、老婆の一人暮らしは用心が大事でね、といいながらあなたには玄関前の通りに面したテラスで待つように指示する。
大分前にここの息子が帰郷中に強盗に殺される事件があったことを不動産屋がもらしていたのをあなたは思い出す。
しばらく待たされた後、出てきた老婆にこの家を買いたい旨を伝えると、老婆は条件があると言い出す。
ひとつは内覧はお断りであるということ。もうひとつは金額が相場の数倍であること。
なるほど不動産屋が取引は不首尾になるだろうというのも分かる、とあなたは思う。
しかしあなたはお金に余裕があり、そしてこの家が気に入ってしまっている。
あなたがそれでかまわないというと、老婆は一度家に引っ込み冷たいレモネードを出してくる。
こうしてあなたは死んだ。
なぜこんなことに?
【補足】
「あなた」が死出の旅路で出会った謎の女性「黒寡婦」が質問に答えます。問題文中の「あなた」なったつもりで質問してください。(問題文中の「あなた」のことは「私」と呼称してください。)なお、亀夫君問題ではありません。

[ II ]
●老婆はなぜあなたを殺そうとしたか
○あなたの死は死んだ息子に関係がある
○老婆はあなたが息子を殺した犯人だと思っている
○老婆があなたを犯人だと思ったのはあなたが家を欲しがったから。
○息子を殺した犯人はこの家を欲しがっている。
●犯人がなぜその家を欲しがるのか
○この家に大金が隠されていることを知っている

●なぜ犯人はそのことを知っているのか
○息子は過去に犯罪で大金を手に入れた
○息子は金をこの家に隠した
○犯人は息子と共犯(だから金があることを知っているのはこの共犯の男だけ)
●犯人が息子を殺した理由は
○息子は犯人と金の配分をめぐって仲間割れをした

[ III ]
引っかかりポイント
  • 家を手に入れようとして息子を殺したのではない。
  • 息子を殺したのは偶発的事故
ここをむりなく流せるか?息子が殺された理由に入り込まれたら迷走する

[ IV ]
もうひとり関係する人間がいる
それが息子と共犯 仲間割れ、裏切り
息子は金を家に隠した
共犯の男は息子の金を奪おうと過去にやってきたことがある 
過去の襲撃は失敗した。 *ここで老婆が撃退した事にしてもいいだろう。
このうちに何か貴重なものがある
その存在を知っているものが一人だけいる。<この状況を無理なく作るには犯罪は不可欠
過去にそれを奪おうとしたものが誤って息子を殺した。
老婆はその存在を知っているものを洗い出す必要がある。
犯罪に関係しているものは誰?

[ V ]
【解説】
老婆には息子がいた。年頃になると一旗あげることを夢見て都会に出てゆき、やがて音信も途絶えた。
2人組の銀行強盗が逃亡中というニュースが世間を騒がしていたある日、息子がトランクを抱えて帰ってきた。老婆は息子がなにをしてきたか察するが何も言わず迎え入れた。トランクは息子がどこかに隠したらしく翌日には姿を消した。
数日後の夜、息子の部屋から銃声が響き、誰かが逃げ出してゆくのが目撃された。息子は死んだ。
老婆は察する。相棒が取り分を求めてやってきて喧嘩になったのだろう。
目撃証言から逃げた男がトランクを持ち出したわけでもないようだ。まだこのうちのどこかに隠されているのだろう。
幸い息子は被害者として扱われ、銀行強盗の嫌疑はかからなかった。老婆は待つことにした。再び襲撃を受けないよう家のよろい戸はいつもしっかりと閉め、自 身はショットガンをかたときも離さず。そしてむちゃくちゃな条件で家を売る。それでも欲しいという人間が現れたら・・・この家に隠されたトランクの大金を 狙っている男。息子を殺した憎い男以外ありえないではないか。
あなたはレモネードを飲み干す。日の当たるテラスで待たされて喉がからからだ。しかしすぐに強い吐き気を覚える。
「すみません。トイレを貸して欲しいんですが」
老婆は何も言わず頷く。その表情がどこか満足げなことにあなたは気づかない。
みなさん、おつかれさま。さあ、死出の旅路をお続けください。でも皆さんは私に出会ってしまったので、天国にも地獄にも行けないんです。ごめんなさいね。
皆さんが行くのはウミガメラーのワルハラとも言うべきところ。ウミガメ問題の中で死した人たちが集い、日夜問題を出し合うのです。皆さんが素敵な死後を送れるようここから祈ってますわ。
ごきげんよう、ごきげんよう・・・


[ VI ]
正解要件
家にはお金(財宝でも可)が隠されている。(それを知っているのはごく一部のものだけ。)
息子はそれを狙った男に殺された。
老婆は復讐の為この家を買い取ろうとしているものを殺すつもりでいる
老婆があなたを殺す動機として、「お金への異常な執着」「息子の復讐」どちらでもありえる。
お金を

[ VII ]
都会に出てマフィアの一員になり、組織から金を盗んで逃げ帰ってきた。帰ってきてまもなく、息子は自分の部屋で組織から送られてきた男に殺された。銃を手に逃げ去る男の姿が周辺住民に目撃された。
老婆は考えた。金はこのうちのどこかに息子が隠したのだろう。そしてそれを取り返しに来るはずだ。
売家の札をかけ、相場を大幅に上回る買値で買おうとする者が現れるのを待つ。
そんな金を払ってでも買いたい者の真の目的は決まっている・・・このうちのどこかに隠された大金だ。
それを知っている組織の人間。それが老婆の復讐の対象なのだ。
#組織で押し入ってばあさん縛り上げて奪ってしまえばいいんじゃない





メモを見ると、ブラックウィドウ氏がどのように問題の進行を考え、またそれを整理していったかの痕跡が見えてなかなか興味深いものがあります。順に見ていってみましょう。

[ I ]はそのまま問題文で、特に付記すべき点はありません。

[ II ]は このメモにおいて注目すべきポイントの一つです。問題で当ててもらわねばならないポイントを列記してあります。特におばあさんの動機や息子を殺した犯人側 の事情と言う最も複雑なポイントについては丁寧に要素を分解して整理してあります。このリストがあれば進行の過程でなにが明らかになり、なにがまだだと言 うことを出題者は常に容易に把握できるでしょうし、そしてまだなところに解答者の注意を向けさせるように誘導するのも楽になるでしょう。

[ III ]も 注目すべき箇所です。これは進行が上手くいかず迷走しそうな点を挙げて、実際そうなったときに早めに手を打てるように備えているわけです。ここでは氏は1 度目と2度目の襲撃者の家を訪れる動機が異なる、つまり1回目は息子との交渉、2回目はトランクの回収を目指した家の獲得というストーリーを当ててもらう のに苦労しそうだと心配しているようです。家にやってくるという行為そのものは同じでもその意図が違うわけですので、解答者が混乱するかもしれないぞと注 意を自らに呼びかけているわけです。

[ IV ]は[ II ]や[ III ]をまとめるためのメモ書きの残渣といったところでしょうか。どうやら初期のうちに書かれたものであるようで、解説とは異なるストーリーの可能性をメモしています。

[ V ]は投下された解説文そのままです

[ VI ]と[ VII ]に ついては進行とはまた別に、問題構成の点で興味深い要素があるので、そのことについて述べたいと思います。[ VI ]と[ VII ] は共にこのメモの中で最も古いもの、つまり一番初期の時点で書かれたものと思われます。そして[ VII ]を見るとこれは元ネタほぼそのままの形です。そして[ VII ]の最終行で*をつけてメモを残していますように、元ネタそのままの話には、マフィアの組織が持ち逃げされた金を奪い返すのに、一度失敗したからと言って 善人を装って家を買うなどというまだるっこしい方法をとるだろうか、ましてや今は老婆一人だけなのに、という疑問が残ります。
その迷いを残したままとりあえず問題文を作るために要点を書き出し、再構成しようとしたのが[ VI ]の正解要件ということのようです。このため息子が殺された理由については漠然としたものになっていますし、老婆の動機についても複数の可能性を指摘して います。これと実際に出された問題文・解説文を見ると、不自然な点にはなるべく整合性がつくように加工して問題文・解説文へと仕上げていっていることがわ かります。マフィアの組織をやめて本人と相棒だけの銀行強盗へ、老婆の過剰な戸締りとショットガン、敵かもしれない相手と家で2人だけになるのを避けて交 渉は外のテラスで、そしてわざと暑い中長時間待たせ、レモネードを躊躇なく飲ませるように・・・。いずれも元ネタにない要素です。
これらは出題時の進行においては決定的ではないでしょうが、終わったあとの納得感で違いを生む要素と思われます。

問題の構成や進行のための準備など、いろいろな点で興味深いメモだ と思いますが、いかがでしょうか。私自身はめったにここまで周到な準備はやりませんしやったとしてもこのように書き残す事はありません。ブラックウィドウ 氏も多分そうだとおもうのですが、このメモを見るとこの問題に関してはそれなりに期するところがあったのでしょう。
周到な準備が功を奏したのかこの問題は実際の出題でもつつがなく進 行しましたし、良問推薦も受けたという意味では成功作といっていいと思います。私の個人的経験からすると良問推薦は運の部分も相当大きいし、良問が常に周 到な準備に支えられているとはいえませんが、それでも十全の準備は良問として評価される可能性を引き上げる力となるとは思います。この問題とメモはそのよい例ではないでしょうか。





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